鐘の塔と小さな王
鐘。
この国には、象徴とも言える、大きな鐘の塔がある。
この国の鐘は、一日に四回 鳴る。
朝を知らせる午前六時。
子供たちに帰りなさいと声をかける午後の五時。
そろそろ寝なさいと眠りにつかせる午後 十一時。
そして何より欠かせないのが……
おやつの時間の午後三時。
国民は老若男女問わずこの時間が大好き。
学校の授業だって、会社の仕事だって、
この時間だけはティータイム。
学生、社会人……この国の王である、僕。
誰でも皆が休める決まりだ。
だが僕は、この時間に自室で静かに
おやつを食べたことなど一度も無い。
じっとしていられないのだ。
だから、自室を飛び出し城を飛び出し、塔の頂上に登り、
鞄に詰め込んだ沢山のおやつを鐘と共に食べる。
あんなに大きく美しい鐘が鳴っているのだ。
静かになんて、していられるわけがない!
たくましく、静かに、優しく微笑むことの出来る王となれ。
何度 父の口から言われたか分からない。
そして何度 逆らったか分からない。
僕は昔から やんちゃで、好奇心旺盛で、
じっとしていられなかった。
口うるさい父に、優しく歌う母。
王になんてならなくたって、両親がいるだけで幸せだった。
だが……どちらも五年前、
二人の乗った船が波に飲まれて亡くなった。
母の優しい歌も聞けない。
父の口うるさい文句も聞けない。
そんな時に鳴ったのが、あの鐘だった。
ほんの少し、聞こえたんだ。
父の声が。母の声が。
けれど、何て言っているのかは聞き取れなかった。
どうしたら聞けるだろうか。
両親のようになれれば二人の声が聞こえる気がした。
近付けば声が聞き取れる気がした。
何でも出来る気がしてきた。
そして齢 十八となった今。
僕は王になって、今日で五年目を迎える。
父のように、威厳ある王になれてるかは分からない。
母のように、民たちに優しく微笑むことが
出来ているかは分からない。
けれど、僕が決めたこの時間で、
民たちが笑顔になっているというのは分かる。
両親は褒めてくれるだろうか。
空から見守ってくれているだろうか。
ごーん……ごーん……。
横で鐘の音がした。
三時だ。
僕は鞄に詰め込んでいたマフィンを口に放り込む。
「ありがとう。僕は君に救われてばかりだ」
そう、鐘に話しかけながら。
「よくやったな、我が息子よ」
「これからも頑張ってね」
父と母の、声が聞こえた気がした。
横を見ても鐘しかないし、
下を見ても蟻のように小さく見える笑顔の民たちしかいない。
上を見たって、青く広がる空しかない。
やっと聞こえた。
あの時も同じことを言っていたのかな。
何故だか涙が溢れた。
何でかは分からない。
ぽろぽろ、涙が止まらない。
すると……。
ごーーー……ん。
数分前に鳴り終えたはずの鐘が、また鳴った。
いつもより長く、いつもより響く、何かを届けるような音で。
「ありがとう」
微かに、そう聞こえた。
気のせいじゃない。
確かに聞こえた。
でもやっぱり、見渡しても近くには鐘しかない。
「誰だ……? 誰か いるのか?」
「僕がいる」
また聞こえた。
声のする方を見てみれば……鐘。
大きな鐘だけが、そこにあった。
そんな、まさか。
「誰も見向きもしなかった僕を、
午後の三時に鳴るように設定して
皆に慕われるようにしてくれたのは君だ。
我が国の小さな王さま」
どう聞いても、鐘から声は聞こえていた。
喋る口も、聞く耳も、鐘は無い。
だけど、これ以上ないくらいに はっきりと、聞こえていたのだ。
鐘は、ありがとう、ありがとうと
何度も僕に感謝の言葉を述べる。
そんなの、ただ僕は利用しただけだ。
使われていなかったけど、大好きだった この鐘を、
また何かに使えないだろうか。
いや、使ってやる。
これがあれば何かが変わって二人の声が聞こえるかも。
そう考えていただけなのに。
小さなことでも、鐘はこんなに嬉しかったのだ。
鐘は言った。
そのお礼に天国にいる王と女王の声を聞かせてあげたと。
父と母の声を届けてくれていたのは、この鐘だったのだ。
二人で ありがとうを言い合った。
涙を流して。
顔なんて誰にも見せられないくらいに ぐちゃぐちゃで。
まぁ、鐘に涙を流せるかは分からないが。
僕か鐘、どちらかが欠けていたら、
こんな奇跡は起こらなかっただろう。
この鐘は我が国の象徴だ。
誰にも壊させはしないし、止めさせもしない。
だから、僕は本を書いた。
大人も子供も読める絵本にしてみた。
内容は、今 語ったこと全て。
少し簡略化はしているけれど、事実そのものだ。
これで僕が おじいさんになって、
いなくなってしまったとしても、鐘は永遠に守られる。
僕は鐘と笑い合った。
僕の、大好きな鐘。
彼は、今日もご自慢の歌声を国中に響かせる。
ごーん……ごーん……。
午後三時、おやつの時間だよ……ってね。