表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水の魔物  作者: たかまち ゆう
第三章 伝説の剣 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/47

3-2. リーン

 森で何度か迷いそうになったが、エスリコは時々木に登り、目印となる丘を目指して進んできた。

 そうして辿り着いた洞窟の入り口は、記憶と同じように、草の陰に隠れるように存在していた。

 家からこっそり借りて腰に下げてきたランプに灯りをつけ、洞窟内へ踏み込む。

「……誰?」

 ランプの灯りに気付いたのか、奥から凛とした女性の声がした。

 懐かしい、リーンの声。

「オレだよ。エスリコ・エッティーレ。約束を果たしに来たんだ」

 リーンは暗い所にいるのでまだ姿は見えなかったが、エスリコはそう言いながら近づいた。

「約束……?」

 ランプの光が届くと、リーンが眩しそうに目を細めているのが見えた。その姿はエスリコの記憶にあるそのままで、あの時は完全に負けていた身長も、既に追い越して随分突き放している。

「……こんな所で明かりもつけないで、暗くないのか?」

 何と言えばいいのか迷った末、エスリコはどうでもいいことを口にした。

「別に。もう目が慣れているから……」

 リーンはそう答え、エスリコの顔を見上げて何かを納得した表情になった。

「ああ、エスリコって、あの時の。全然判らなかったわ。随分大きくなったわねえ」

「リーンは本当に全然変わらないんだな。あの時のままだ」

「……それで? 何の用なの?」

「え? 何、って。言ったじゃないか。君を助けに来たんだ」

 それはエスリコにとっては当然の言葉だったが、リーンの反応は思っていたよりもずっと鈍かった。思ってもみなかったことを言われたという様子で、きょとんとしている。

「助けるって、どうやって?」

「竜を倒してこの場所から解放するのさ」

「…………」

 リーンは目を見開いてエスリコを見つめた。だがすぐに顔を伏せ、力なく首を振った。

「無理よ」

「リーン!」

 強い声で名前を呼ぶと、リーンは少しだけ顔を上げた。

「……本当に、助けてくれる?」

「もちろん」

「なら、この剣を抜いて」

 リーンが指差したのは、洞窟の地面に刺さった例の剣だった。竜を封印するために使われたというものだ。

「この剣には特殊な魔法がかかっているから、竜の堅い鱗にも傷をつけることができるわ。ただし、簡単には抜けないわよ」

「よし」

 エスリコは意気込んで剣の柄に手をかけたが、どう力を入れても、剣はぴくりとも動かなかった。

「これ……、いくらなんでも固すぎないか?ただ深く刺さってるってだけじゃないだろう?」

「あら、よく判ったわね。そう。前に言ったかどうか忘れちゃったけど、それは竜を封印するのに使われた剣だから。魔法の力で地面に刺さっているんだと思うわ。もし抜けたら、そのときは封印が解けるのかもね」

「おいおい……」

 エスリコが眉をつり上げると、リーンは首をすくめた。

「怒らないでよ。その剣、私にも抜けなかったんだもの。実際のところ、抜いたらどうなるかなんて誰にも判らないのよ」

「だから、そんな危険を冒してみなくても、オレが竜を倒して、リーンを自由にしてやるって」

「本気で言ってるの?」

「当たり前だ」

「そう……。だったら、こっちにきて」

 リーンはエスリコから見て左手の岩壁を手で示した。

 ランプの灯りを近づけると、そこには人が一人通れそうなほど大きな裂け目が口を開けていた。

「この奥に、竜はいるわ」

「……!」

 エスリコは急激に緊張して身を硬くした。

「この、奥に……」

 人肉を喰らう邪悪な竜。

 エスリコにとって、これから対峙する敵は悪の象徴だった。

「……ねえ、エスリコ。私のこと、他の誰かに話した?」

 唐突にリーンがそう訊いてきて、エスリコは裂け目に踏み込もうとした足を止めた。

「え? いや」

「そう……」

 首を横に振ると、リーンは心なしか残念そうな顔をした。

「……話してほしかったのか?」

 リーンにしてみれば、自分のことを多くの人が知ってくれた方が、助けにきてくれる可能性のある人間が増えて嬉しかったのかもしれない、とエスリコは気付いた。しかし、

(でもいいんだ。リーンはオレが助けるんだから)

 エスリコは自分の考えで頭がいっぱいで、それ以上のことを考える余裕はなかった。

「待ってろ、リーン。オレが必ず、君を自由にしてみせるからな」

 そう言うと、エスリコはランプを腰の紐に括りつけ、裂け目へと足を踏み出していった。

「私を、自由に……?」

 ランプの灯りと共にエスリコの背中が遠ざかり、暗闇に一人で取り残されたリーンの唇が、笑みの形に歪んだ。憐れむような目で、闇の奥を見やる。

「私は今でもとても自由よ、エスリコ……」

 小さな呟きは、リーンの周囲の暗い空間をほんのわずか揺らしてすぐに消えていった。


     *


 壁の亀裂は、人が一人なんとか通れる程度の幅のまま奥へ向かって傾斜して、しばらく続いていた。

 ごつごつした壁に手を触れながら、足元の凹凸に足を取られないように気を付けて下っていくと、唐突に半球状の広い空間に出た。左右はもちろん、天井も急に高くなっている。

 外から見えていた丘の地下か、とエスリコは察した。

 ランプの灯程度では照らし出すことが不可能な広い空間全体を見渡すことができるのは、洞窟の壁自体が光を放っているかららしかった。赤っぽい色をした暗めな光だが、視界は充分に確保できる。

 何かが燃えている様子はないから、それもいつかリーンが見せてくれたような魔法の光なのだろう。

 動きやすくて助かる、と考えながら、エスリコはランプの火を消して地面に置いた。

 この地下空間の地面は平らではなかった。あちこちにデコボコと隆起したところや窪んだ部分がある。

 竜の姿は見えない。

 だが、どこかから獣の呼吸音のようなものが聞こえてくるから、近くにいるのは間違いなかった。

(あそこか……?)

 エスリコが目をつけたのは、中央付近に見える大きな窪みだった。地面が大きくえぐれているようではあったが、手前の地面がやや隆起しているせいもあって、正確な深さは分からない。

 だが、獣の気配はたしかにその下からするようだった。

 人を喰う竜。岩陰に隠れたその姿を確認しようと、エスリコはそちらへ近づき、身を低くして慎重に窪みの中を覗き込んだ。

(……!)

 竜の大きな()が、こちらを見上げていた。

 臭いによってか音によってか分からないが、竜は誰かが近づいてきたことをあらかじめ承知して待ち構えていたようだった。

 エスリコは腰の剣を抜こうとしながら反射的に立ち上がり――


 ――とん。


 背中に衝撃があった。

(……え?)

 全く予期しない方向からの衝撃に、エスリコの身体はぐらりと傾き、体を支えようと咄嗟に踏み出した足は空を切った。

 足元に踏みしめるべき大地は無く、窪みの中に踏み込んでしまったということを理解した時には、体の傾きが取り返しのつかないほど大きくなっていた。

 エスリコは、予想外に落差の大きかった窪みの中へ落ちていこうとしていた。

(……!?)

 視界が回転する。

 上下が反転したエスリコの視界の中で、金色の長い髪が光ったような気がした。

(リーン……!?)

 それはほんの一瞬のことだったが、エスリコにはひどく長く感じられた。

 無へと続く、永遠にも似た刹那。

(――どうして)


     *


 落ちてきた男を生きたまま口に放り込んで噛み砕きながら、竜が言った。

『ご苦労だったな、リーン』

「いいえ」

 リーンは窪みの周りを大回りして下り、竜の傍らへ行った。

「愛するアーサー様のためですもの」

『ふっ……。それでこそ、我が魔力によって不老不死にしてやった甲斐があるというものだ』

 アーサーと呼ばれた竜は、エスリコの着ていた服や所持品を口の中で器用に選り分け、吐き出した。リーンは慣れた様子でそれを持ち上げ、がらくたを積んである一角へと運ぶ。

「それに今回は、私は何の苦労もしていませんわ。さっきの男が勝手に、訳の解らないことを言ってここへ来たんです」

『訳の解らないこと、とは?』

「私を自由にするとか何とか……。お笑いですよね。何を勘違いしているんだか。私はこんなにもアーサー様を愛しているのに」

 リーンは、アーサーの太い脚にしがみつくようにして抱きついた。

「馬鹿な男。アーサー様に敵うわけなんてないのに」

『ふん……。だが、多少は魔力の足しになった。そうだな、あと二人ほど喰えれば、この洞窟を破壊できる程度の魔力は得られるかもしれん』

「あと二人、ですか……」

 呟いたリーンは、エスリコが来る少し前に森で出会った青年のことをちらりと思った。途中で妙な邪魔が入らなければ、あの男をここまで連れてこられたかもしれないのに。

 だが、あと一息だ。

 もう少しで、アーサーをこの狭苦しい場所から解放してやれる。

 しかしリーンは、実際にその時が来てしまうのを惜しいとも思っている自分に気付いた。

 その時が来たら、アーサーにとって自分は必要のない存在となる。そうなれば、簡単に捨てられてしまうのではないかという気がするのだ。

 だからリーンは言った。

「なんなら、最後は私でも構いませんよ」

『……ふっ。ふはははは!! 楽しみにしているぞ! リーン!』

 アーサーの笑い声が、洞窟に(こだま)した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ