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水の魔物  作者: たかまち ゆう
第一章 水の魔物

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1-5. 水の精霊


 ドクン


 心臓がひときわ強く脈打ち、ウエインの意識は急速に浮上した。

「――っ!?」

 咄嗟に、自分の両手のひらを持ち上げて見る。裏、表と観察してそれがちゃんと自分の手であることを確認すると、続けて頰をつねってみた。痛い。どうやらようやく夢から覚められたらしい。

 意識を失い、『水の魔物』の記憶を見せられている間に、どのくらい時間が経ったのだろう。

 なんだか頭がくらくらする。

 ……いや、違った。

 揺れているのだ。

 誰かに抱え上げられて、運ばれている。

 水に浮いているような、ふわふわとした心地よい浮遊感があった。

 首をめぐらせて現在の状況を把握したウエインは、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

 ウエインを抱えている「腕」は、先刻の『水の魔物』のものだったのだ。

「……えーと」

 どうやらまだ夢の中だったようだ。そうに違いない。

 なんとかそう思い込もうとして一旦目を閉じたが、もう夢から覚める気配はない。

 すぐに、恥ずかしくなって目と口を開いた。

「あの、自分で歩けるから、下ろしてくれないか?」

『…………』

 『水の魔物』は無言でウエインを地面に下ろした。

 そのまま、ウエインを無視し、人型の頭の部分をぎこちなく振って歩き続ける。

 ウエインはとりあえず、手を握ったり開いたり、肩を回したりして、身体に異状がないことを確認した。

 ふと見ると、意識を失う直前に手放したと思っていた剣が、何故か鞘に戻っている。

 まさかとは思うが、『水の魔物』が戻しておいてくれたのだろうか。

 何故そんなことをしてくれたのか、さっぱり分からないが、ともかく剣が手元にあることにウエインは安堵し、『水の魔物』が今まで歩いてきたらしい道をちょっと振り返ってから後を追った。

 もしかしたら『水の魔物』は、『泉』に近づこうとするウエインを追い払うために、どこかへ担いでいって捨てようとしていたのかもしれない。

 だがウエインは、そういう可能性をあまり考えなかった。

 さっき『水』を飲まされた時、『水の魔物』もウエインの感情を読み取ったのだろうが、ウエインにも『水の魔物』の感情が少し伝わってきたのだ。

 そのせいか、『水の魔物』に対して妙な親しみさえ感じる。

 こいつは自分を『泉』へ案内してくれるだろう、そんな素直な信頼が心に生まれていた。

 ウエインの中にはそれを不思議に思う気持ちも残ってはいたが、今現在自分のいる場所が分からなくなってしまっている以上、どちらにしても、後をついていくのが最善の選択に思われた。

 しかし、それはなかなか大変だった。

 『水の魔物』はそう急いでいるようには見えないのだが、身長差のせいか、ついていくためには小走りにならなければならなかったからだ。

 しかも、木の葉や下草は水でできた身体を素通りさせているらしく、『水の魔物』が通った後でも搔き分けられたり踏み倒されたりしていない。だからウエインが改めて道を開かねばならなかった。

 気付けば顔や手に細かい傷ができていて、ヒリヒリと痛む。意識を失って担がれている間についたのかもしれない。

 だがそうこうする内に、少し開けた場所が見えてきた。

 木々の間から、泉が見える。水面に木漏れ日が反射して、きらきらと輝いていた。

(……ああ、夢のとおりだ)

 ウエインが立ち止まるのと同時に、前を歩いていた『水の魔物』の形が崩れた。

 ぱしゃん、という音がして、そこには水溜まりが残る。

 かと思えばその「水溜り」は突然また動き出し、泉に流れ込んでいった。

 あの化け物は、泉の水の一部なのだ……。

 ぼんやりとそう思ったウエインは、そこでハッとした。

 『奇跡の泉』の『水』には、「飲めばどんな病気も治る」という伝説がある。

 意思を持っているかのように動く水とその伝説を結びつけ、ウエインは一つの仮説を導き出した。

 つまり、誰かが泉の『水』を飲むと、それは体の中で動き回り、その人物の病気の元となっているところを治す……?

(うわ……。気持ち悪っ)

 想像すると、ちょっと怖い。

 ウエインはさっき『水』を大量に飲んでしまったのだ。そして以前、母も……。

(――ああ、そうか)

 ウエインはふと、「最初から共にいた」という『水の魔物』の言葉を思い出した。『水の魔物』に対して感じる妙な親しみや懐かしさの理由(わけ)が分かった。

 おそらく母の胎内にいたときから、ウエインの体の内部にも『水』が――つまり『水の魔物』の一部が――入り込んでいたのだろう。

 『水の魔物』は、生まれたときからずっと、ウエインの中にいたのだ。

 ウエインは今、初めてこの『泉』に辿り着いたのだが、ウエインの体内の『水』は、この場所へ「帰ってきた」とも言えるのだ。

(あ……)

 ウエインは、『泉』の中に青い服の人影があることに気付いた。

 辺りに他の動物は見当たらない。

 だが、何度も夢に見たとおりの青銀色の髪をした後ろ姿が、今現実に、目の前にある。

 彼女が振り返るのを、ウエインは妙に緊張して見守った。

(……水の精霊……)

 なるほど、改めて、父がそう喩えたのも分かる気がする。

 彼女は髪や目の色も、なめらかで透き通るような白い肌も、普段見慣れている、農作業で日焼けした村の女達とは全く違っていて、どこか人間離れした神秘的な雰囲気があった。

 その顔は、幼い頃に夢に見ていたのと寸分違わず美しい。

 夢の女性は多分、ウエインにとって初恋の相手だった。

 強く抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な身体も、儚げな雰囲気も、彼女を守りたいという気持ちを呼び起こす。

(モニム……というんだよな)

 ウエインがその顔を夢に見たのは、おそらく体内の『水の魔物』の影響だったのだろう。

 最初に夢を見た頃は、ずっと年上の女性というイメージだったが、ウエイン自身が成長した今になって見ると、思っていたよりも姿は幼い。少女と言っても良いかもしれない。

 身長もウエインよりはだいぶ低く、見かけの年齢だけならウエインより二つ三つ年下に見えたが、見た目を信用してよいかはかなり怪しいだろう。

 父が出会ったのが間違いなくこの娘ならば、少なくともウエインより年上でなければおかしいからだ。

 どのような態度でこの女性に接すればいいのか、妹のアンノに対するときのような感じでいいのか、それとも、もっとずっと年上の人間――大人の女性に対するときのようにした方が良いのか。ウエインは考えてしまった。

「……誰?」

 モニムが口を開いた。

 見た目と同じ、幼さを感じさせる声だったが、こちらを警戒しているのか、少し声が硬い。

 笑顔が見られなかったことで落胆する自分を、ウエインは感じた。

「その……、はじめまして」

 何と言ったらよいか決めかねて、ウエインはとりあえずそう言った。

「……あなたは」

 少女が驚いたように目を見開く。

「俺はウエイン・サークレードといいます」

 ウエインは『泉』へ踏み込み、ごく近くで少女に(あい)(たい)した。『泉』の水が、(すね)の途中までを濡らす。

「……モニムです」

 少女はリーンと同じように短く名乗った。

「モニム……」

 やはりそうなのか。

 先程の夢が『水の魔物』の記憶だということが、これで証明された。

 だとしたら父はあの後、どうやって『水』を持ち帰ったのだろうか……?

「あの……、ウエイン、サークレード…と言ったわね?」

 そう問うモニムの声からは、さっきよりかなり警戒感が薄れていた。

「ええ。……それが何か?」

 答えるウエインの顔を、モニムはまじまじと見つめた。

 その深い藍色の瞳に、ウエインは吸い込まれそうな気持ちになる。

「イスティムという人を、知っている?」

 モニムはウエインに別の人間の面影を重ねるように見ながら訊いてきた。

「ええ。俺の父ですから」

 訊こうと思っていた父のことを向こうから言い出してくれたので、ウエインは半ば驚き半ばホッとしながら答えた。

「ち…ち。お父さん……? そう……、随分大きな息子さんがいたのね……」

 モニムは、過去のことを思い出しているような、夢見る瞳になった。

 その反応からすると、過去に父と会ったことがあるらしい。やはり「水の精霊」というのは彼女のことだ、とウエインは確信した。

「あのとき、あの人は、もうすぐ子供が生まれると言っていたけれど……、それはあなたの弟? それとも妹?」

「いえ、それが俺です」

 ウエインが答えると、モニムは目を見開いて驚きを表し、少ししてウエインの言葉が本当だと理解したように俯いた。

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