悪魔のささやき
僕は悪魔に魂を売った。
正確には売ったのは魂ではなく、残りの寿命の半分。
あと六十年生きれるなら三十年で、一年しか生きられないなら半年。
どちらにせよ分母がわからなくては何年失ったのかは分からないし、そもそも今の環境を変えることができないのならあって無いに等しいものだ。
僕は二つ返事で悪魔と契約した。
「オーケー。オーケー。契約成立だ。文字通りお前には好きな奴を一人だけ殺せる力をくれてやった。後は誰に使うかだが、こいつはおまえの自由だ」
そう言って悪魔が姿を消すと、僕は自分を嘲笑するかのように笑った。
誰に使うかは自由だって?そんなもの最初から決まっている。
僕の人生を滅茶苦茶にしやがった張本人。あのクソ野郎を殺してやるんだ。
僕は埃だらけの登校カバンを押入れから引っ張り出して、まじまじと見つめた。
まさかこいつをもう一度背負える日が来るとは、まさに悪魔様様だ。
こころなしかカバンも僕の門出を祝っているようにすら見えた。
意気揚々と部屋を出て、キッチンに向かう。
すると、たった今起きてきたであろう寝ぐせでぼさぼさ頭の母が、目ざとくカバンに気づいた。
「あんた・・・学校に行くのかい?」
幼いころに父を亡くしてから母は女で一つで僕を育ててくれ、これまでずっと迷惑をかけ続けてきた。
「うん。今までありがとう。もう大丈夫だから」
僕が素直にそう言うと、母は時が止まったように固まり、そのままワァーと泣き出した。
それにつられて僕の目からも涙が流れる。
お互いに分けもわからず、「ごめんね」「ごめんね」と繰り返し、結局まともに話ができるようになるのに数時間が経っていた。
「本当に大丈夫かい? 無理してるんじゃないのかい?」
「本当の本当に大丈夫だよ。 安心して。」
「そうかい?じゃあ、お母さんパート早上がりして、今日は腕によりをかけてご飯作るから、早く帰っておいでね」
「うん。 ありがとう。 楽しみにしてるよ」
僕はそう言って玄関のドアを閉め、早足に学校に向かったが、着いたのはお昼前だった。
そして、迎えた放課後。
「おいおい、久しぶりに学校に来たってのに社長出勤とは随分調子に乗ってんじゃねーか!」
さっそく僕をいじめ続けてきた張本人は突っかかってきた。
普段の僕ならびくびく怯えるのだろうが、今日は違う。
お前なんていつでも殺せるんだ!
そんな思いが反抗心を駆り立て、真正面から睨みつけて対峙した。
「ほー。休み中に随分生意気になったな!記念にまた一緒にゲームしてやるよ」
望むところだ! 僕は心の中で呟くと、いじめっ子に死ねと命じた。
しかし、奴は死ななかった。
そう。悪魔は嘘をついたのだ。
僕には初めから好きな人間を殺せる力なんて宿っていなかった。
そこから、奴は容赦がなかった。
惚け顔で突っ立つ僕の顔を何度も殴り、腹を蹴り、土下座を強要して、ようやく解放された。
去り際には「明日もゲームしようぜ」と死刑宣告まで・・・
家に帰ってから僕は部屋に引きこもった。
昔と同じように。
でも、母に一瞬だけ光を見せてしまったせいか、しつこく部屋をノックする。
がんばろうと、一緒に乗り越えようと。
母は僕が学校でどんな目にあったのか知らないのに。
だから、思わずカチンと来て言ってしまった。
「うるさい!!母さんなんか死んでしまえ!!」
ノックは突然止んだ。
そして、何かが床に打ち付けられるような音がした。
「かあさん・・・?」
物音に驚いた僕が、ゆっくりと扉を開けるとそこには血を吹いて倒れる母の姿があった。
耳元で悪魔がささやく。
「言ったはずだぜ、文字通り好きな奴を一人殺せる力だとな・・・」
胸糞ストーリーで申し訳ない。