宇宙に羽撃く足立運輸!
「ワープドライブを停止中。ワープ空間から離脱します。」
無機質な機械音声と共に、横に流れていく恒星たちから見える光が徐々に収束していく。
「ジャンプアウト完了。通常航行に移行します。」
ほんの少しだけ船が揺れるように動き、艦外の全貌がモニターから映される。目に映るのは、整然と並んだ軍艦たち。それも十隻や二十隻ではなく、一隻一隻を数えていけば、百隻を超えるであろう大艦隊だ。
回線を使い交信を行う前に、その艦隊から小型の艦船がこちらに近寄ってくる。そして、備え付けられた砲を此方に向けると通信がやって来る。
「こちらはローマイア帝国海軍所属、フリゲート艦235号艦長、ユーキリス中尉だ。この宙域は現在戦闘状態になっている。早急に進路を変え、この宙域から立ち去るべし。」
立派な髭を生やした彼は、尊大に、こちらにそう告げるのだ。我々の業界からすれば日常茶飯事ではあるが、通達くらいはしておけよ、と思ってしまう。
「こちらは足立運輸所属高速輸送艦3021番です。毎度お世話になっております。ご注文の品を届けに参りました!」
にっこりと笑いながら帽子を取って頭を下げる。自分一人のせいで我が社の信用が落ちると有れば、コンテナに積められて宇宙に放り投げられても文句は言えない。できるだけ快活に、相手の機嫌を損ねないように、丁寧に対応する。
「足立運輸か、毎度ご苦労。そのまま停船し、次の指示を待て。」
彼は髭を軽く触りつつ、そう告げて通信を切る。艦橋には私一人しかいない為に、通信が来るまでの間に装備の点検や、計器の調整を行う。我が社がブラック企業と言われる理由、それが艦橋ワンオペだ。本来ならば複数人で動かす輸送艦を、たった一人で動かさなければならなず、さらに給料も安い上に、今回のような戦闘宙域にまで行かなければならない。その他にも、宇宙海賊たちが屯す宙域を輸送艦単艦で突破を行うなど、限りなくブラックな職場だ。
五分、いや、十分待っただろうか。慌ただしく作業を行っていると、今度は別の艦からの通信が再度送られてくる。
「こちらはローマイア帝国海軍所属、管制艦イストリア。送信する座標まで移動し、積荷を輸送艦に渡してくれ。」
「かしこまりました!すぐに向かいます!」
艦長席へと向かい、コンソールから座標を確認する。今いる場所からだと、120kmほど先にあるようだ。座席に座り、併設されている操舵輪を取り出す。高速輸送艦3000番台は他の足立運輸所属艦とは違い、運用のほぼ全ての行為を艦長席から行うことが出来る。3000番台以前の艦は、軍用艦船と同様に複数人が動かすことを前提で作られており、ワンオペ時にかかる負担が大きかった。結果としてワープ事故等も多く、それを憂慮した経営陣が開発したものが3000番台である。
操舵輪を握り、艦に装備されている推進機を作動させる。ゆっくりとした挙動で艦が動き始めたのをコンソールから確認し、追加推進機も作動させていく。400m/sで速度を安定させた後が、艦長の力量が試される時間だ。主力の大型艦を護衛するように宙域を行き交う中・小型艦や哨戒艇等にぶつからないよう、かつ邪魔をしないように、出来る限り迅速に目標地点へと向かう。我々運送屋は見えない所にも力を入れるが、それ以上に顧客の見える所には力を入れるのだ。
「それにしても、国境近辺が安定しないからといって、こんな大艦隊を用意するのかね、普通は。」
「否、スキャン上に存在する艦の中には航宙母艦も存在しており、通常考えられる艦隊編成を越えています。しかしながら、揚陸艦等が存在して居ないため、開戦し近隣惑星の占領を考えているとは言えず、60%の確率で示威活動が目的でしょう。」
艦内の制御AIが、問い掛けてもいないのに答えを返してくる。AIの答えから察するにそういうことなのだろう。ここ数年で国境での紛争が増え、それに伴って我々の仕事も増えたが、危険度も増した上に何よりも人不足が深刻になってしまった。
そんなことを考えつつ、10km手前程度にまで艦を近寄せ、今迄作動させていた推進機の類を停止させた後に、今度は艦首方向にある小型の推進器を作動させて、ゆっくりと減速させていく。250m/sにまで減速した時点でそれも停止させ、一時的に慣性航行に入る。そして、1mmのズレも無いように、帝国海軍の大型輸送艦の横で止まるように計算を行っていく。ほんの手前まで来た時点で、再度前方の小型推進器を限界作動させる。これによってかなりの速度からの急減速を行い、搬入口の横にピッタリとつけるのである。
それから数分たった後に、大型輸送艦側から、搬入口への接続許可が通信によって知らされた為に、ゆっくりと丁寧に内蔵タラップの接続を行っていく。ほんの少しの振動と、コンソールに映る接続完了の文字。これを見た後に、まずタラップへの空気の注入を行うことをAIへと指示し、自分はタラップへと走って向かう。
「お疲れ様です!ご注文の品のお届けに参りました!あ、こちらに受け取りのサインをお願いします!」
タラップ上でこの輸送艦の士官と思われる人間へ、受け取りのサインを要求する。本来ならデータとしての送信の方が確実性があるが、軍相手の場合は紙媒体によるサインが基本だ。機密性は然程ない物資では有るが、それ以上に過去にデータの改竄を行われて、受け取りをしていない事になった事例が存在する。この事例によって、一時我が社と帝国海軍の仲は冷え込んだが、増え続ける需要の結果として、非公式的にでは有るが帝国海軍側が非を認めた為に、今のように物資の運送をまた引き受けるようになってしまった。
「うむ、これで良いかね?」
「はい!大丈夫です!あ、何か集荷の方有りますか?」
自身の考えを読み取られないように、笑顔でやり取りを交わしつつ、仕事になりそうなことを聞いてみる。その言葉から数瞬して、サインを書いた士官は顎に手を当てつつ何か考える仕草をする。
「ああ、では艦内の廃棄物の輸送を頼みたいのだ。艦隊の廃棄物をこの艦で処理するのは厳しくてね。」
少し困った様子で、そして少し悪そうにそう言われる。
「はい!おまかせください!」
満面の笑顔で返し、彼と契約を結んでいく。本来なら早々に母港に帰って酒の一杯でも飲みたいところでは有るが、残念ながらそのような余裕はないだろう。この広い宇宙で、輸送艦乗り、ひいては民間輸送会社という存在は常に必要とされているのだから。営業、業績、貢献、そして忠誠。いつの時代も企業から要求される物というのは限りなく、我々にとっては不利益で、そして理不尽だ。足立運輸との契約が存在する限り、私は馬車馬のように働かされるのだろう。契約が切れたら、軍にでも志願しよう、そう心に誓いつつ、私は次の仕事へと向かっていく事にしたのだ。
「こちらは足立運輸所属高速輸送艦3021番です。毎度お世話になっております。ご注文の品を届けに参りました!」
短編習作でした。
土台の世界観もそこまで考えて書いていない為に、短編の中ですら齟齬が存在していて、書きながらもうボロボロ……