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水の魔物  作者: たかまち ゆう
第一章 水の魔物
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1-8. 心の向かう場所

 エルフューレは、やや表情を明るくして、ウエインをじっと見つめてきた。

「なら、どうスル? モニムのために、ワタシの頼みを聞いてクレるか?」

 ウエインは、父ならどうしただろう、と考えた。

 だが、答えは出ない。

 父は、死ぬ前に母を頼むと言った。

 しかしその父は、家族を置いていくつもりだったのだという。

 父がどんな人間で、何を考えていたのか、ウエインは何も知らないし、分からないのだ。

 もしかして今なら、自分の代わりにモニムを守ってやれと言うのかもしれない。

 それとも、なんとかして自分の敵を討てと言うだろうか。

 分からない。

 分からないから、結局、自分が信じるようにするしかないのだろう。

「……おまえは俺に、一生ついて来いって言ってるわけじゃないよな?」

 ウエインはそんな風に切り出した。

「父さんは、母さんを頼むって言い遺したんだ。だから、俺もいつまでも家を空けていたくはない。でもおまえは、俺達の命を救ってくれた。だから、おまえが助けてほしいって言うなら、協力したい」

 赦したわけではないけれど。

 父がモニム達を裏切ったのなら、息子であるウエインが、代わりにふたりを助けよう、と、ウエインは決めたのだった。

「安全な住処を見つけると確約はできないけど、一緒に探すだけでいいなら、やってもいいよ」

「ソウか。助かる」

 顔を輝かせたエルフューレを見て、こいつはこんな表情もできるのか、とウエインは妙に感心してしまった。

 いつもこういう顔をしていればいいのに、と残念に思っているウエインに、嬉しそうな表情のまま、エルフューレが近づいてきた。

 その動きに合わせ、『泉』の『水』がエルフューレの――モニムの――身体に集まってくる。

(何だ……!?)

 驚いて見つめるウエインの前で、『水』は纏わりつくようにモニムの全身を覆ったかと思うと、身体に吸い込まれるようにして消えていった。

 足下にあった『水』が消え、後にはやや窪んだ地面がガランと広がった。

 あっという間のできごとに呆然としているウエインに、エルフューレはさらに近づいてくる。

 モニムの両腕で、ウエインの首の後ろに両手を回した。

 ひんやりと冷たい感触が伝わってくる。

「いや、ちょっと、エル!?」

 ウエインは焦って叫んだが、エルフューレは意に介しない。そのままの姿勢でウエインの顔を見上げてくる。

 顔の近さに、ウエインの頰は熱くなった。

 ウエインの動きを止めるためなら、エルフューレはウエインに接近する必要などない。

 なのに何故――? と思う間もなく、目の前の瞳孔から、ふっと虹色の揺らめきが消えた。

 瞳孔が収縮して虹彩の範囲が広がり、モニムの藍の瞳が戻ってくる。

(……あっ!)

 一瞬力を失い崩れそうになったモニムの体を、ウエインは支えようとした。

 だが、そのあまりの重量に、腰が砕けそうになる。

 意識を失った人間の体は重いとはいえ、尋常ではない重さだった。

 もしも直後に意識を取り戻したモニムが自分の足で立ってくれなければ、圧死を免れなかったかもしれない。

 見た目では分からないが、『水』がモニムの身体に吸い込まれ、相当な重さを加えているらしい。

「……え…?」

 モニムがぼんやりした声で呟き、次いで自分の姿勢に気付いたらしく驚いてパッと離れた。恥ずかしそうに頰を染めている。

「あ…の、ごめんなさい」

「いや」

 ウエインは、思わず笑い出しそうになるのをこらえて首を振った。同じ身体なのにこうまで反応が違うと、傍から見ていて面白い。

 エルフューレが「体を借りて」いる間のことを、モニムは知っているのだろうか?

 疑問に思ったが、今はそれ以上に訊きたいことがある。

「ねえ、モニム。モニムには、ここを離れて行ってみたい場所はある?」

「行ってみたい、場所?」

 繰り返した後、モニムは何かを考え込んでいるようだった。

 伏せられた睫毛の下で、藍色の瞳が頼りなげに揺れる。

 ウエインは黙ったまま、モニムが口を開くのを待った。

 やがて、モニムはぽつりと言った。

「私、帰りたい……」

「帰る? どこへ?」

「家に……、デュナーミナ村へ……」

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