2-8. 地下室
先程押し問答になりかけた門番達も、ジブレと一緒に門を通過するウエイン達には、非友好的な一瞥を与えただけで、黙って扉を開けた。
二人がかりで引かれ、大きな扉が軋みながら開く。
「次は僕の家へ案内するよ。会ってほしいひとがいるんだ」
ジブレが先に立って歩き、ウエイン達は手をつないでその後に続いた。
ディパジットはリューカ村に比べれば格段に大きな町だが、人口が多いらしく、家同士は割合密集して建っている。
見慣れない石造りの壁は、木の家に慣れたウエインにはやけに冷たく、寂しく見えた。
モニムも怯えたように、ウエインの手をぎゅっと握ってくる。
ウエインはその手をそっと握り返した。
そうして辿り着いたジブレの家は、思っていたより小ぢんまりとしていた。
ウエインは、途中ですれ違った町の人達の態度から、もっと広々とした土地の大きな家を想像していたのだが、実際にはそれは、周囲の建物と似たり寄ったりの規模だった。
「……会ってほしい人というのは?」
ジブレの発言からは少し時間が経ったタイミングで、ウエインは訊いた。
ここへ来てなぜか急に緊張してきたので、どんな人なのか気になり始めたのだ。
「たぶん、君達が一番会いたい人、じゃないかな?」
ジブレはやや自信がなさそうに言った。
彼の表情や態度からは、ウエイン達を陥れようとするような様子は感じられない。だが、息苦しいような不安は消えてくれなかった。
ジブレが開いた扉を、ウエインは周囲の気配を探りながら慎重にくぐった。モニムも後に続く。
「おかえりなさ――あら!」
家の奥から、小柄な女性が一人出てきた。
それ以外の人の気配は全く感じられない。
「珍しいですね。お客様ですか?」
「そうだけど、おもてなしは僕がするから大丈夫だよ、フィニア」
フィニアと呼ばれたその女性はまだ若そうに見えるが、雰囲気からすると、ジブレの妻だろうか。
「そう…ですか」
小さな声で答え、フィニアはウエインとモニムに順に目を遣り……、ふと不安そうな顔になってジブレを見た。
「僕の部屋を案内したいんだ。だから悪いけど、君は入ってきちゃだめだよ」
「はい……」
頷く彼女は、どこか傷ついているように見えた。気にはなったが、ジブレが何事もなかったように、
「こっちだよ」
などと言うので、ウエインもモニムもおとなしく従った。
「今の女性って、ローアスさんの奥さんですか? それもと娘さん?」
居間を通りつつ後ろからウエインが訊くと、
「妻だよ。優しくて料理もうまい、僕にはもったいないくらいの人だ」
照れくさそうに頭を掻きながらも、ジブレはしっかりと自慢した。
「はあ……」
そうして案内された彼の部屋は、実に凄い所だった。
部屋の周囲を本棚が取り囲んでいる。
そこには分厚い本がぎっしりと詰め込まれ、唯一空いた壁に接した机にも本が何冊か載っている。
それ以外にも紙の量が非常に多く、机の上には何かの図や数式が書かれた紙や、文字でびっしりと埋められた紙が散らばっており、床にもあちこちに紙の束が積まれていた。
紙はそこそこ貴重なものだというのに。ジブレの収入はきっと、ほとんどが紙代に費やされているに違いない、などとウエインは考えた。
ジブレは部屋の鍵を掛けると、床に積んである紙束のうちのひとつを脇へどけた。
すると、その下の石の床に、長方形の窪みが見えた。
それほど大きな窪みではない。長い方の幅が手のひらと同じくらいで、短い方の幅と深さは大体指三本分といったところだろう。
ジブレはさらに机の引き出しから何か金具のようなものを取り出してきて、その窪みの前にしゃがみ込んだ。金具を窪みに嵌め、しばらく何か調節するような動きを見せてから立ち上がる。
ごりごり、と小さいが重そうな音がして、床の一部が持ち上がった。先程の長方形の窪みに取っ手が取り付けられ、周りの床石と合わせて蓋のようになっている。その「蓋」の下から階段が現れた。
「隠し部屋……?」
ウエインは呟いた。
「地下にも部屋があるんですか?」
「そうだよ。本当に案内したいのはこの下なんだ。どうぞ」
ジブレは机の上にあったランプに火を灯し、階段の下を示した。
(――行きたくない)
ウエインの緊張感がさらに強くなって戻ってきた。胃がきゅっと縮まるような感覚がする。
ちらりと後ろを見ると、モニムも不安そうな表情で胸を押さえていた。
(もしかして)
唐突に、ある考えがウエインの脳裡にひらめいた。
(エルはこの下に何があるのか知ってるんじゃないのか?)
本来、ウエインは予想外の事態にもあまり動じたりしない方だ。
普段、何か行動する前にすくんだりしたことはない。
だからこの緊張は、もしかしたら自分の中に在るエルフューレの影響なのかもしれないと思ったのだ。
(どうする? 行くのをやめるか?)
その時、モニムの手が伸びてきてウエインの服の裾をきゅっと掴んだ。
(……そういうわけにもいかないか)
ウエインは小さく息を吐いて覚悟を決め、地下へと続く石の階段に足を踏み出した。




