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水の魔物  作者: たかまち ゆう
第二章 失われた故郷 

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2-2. デュナーミナ

「デュナーミナ?」

 ウエインはその名前を繰り返し、しばらく考えてみたが、いくら頑張ってもそれがどの辺りの土地なのか全く思い出せなかった。

「……えっと、それはどこにある村なの? 大まかな方角だけでも分からないかな? どうも聞き覚えがなくて」

「そう…なの? でも、そんなに遠くではないのよ? たぶん……、あっち側だと思うのだけれど」

 そう言ってモニムが指差したのは、さっき歩いてきた方向と太陽の位置から推測して、大体北の方角だと思われた。

「そっちか……」

 ウエインは地図を頭に思い起こした。リューカ村から森を挟んで北に位置する村や町は大体把握しているつもりだが、どう考えてもそんな地名の場所が地図に載っていたとは思えなかった。

 北の方にある町で一番近いのは、リューカから北北西の方角にあって、森に面しているディパジットだが……。

「ねえモニム、ディパジットって町は知ってる?」

「いいえ。知らないわ」

「あ、そう……」

 それでは見当のつけようもない。

「でも、モニムはそこから来たんだよね? だったらその道を逆に辿っていけば帰れるってことになるか。道は憶えてる?」

 ウエインの問いかけにモニムが困ったような表情を浮かべた時、近くの繁みがガサッと揺れた。

 ウエインは一瞬で全身を緊張させ、身構える。が、

「……おお。誰かと思えば、ウエインか」

 と言いながら現れた人物を見て、思わず顔がほころんだ。

「クラム先生!!」

 エスリコから行方不明だと聞かされていたクラムが、そこに立っていたのだ。

 エルフューレが「見ていない」と言っていたからには、『水の魔物』に殺された、などという噂が間違いなのは分かってはいたが、どこにいるかは分からないままで、気になっていた。

 無事だったようだ。

 そうだろうと思ってはいたが、やはりホッとした。

 ウエインは素早く駆け寄って、クラムの皺だらけの手を取った。

 平均寿命を遥かに超えて生きているこの老人はしかし、多少腰は曲がっているものの、目には思慮深い光を湛え、身体にも活力が満ちていた。

 今は、長く歩き回ったせいかさすがに少し疲れた様子ではあるが、倒れそうというほどではない。

「どうしてたんですか! 皆心配していたんですよ」

「すまん。いやなに、途中で少し……」

 クラムはそこでほんの僅か、言葉を選ぶ様子を見せた。

「……まあ、色々あってな」

「とにかく無事で良かった」

 ウエインは素直に安堵していた。

「そんなことよりウエイン、この辺りで泉を見なかったか? (わし)はどうしても『水』を持って帰らにゃならん。だが、いくら探しても見つからんのだ。この辺りだと思うのだが」

「それが……」

 ウエインは困って、モニムの方へちらりと視線を遣った。

 クラムはウエインの視線を追ってモニムに目を向け……、その動きが不自然に止まった。

 ぽかんとした顔で、クラムは言葉を忘れたようにモニムを見つめていた。

 初めは見惚れているのかと思ったウエインだが、どうもそうでもないらしい。

「あの……、どうかしましたか?」

 いつまでも動かないクラムに焦れて、ウエインは訊ねた。

 するとやや遅れて、クラムが我に返った。

「……ウエイン。こちらは?」

「えーっと、この子は……」

「モニムといいます」

 ウエインが答えるより早く、モニムは自分から名乗ってぺこりと頭を下げた。

「あ…ああ。儂はクラムと申す者。このウエインと同じリューカ村に住み、子供達にものを教えたりして暮らしておる。……その、貴女(あなた)はもしや、イリケ族の(かた)では――」

 モニムは困ったようにウエインを見た。初めて出会うこの老人に、どこまで喋っていいか分からないのだろう。

 だがウエインにとって、クラムは警戒するべき相手ではなかった。

「先生、イリケ族というのは?」

 エルフューレには詳しい話を聞けなかったので、今が好機とばかりに質問する。

「うん、伝承によれば、青銀色の髪に藍の瞳を持ち、水を自在に操ったと言われる一族だ」

「……なるほど」

 ウエインは頷いた。

 青銀色の髪に藍の瞳、とは、まさにモニムのことではないか。

 クラムがモニムを一目見てイリケ族と言い当てたのも納得だった。

「しかし、イリケ族は約三百年前のデューン人による『イリケ族の大虐殺』で、一人残らず殺されたと聞いておったのだが」

「え……!?」

 ウエインは混乱した。

 確かにエルフューレは、「初めて会った時、モニムは死にかけていた」と言っていたが、それはその時の話だったのだろうか。

 そういえば、「モニムの仲間は皆殺しにされた」とも言っていた気がする。

 だが……。

「あの、先生。イリケ族が殺されたのは、三百年前って言いましたか……?」

「ああ、言った。正確には、大陸暦六四八年だから、二百九十四年前だな」

(そ、そんなに前のことなのか……!)

 ウエインはモニムを振り向いた。

 父と会ったにしては、モニムの見た目は若過ぎると思ってはいたが、それはエルフューレが何か若さを保つような作用をモニムに及ぼしているからなのだろうと、なんとなく考えていた。しかし三百年とは、もはや「若い」などという言葉で語れる次元ではない。

 説明を求めたかったが、さすがにクラムの前でモニムにそんな質問をするのは躊躇われた。

 代わりに、クラムに対してもう一つ質問する。

「その、イリケ族が住んでいた場所……、先生は知っていますか?」

「ああ、デュナーミナ、という名の村だ。古くからそこにあったデューン人達の集落にイリケ族がくっつくような形で加わり村になった。領土としては我が国に含まれておったわけだが、実質的には独立自治領のようなものだったようだ。だがイリケ族はデューン人によって滅ぼされ、その時から村の名前はディパジットに変わった。現在(いま)は大きくなって町になっておるが、デューン人の子孫はそこで暮らし続けておるな」

 そうだったのか。ウエインは瞑目した。

 間違いない。デュナーミナは現存しない村なのだ。地図に載っていないのも当然だった。

 モニムが「帰りたい」と言った故郷は、三百年も前になくなっていた。

 だとしたら、モニムをどこへ連れていけばいいのか……。

 改めて相談する必要がありそうだった。

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