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水の魔物  作者: たかまち ゆう
第五章 王都からの客人 

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5-4. 幼馴染み

「……では、我々は宿へ戻ります。隊長は、ダルシア先輩に会って行かれますよね?」

「ああ」

 リューカには宿屋というものがない。

 討伐隊が野宿をしなくてもすむように、村長モイケは自宅を宿として提供してくれているらしい。隊員達はそちらへ戻ると言ったが、シュタウヘンだけはウエインの家までついてくることになった。

 ウエインは、モニムとシュタウヘンを連れて家へと向かった。

 家の外観が見えてきた時、ウエインは妙に感動してしまった。

 出かけてからまだ一日も経っていないというのに、随分久し振りに家へ帰ってきたような気がしたのだ。

「ただいまー。母さんにお客だよ」

 玄関の扉を開けてウエインが声をかけると、家の奥から母ダルシアが出てきた。

「おかえりウエイン。今日はやけに遅かったのね。私にお客さんですって?」

 ダルシアの言葉に応えるように、ウエインの後方からシュタウヘンが進み出た。

「やあ、ダルシア。……久し振り」

「……ジーク!? どうしたの急に」

 ダルシアは目を丸くしていた。

 母の気安い口調に、ウエインは二人の親しさを感じた。

(本当に、幼馴染みだったんだな……)

 ウエインの見つめる前で、シュタウヘンは照れくさそうに頭を搔いた。

「俺は討伐隊の隊長になったんだ。それで」

「じゃあ、『水の魔物』を退治してくれるのね!?」

 ダルシアの反応はウエインが予想していたよりずっと早く、そして激しかった。

 期待に輝く表情で、かつての仲間を見つめる。

 対してシュタウヘンは、やや困惑したように答えた。

「え? いや、危険性はないと判断したんで、特に手は出さないよ」

「そんな……。どうして!?」

 ダルシアは納得がいかない様子だった。

 やや苛立ったようにシュタウヘンを見つめた後、ふと気付いたように視線を動かす。

「……その子は?」

 呟いたダルシアの目は、最後尾に立つモニムに真っ直ぐ向けられていた。

「あ、いや……」

 ウエインは言葉を探す。だが、

「イリケ族。そうでしょう?」

 説明するまでもなく、ダルシアは知っていたようだった。

 シュタウヘンも同じような反応をしていたから、王都では――あるいは騎士団などでは――常識ということなのかもしれない。

 モスを外したままモニムを連れてきたことを、ウエインはちらりと後悔した。

「モニムといいます」

 モニムがぺこりと頭を下げた。

「モニムさんね。どこから来たの?」

「どこ……?」

 モニムは首を傾げた。

「イリケ族は随分前に滅びたって、私は家庭教師から教わったわ。でもあなたがいるということは、まだどこかに生き残りがいるのね。……そうか、もしかして『水の魔物』って」

 ダルシアの眉間に皺が寄った。そうして何かを考えている様子だったが、しばらくしてその顔に入っていた力がふっと抜けた。

「あのね、モニムさん。私、この子(ウエイン)を妊娠している時、病気になってしまったの。夫が貰ってきてくれた『水』を飲んだら治ったのだけれど、もしかしたらあの『水』って、あなた達に関係するものだったのかしら」

 その言葉から、ダルシアも「水を操る」といわれるイリケ族の伝説と『奇跡の泉』の伝説を結びつけて考えたことがうかがえた。

「私はあの『水』に命を助けられたわ。いつかお礼を言わなければと思っていたの」

 そう言ったダルシアは、微笑みを顔に浮かべていた。

「いいえ、お礼なんて……」

 モニムは俯いてゆるゆると首を振った。

 それを見て、ダルシアはわずかに不審そうな顔になったが、気を取り直したように笑顔を戻して客を招き入れる態勢になった。

「ともかく皆さん、こんなところで立ち話もなんだし、中に入って。ジークも」

「ああ。お邪魔するよ」

 ダルシアは彼らを居間へ通した。

 村長宅と違ってこの家に客人をもてなせる応接室は無い。

 だが、居間の椅子はテーブルを挟んでちょうど四脚あった。

 普段はウエインの妹アンノが座っている椅子にモニムが座り、亡き父イスティムがかつて座っていた椅子にシュタウヘンが座ることになった。

「それにしても、まさかあなたが隊長なんてね。昔は試合で一度も私に勝てなかったくせに」

 自分の席に着いたダルシアが、小さく笑いながら隣のシュタウヘンに話しかけた。

「なっ……! そ、それは!」

 シュタウヘンの顔が、かっと赤くなった。

「私が女だから手加減した、なんていう言い訳はしないでよね」

「……確かに、あの頃君に勝てなかったのは事実だ。認めるよ」

 シュタウヘンは諦めたように嘆息した。

 憮然とした表情になって、腕を組む。

「でも俺だって、心も体もあの頃より強くなったんだ。今なら負けはしないさ」

「当たり前じゃないの。私が引退してから何年経ったと思ってるの? 私は子供だって二人も産んだのよ」

 ダルシアは笑った。くつろいだ表情だった。

「二人? ウエイン君の他にも子供が?」

「ええ。女の子よ。今は友達の家へ遊びに行っているけど」

「そうか……。さっきウエイン君から、イスティムが亡くなったと聞いたよ。一人で二人も子供を育てるのは大変だったろう? 今はどうやって暮らしてるんだ?」

「彼のこの家は代々土地持ちだったからね、畑を貸してお金を貰ってるの。自分達で食べるものは、自分の畑である程度作ってるし。あとはこっちへ来る時持ってきた服や宝石なんかを売ったり」

 ダルシアの口調は穏やかだったが、それでもどこか、奥に疲労感を隠しているようではあった。

「王都へ帰ってくる気はないのか?」

「私が最後に父と大喧嘩して出てきたことは知ってるんでしょう? 結局駆け落ち同然で家を出た手前、今更頭を下げるのもね……」

「じゃあ、再婚とかは、考えないのか?」

「…………」

 ダルシアは、じっと自分を見つめてくる幼馴染みの表情をちらりと横目で窺った。しかしすぐに目を伏せ、溜息混じりに答える。

「イスティム以上に好きだと思える人が現われない限りは、する気はないわ。だから多分、しないと思う」

 どこかそわそわした様子のシュタウヘンを見ていると、ウエインは非常に居心地が悪くなった。

「あ、あの俺、部屋に戻ってるから」

 言い置いて立ち上がり、逃げるようにその場を後にしようとした。

 モニムもついてくるかと思ったが、彼女はぼんやりと座ったまま動く様子がない。

「ちょっと、一緒に来て」

 ウエインは彼女を促して立ち上がらせると、その手を引っ張って今度こそ居間から出た。

 シュタウヘンが母に好意を持っているとしたら、邪魔したくはない。

 だが一方で、たとえ二人がうまくいき、たとえば再婚することになったとしても、自分は決してシュタウヘンを「父」とは呼ばないだろうとも思った。

(何だかんだ言っても、俺はやっぱり父さんのことが好きなんだな……)

 たとえ父が最期の日に何を考えていたとしても、自分にとっての父はイスティム一人だけしかいないのだ、と考え、ウエインは苦笑した。


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