2-12. 怒り
「ば、化け物!」
カイビが叫んで、再びモニムに黒い筒の先端を向けた。
ウエインは咄嗟にモニムを庇う位置に立ち、剣を構える。
――数秒。
だが、あの破裂音がまた聞こえることはなかった。
「……う、ぐ……」
カイビが呻いて黒い筒を取り落とした。
と同時に、奥の部屋から他の男達の声が聞こえた。
「だ、誰だお前!?」
「どこから入った!?」
「もう一人いたのか!」
その言葉で、何が起こったのかは大体予測できたが……、ウエインは慌てて奥の部屋へ駆け込んだ。
(馬鹿……)
そこには、予想通り、イエラが立っていた。
地下へ繋がる蓋が開いている。あれを押し上げて出てきたのだろう。
イエラの髪の毛は今、異様に伸びて、カイビの左胸に後ろから突き刺さっていた。
よく見ると、髪の毛なのは途中までで、先端付近は例の「触手」だと分かるが、正確な境目がどこかはウエインにもよく見えなかった。初めて見る者にはなおさらだろう。
触手が蠢いて、カイビの体から抜ける。
錐のように尖った先端部分に、カイビの血が付いている様子はなかった。
だがカイビの傷口からは血が溢れ、彼の服はみるみるうちに赤く染まっていく。
力を失って倒れるカイビの身体を冷たい瞳で見下ろし、イエラに宿るエルフューレは言った。
「モニムを傷つけるやつは、許さない」
「ひいぃっ!」
残りの男達は、完全に戦意を喪失したようだった。我先に逃げ出そうと、部屋の扉に殺到する。
それを追うように、イエラの髪から伸びる触手が三本に分かれたのを見て、ウエインは咄嗟に叫んだ。
「駄目だ! 殺すな!」
エルフューレはちらりとこちらを見たが、構わずに触手を伸ばした。
だがその先端は先程のように尖ってはおらず、三人の胴体に巻き付くと、男達を部屋の中に引き戻し……、そして、開いたままだった地下室への入り口に放り込んだ。
階段を転がり落ちる音と悲鳴を聞きながら、エルフューレは「蓋」を閉めた。
さらに、床に倒れて痙攣していたカイビの身体を足で蹴って転がし、「蓋」に乗せる。
「……これで文句ないか?」
「いや……、その人は、助けられないか?」
「どいつのことを言ってる? まさかこいつか?」
エルフューレは呆れたようにカイビを顎で示した。
「こいつはモニムを殺そうとしたんだぞ? モニムの左胸に穴を開けた。ワタシはこいつに、同じことをしてやっただけだ。……もっとも、うっかり後ろから刺してしまったことについては、間違えたことを認める。だが、今更やり直すことは不可能だ」
「…………」
ウエインには、何の反論もできなかった。
この男の助命を願ったのは、目の前で人が死ぬところを見たくないという感情からだが、もしもカイビが生き残ったとしたらきっと、モニムやウエインの命を再び狙ってくるだろう。それを考えれば、この男にはむしろ、この場で確実に死んでもらった方がいい。
この考えに反対してエルフューレを説得できる人間がいるとすれば、それは狙われる張本人であるモニム以外にはいない。
「……そういえば、モニムは?」
「気を失っている。可哀相に……。そのうち目を覚ますだろうが、それまではワタシがまた身体を借りることになるな」
「そうか……。なんだかエルフューレが二人いるみたいで、変な感じだな」
「ウエイン、オマエはどう思う。イエラのこの身体を、どうすべきだと思う?」
「それを俺に訊くか?」
ウエインは顔をしかめた。
「あくまでも俺の意見でいいなら言うが、俺は、死んだ人はきちんとお墓を作って埋葬してあげるべきじゃないかと思う。それをしない限り、モニムはお母さんの死を受け入れられないんじゃないか?」
「墓、か……。それはどこに作るべきだと思う?」
「え? そうだなあ……。できれば他のイリケ族の人達と一緒に、安らかに眠れそうな場所で――」
できれば、あの『穴』で放置されている人達も、きちんと埋め直してやりたい。
「それはどこだ?」
「そこまでは知らないよ!」
「そうか」
「あ、あのー」
ジブレが、恐る恐るこちらの部屋を覗き込んできた。
「大丈夫…ですか? あ! カイビさん!」
叫んでカイビの元に駆け寄る。
しかしカイビは既に絶命していた。
「他の人は!? どうしたんですか!?」
「あ、地下にいます」
ジブレは地下への入り口が塞がっていることを目で確認するとそれ以上何も言わず、部屋の外へ駆け戻っていった。
家の外へ助けを求めるつもりなのかと慌ててウエインは追いかけたが、ジブレの行動は予想外のものだった。
「フィニア! フィニア! 今から一緒に王都へ行こう。準備して」
宣言すると、フィニアと一緒になって荷物をまとめ始めたのだ。
フィニアも、何の疑問も挟まず、てきぱきと動いている。
「……あの」
ウエインが戸惑って声をかけると、
「僕は、いや僕達は、王都へ移り住もうと思う」
ジブレはきっぱりと宣言した。
「え!? まさか、俺達のせいで――」
「いや、違うんだ。本当はもっとずっと前から考えていたんだよ。君も見ただろう? さっきの銃を」
「あ、それってもしかして、あの黒い筒みたいなやつのことですか?」
最初に奥の部屋へ踏み込んできた時、カイビはたぶんあれを腰に差していたように思う。
棍棒の仲間か何かかと思って深く考えなかったが、今思えば村の門を守っていた門番達も、あれと似たような黒い筒を持っていた。
「コレがモニムの胸にめり込んでイた」
そう口を挟んできたのは、この部屋の椅子を借りて休んでいたモニム――その身体に宿るエルフューレだった。
指に、金属の塊のようなものをつまんでいる。大きさは、ウエインの親指の第一関節から先くらい。これがあの黒い筒の中から飛んできたのか、とウエインは考えた。
「それが弾だよ。銃っていうのは簡単に言うと、筒の中で火薬を爆発させて、金属の弾を凄い勢いで飛ばす武器なんだ」
「はあ」
筒の中で火薬を爆発させたら、弾と反対側にも何か飛び出すのではないかとウエインは思った。反対側を塞いでいるとしたら、今度はどうやって火薬に火をつけるか分からない。
疑問に思ったが、ジブレが話を続ける様子だったので、訊くタイミングを逃してしまった。まあ、そんな詳しいことまで知らなくても、戦うことはできるから問題はない。
「銃の原理を考え出したのは僕なんだ。狩りに使えるんじゃないかと思って試作品をカイビさんに見せたら、いつの間にか町に、変な風に広がってしまって。食べるわけでもないような森の動物達まで撃つ練習をしていた時から、なんとなく嫌な感じはしていたんだけど……。それでも、僕はあれを人に向ける人がいるなんて、考えもしていなかったんだよ。僕が馬鹿だった。だから……、さっきは、すみませんでした」
ジブレは涙ぐみながら、モニムに向かって深く頭を下げた。彼女が銃で撃たれて倒れた光景は、発明者のジブレにも大きな衝撃を与えたようだった。
カイビが死んでいるのを見てもジブレが誰も責めようとしなかったのは、そういうわけがあったらしい。
モニム――エルフューレは肩をすくめた。
「オマエが悪いワケではない。気にスルな」
ジブレは顔を上げ、かすかに微笑んだ。
だがその表情がまたすぐに厳しくなる。
「カイビさん達は、革命を起こすつもりなんだ。最初は、この町を一つの国として独立させると言っていたけれど、そのうち、武力でこの国そのものを支配しようと言い出した。大砲という、もの凄く大きな銃みたいなものを作って、王様を脅してやろうって。そんな……そんなことを、黙って見ているわけにはいかない。僕は王都へ行って、このことを誰かに知らせないと」
ジブレはぎゅっとこぶしを握りしめる。
フィニアが彼に近づき、横からそっと彼の手を握った。
「そうですか。あなたがずっと悩んでいたのは、そういうことだったんですね」
「うん……。黙っていてごめん」
「いいえ。今、ちゃんと話してくれたから、もういいんですよ」
「それに、急に王都へ行くなんて決めちゃったし」
「あら、私はあなたが行くところならどこでもついていきますよ。あなたったら、放っておいたらごはんを食べるのも忘れて餓死しかねないんですから」
「フィニア……」
フィニアはにっこり笑い、荷物を詰め終わった二つの鞄を示した。
「さあ、そうと決まればすぐに出かけましょう。準備できましたよ」




