2-6. イリケ族
「それで? 君達は、イリケ族についてどの程度知ってるの?」
「詳しいことは何も……。水を操る一族だったってことくらいで」
うん、とジブレは小さく頷いた。
「じゃあ、全く何も知らない人相手のつもりで説明するよ」
ジブレは一つ咳払いして、語り始めた。
「イリケ族は、今から約三百年前にこの辺りに住んでいた種族だ。青銀色の髪と藍色の瞳を持つ女達だった。男はいない」
「いない?」
ウエインは驚いて聞き返した。
「男がいないって、どういうことですか?」
「もちろん、生まれてくる子供には父親がいた。しかし我々は、その父親達をイリケ族とは考えていない。彼らはただの配偶者にすぎない」
「どうして……?」
「うん。順番に説明するから少し待って。イリケ族が最初はどこで生まれたのかは、はっきりしない。この場所へ来る前はもっと東にいたと言われている。たぶん隣国のワゴウから流れてきたと思われるね。そのほとんどは女だったらしい。中には男も交ざっていたらしいけど、男達の外見的特徴がまちまちだったのに対し、女達には共通点があった」
「髪と瞳の色、ですか?」
「そう。そして皆が皆、非常に美しかったそうだよ。我々デューン人の祖先は概ね彼女達を歓迎し、多くがイリケ族の女と結婚した。イリケ族と一緒に来た男達は皆既婚者だったから、結婚相手を奪われたデューン人の女達は反発したみたいだけど、それでも最初はお互いそこそこうまく付き合っていたらしい」
最初は、という言い方は、その先に待っている悲劇を否応なく予感させる。
ウエインはごくりと唾を飲み込んで、ジブレの言葉の続きを待った。
「やがて子供が生まれた。かなり多くの夫婦ができていたから、次々と生まれた。決して少なくない数のその子供たちはしかし――、全て女の子だった」
「…………」
ウエインは横目でモニムの反応を窺ったが、これといった反応はなかった。
たぶんジブレの言葉は事実なのだろう。
「確率的にはほぼありえないと言っていいことだよね。そして当然のように、全ての子供達の髪と瞳は、母親と同じ色をしていた」
「だから……?」
特異な外見をもった、女しかいない種族。そんな風に見えてしまうのか。
しかしジブレはウエインの呟きの意味をどう受け取ったのか、首を横に振った。
「この頃から既に、イリケ族はおかしいとか不気味だとかいう意見は確かにあったらしいよ。実際、イリケ族を『自分達とは違う特別な種族』と考える意識は、この頃から生まれたんだと考えられる。でもね、それですぐ、その種族を滅ぼそうという話にはならないよ。なんといっても子供がいるんだ。しかも可愛い娘だ。子供はね、特徴的な髪と瞳の色を除いた点では、ちゃんと父親に似た部分もあったんだよ。それでいて美人だ。きっと、さぞかし可愛く見えただろうね」
「まあ、そうでしょうね」
何か決定打となるできごとがあったのだ。ウエインはジブレの口振りからそれを察した。
大人も子供も殺したということは、自分の娘達までも手にかけたということだ。
確かに、並大抵の覚悟でできることではない。
肉体的にも精神的にも、かなりの力が必要だったはずだ。
「初めはね、一人の男の心変わりが原因だった。その男は、妻が一人目の子供を妊娠している時、別の女性と関係を持ったんだ。妻は怒り、夫を殺した」
「それは……、激しいですね。やりすぎです。でも……、その奥さんだって大変なときに裏切られてつらかっただろうし、それで一族全部を虐殺したんだとしたら、それはやっぱり……おかしいですよ」
「殺し方が普通じゃなかったんだ」
「え? 普通じゃない、って……」
「死んだ男の身体は、干涸らびていた。たった一晩で、体中の水分が全部抜けた死体になって発見されたんだ」
「……!」
ウエインは息を呑んだ。
さすがにそれは、予想していなかった。
「一体どうやったらそんなことができるのか、男達の誰にも分からなかった。それで、別のある男が自分の妻に質問したんだ。もちろん、その妻もイリケ族だったからだよ。でも妻は、その質問には答えなかった。代わりに、言ったんだ。『浮気をするなんて許せない。そんなことをされたら、私もあなたを殺すわ』とね」
ぞく、とウエインの背筋に寒気が走った。
ジブレの口調は淡々としていたが、実際にそう言われた男の恐怖は充分に想像できた。
「でも……、自分に疚しいことがなければ、問題はないわけですよね?」
「まあね。でもさ、例えば奥さんが勝手に勘違いするっていう可能性だって考えられるわけじゃない? それでわけの分からない力で殺されちゃったらたまらないよね。そうでなくても、迂闊に夫婦喧嘩もできない。……もっとも、僕はたぶんその男も、ちょうどその頃に浮気心を起こしてたんじゃないかと想像するけど」
「……まさか」
「そう。その男は、恐怖に駆られて自分の妻を殺した」
「…………」
「そこからはあっという間だった。イリケ族もデューン人も、お互いに憎みあうようになり、殺し合いを始めた。それは新たな憎しみを生み、最終的には自分の子供達すらをも殺す力になった」
「そんな……」
ウエインは、クラムの家の前でモニムが語ったことを思い出していた。
近所の人間が、ある日突然、自分達を殺しにきた……。
それは、まだ十三歳にすぎなかったモニムの心に、どれほどの傷を残したか。
「誰も、それを止めなかったんですか?」
「いや、僕が読んだ記録では、反対した人も当然いたそうだよ。でもそういう人は、お互いの仲間から裏切り者扱いさ。孤立していて、大きな流れを止めるほどの力はなかった。それにね、一緒に暮らしている人が、いつ豹変して自分を殺すか判らない。そんな状況に、君なら耐えられるかい? そうなる前に距離を置こうとするのが当然じゃないのかな。あるいは、そうなる前に殺してしまおうと考えるか」
「俺は……、そんな風に考える人の気持ちは理解できません」
思わずそう言ってから、しまったとウエインは思った。ジブレの先祖を貶すような発言をしてしまった。
だが、ジブレは怒り出しはしなかった。苦笑して、肩をすくめた。
「そうかい? まあ、民族性の違いってやつかな。デューン人は頭に血が上りやすいって、よく言われるから」
ウエインはホッとして、ちらりとモニムに目を遣った。
彼女は――おそらく先程からずっとそうしていたのだろう――苦しげに眉を寄せてジブレの話を聞いていた。
「そのデューン人の、憎しみの集大成が、あれだよ」
ジブレは、目の前に見えてきたものを指差して言った。
「……あれは」
ウエインは目を瞠った。
――それは、穴、だった。ウエインの家が三つくらい丸ごと入りそうなほど巨大で深いすり鉢状の穴が、ぽっかりと地面に口を開けている。
さらに近づいていくと、穴の中に何か黒っぽいものが散乱しているのが見えてきた。
遠目には焼け焦げた木の枝のようにも見えた。
それらが人の形をしていることにウエインが気付くまでには、少し時間がかかった。
「な……」
それは夥しい数の死体なのだった。
そのほとんどが全身炭のように黒く焦げている。
中には途中で折れ曲がったり、骨が露出しているものもあった。
「ここは、町の人間には『火葬場』と呼ばれている」
ジブレの淡々とした説明に、ウエインは怒りが湧き上がるのを抑えられなかった。
(これが「火葬」だって!?)
ウエインの住むリューカ村では、死体は棺桶に入れてそのまま土に埋める土葬が一般的だ。
だからそもそも、ウエインには死体を焼くという行為自体に抵抗がある。
しかし火葬に対する理解はあるつもりだった。
だがこの有様には、「火葬場」より「処刑場」という言葉がはるかに似つかわしい。
年月を経たためか、死体はほとんどが薄く土を被っていたが、本格的に埋葬された様子はなかった。
掘った穴を埋め戻すのが面倒だったのか、それとも別の理由があったのかは知らないが、死体を焼いてそのまま放置したのがありありと分かる。
ふらり……とモニムが一歩前へ出た。穴の縁に足がかかりそうになる。
「モ…アンノ!」
思わずモニムの名を叫びそうになったウエインは、それをかろうじて堪えながら彼女の腕を摑んだ。
行動を妨害されたモニムは、妙にのろのろと振り返った。
その顔には、不満そうな色はない。
いや、それどころか、怒りも悲しみもその表情から読み取ることはウエインにはできなかった。
こちらへ向けられた視線すら、どこにも焦点を結ぶことなく拡散していくようだ。
激しすぎる感情に身体が追いついていないようだった。
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