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5.昼と夜は別の顔

タイトルがネタばれな件。

「…なにやってるんだろ…」

 あてがわれた部屋で、リリアディアはくずおれた。

 将来の旦那様(予定)との初見の衝撃に揺さぶられたとはいえ、当初の目的の何もかもを果たせていない。


 しるしを消してもらうことも叶わず、いいように話を展開された上に、美獣は再び就寝。

 その後、ティルディスがリリアディアに屋敷の簡単な案内をしてくれた。

 くずおれた格好のままでいたリリアディアは、ふと自分の左手の甲に目を止める。


 【番】のしるし。


 やっぱり、どう考えても、全ての原因はここにある気がする。

 今の現在へ連れてきたのがこのしるしだとすれば。

 このしるしがなくなれば、あるのは別の未来だろうか?



゜・*:.。.❀.。.:*・゜゜・*:.。.❀.。.:*・゜゜・*:.。.❀.。.:*・゜



 鐘の音が六つ鳴ったので、リリアディアは食堂に向かう。

 ティルディスに、「六つ時の鐘の音が、夕食の合図です」と説明されたからだ。


 といっても、美獣は食事を必要としないようなので、リリアディアのためにティルディスが作った決まりだろう。 もしくは、美獣の母君様のときに採用されていたか。

 階下へ降りて、食堂へ向かう。 そっと扉を押して中の様子を伺えば、ティルディスが控えていた。


「ああ、いらっしゃいませ。 花嫁様」

 呼ばれて、リリアディアはティルディスに近づく。

 そうすれば、ティルディスはさっと椅子を引いてくれた。


「どうぞ」

「ありがとう」

 席に腰掛けて、食堂を見回す。

 元から、さほど多くの人間が使用することを想定していない作りだ、と思う。

 テーブルには、椅子が九脚用意されているのみ。


「ふふふ、自分以外の誰かに食事を召し上がっていただくのは久しぶりなので、腕によりをかけました。 主がお食事を摂ってくださるのも久々ですからね」

 ティルディスが、何気なく言ったことの意味を考える。


 昼間の会話からすると、美獣の母君というのは、食事をしていたようである。

 ということは、その当時はティルディスが食事を作っていたということだろう。

 久しぶり、ということは、美獣の母君が亡くなってから、それなりに経つということか。


 リリアディアはそっとティルディスを見る。

 この、中性的な綺麗さの青年は、一体いくつになるのだろう?

 リリアディアの視線に気づいたらしいティルディスは、リリアディアに笑みかける。

「もうすぐ主も来るでしょうから、少しお待ちくださいね」

 一度、言葉を切ったティルディスの瞳が、悪戯っ子のようにキラキラと輝く。


 …これが、リリアディアにとってはよくない予兆だということも、何となくわかってきた。

「きっと花嫁様は驚かれると思います」

「…これ以上何を驚けばいいの?」

「そう仰らず。 ふふふ」

 そのとき、扉の開く音がした。

 リリアディアは、ふっと顔をそちらに向けて。

 食堂に入ってきた姿に、呼吸を止めた。


 それは、恐ろしく容貌の整った青年だった。

 紅玉を溶かしたような不可思議な色の金髪…ストロベリーブロンド、と括ってしまうには少し、紅みが強い気がする。

 瞳の場所には、琥珀の宝石が二粒。 とろりと溶けた蜜のように深みがあり、甘い色合いをしている。

 落ち着いた臙脂の衣装には金の刺繍や差し色があり、彼自身が纏う色彩と相まって、恐ろしく様になっている。

 全てが、不自然なまでに整いすぎていて、思わずリリアディアは身震いしたほどだ。


 これは、ありえない。

 この美しさは、人間には、あってはならない。


 席に着いた青年は、リリアディアが青年を凝視したまま固まっているのに気付いたようで、ティルディスを見、自分の姿を気にした。


「…どこかおかしいか?」

「どこもおかしいところなどございませんよ。 きっと主がお美しすぎて、驚いていらっしゃるんです。 あの面食いなの紅女帝をして、【華美なる朱】と言わしめるほどの美貌なのですから…!」

 聞き覚えのある、低く凛とした美声。 見覚えのある色彩。

 そして、ティルディスは彼を【主】と呼んだ。 ということは。


「っ!? 美獣!?」

 思わず、口をついてそんな言葉が、大音量で出てしまった。


 リリアディアは慌てて口を噤むが、一度音になって口から出てしまったものは取り返しがつかない。

 その呼称は胸の内に秘めておくつもりだったのに。

 美貌の主従は目を丸くしたあと、なぜか和やかに語り合っている。

「美獣ですって、主。 昼の姿が好みと言うのは、どうやら嘘ではないようですよ? まさかあちらの姿に理解を示すとは思ってもみませんでした。 本当に変わった…いやいや、できた花嫁様ですね」

「…そう思ってもらえるのなら、それは嬉しい」

 見れば、その白皙の頬と言うか、目尻の当たりがほんのり淡い色彩に染まっている。


 照れている、のだろうか。

 その姿は、並みの人間なら男女問わず卒倒してしまうのではないかと思われるほどに、清らかなのに艶やかで悩ましい。


 だが、リリアディアはそれどころではなかった。

 右手で右測頭部を押さえて、反恐慌状態に陥る。

「ご、ごめんなさい、わたし混乱してる…!」

「私が君の夫の、ヴァーミリオンだ」

 この美獣――いや、超絶美青年…いや、究極なる美の化身は、リリアディアをじっと見つめて、恐ろしく淡々と彼の認める事実のみを口にする。

 それが余計に、リリアディアを混乱させるのだとも知らずに。


 リリアディアは完全に訳が分からなくなってしまい、両手で両測頭部をそれぞれ押さえる。

 かといって、回転がよくなるわけではない。

「…ど、どうしよう。 このまま夕食食べても絶対味がわからない。 でも、話してたら折角のお料理が冷めちゃう。 執事さんがせっかく作ってくれたのに」

「大丈夫ですよ、花嫁様。 私の料理はその程度の混乱で味が分からなくなるようなものではありませんから」

 言いながら、ティルディスは料理の盛られた皿をヴァーミリオンの前に置き、リリアディアの前にも置く。

 どうやら、本格的なフルコースらしい。

「お食事が終わってからゆっくりお話しましょうね」

 にっこりと笑んだティルディスと、問答無用で目の前に置かれた前菜に、リリアディアは一旦考えることを放棄し、居直ったのだった。


 リリアディアが、誰かの作った料理を口にするのが久々だったこともあるのだろうが、ティルディスの料理は確かに美味しかった。

 おかげで、リリアディアは食事の最中――意図的にヴァーミリオンを視界に入れなかったこともあり――、食べること以外を考えずに済んだのである。

 デザートのミルフィーユまでしっかり全てきれいに平らげた。 今は食後の紅茶をティルディスが淹れてくれている。


「ごちそうさま、すごく美味しかった」

「それは、花嫁様を見ていればわかります」

 ティルディスは上機嫌で紅茶をリリアディアの前に置いてくれた。

 リリアディアは、紅茶に口をつけながら、ここでようやくヴァーミリオンを視界に入れる。


 見れば見るほど綺麗な顔立ちをしている。 いや、正直、【綺麗】などという言葉では、この美貌を言い表すのに不十分だ。

 一対の甘い蜜色のの宝石を縁取る睫毛も髪と同じ美妙な色で、白皙の頬にくっきりと影が差すくらいに長い。 寸分の狂いもなく、完璧に配置されたパーツ。

 美しすぎる。 綺麗すぎる。 整いすぎていて気持ち悪いくらいだ。


 こんな美が、存在していいのだろうか?


 彼はリリアディアを綺麗だと言ったが、リリアディアなど、彼の綺麗には程遠い。

 彼に【綺麗】などと言われるほど、自分が綺麗な生き物だとは思えない。

 ティルディスも綺麗な顔をしているが、ヴァーミリオンの存在感と華やかさには比べるべくもない。


 これは、この世にあってはならない美だと思う。


 というか、この顔を見慣れてしまったら、間違いなくリリアディアの価値観と美意識は狂う。

 思っていると、不思議そうな声音が耳に届く。


「どういう意味だ?」

「え?」

 見ると、ヴァーミリオンが複雑そうな表情でリリアディアを見ていた。

 表情は、美獣の時と比べると、幾分わかりやすいかもしれない。


「価値観と美意識が狂う、とは」

 思っていたことが口から出ていたらしい。


 そのままの意味で取ってもらえればいいんだけど、と思っていると、ティルディスが笑う。

「やはり主の顔は並の人間には大層な破壊力だそうですよ」

「そうか? リリアとは会話が成り立つようだが」

 並の人間とは会話が成り立たないのか。 というか、もしもその基準で人間を判断しているのだったら、今すぐ改めてもらいたい。


「ごめんなさい、お話いいですか」

 リリアディアは、居住まいを正して右手を上げる。

 そうすると、ヴァーミリオンは微かに表情を和らげた。

「私も花嫁と話がしたいと思っていた」


 だが、リリアディアは和やかに話を進められる心境ではなかった。

 口を開くと、怒涛のように混乱が溢れてくる。

「訳がわからないんですけど! 美獣だと思ってたら、人間の姿になってるし、人間の姿かと思いきや、その美しさ人に非ず! あの、可愛い尻尾と耳と呪いはどこ!!?」

「花嫁様が見た目より相当に混乱しておられることはわかりました」

 落ち着いてください、とティルディスに数回の深呼吸を促される。


 言われるままに深呼吸を繰り返していると、幾分冷静さが戻ってきて、今度こそリリアディアは落ち着いてヴァーミリオンに問いかけた。

「…私は美獣の花嫁なんですか? 人間では考えられないような美貌の青年の花嫁なんですか?」

「どちらも私だ。 だから、君はどちらの花嫁でもある」

 ヴァーミリオンの返答はいつでも簡潔だ。 装飾しない。 

 だからこそ、素直に受け取れるときと、反発してしまうときがある。


「だから、それがわからないんです。 どうしてこんなややこしいことになってるの…」

 独り言のように呟けば、ヴァーミリオンは少し考える素振りをしてから、口を開いた。


「先祖が呪いに掛けられた。 その呪いでこうなった。 …創世記を知っているか?」

 思いがけない単語に、リリアディアはピクリと反応する。


「世祖が神の力を借りて、悪政を布いた王と魔術師に立ち向かい、国を平定したっていうやつ?」

「世祖に協力したのは、異界から来た私の先祖。 今の私も、ティルディスも、君たちと同じ姿をしているが、同じ生き物ではない。 悪王の側についたのが、同じ異界から召喚された同胞(はらから)と、この世界の魔術師」

「え」

 あまりにも唐突に、さらりと語られるから、リリアディアは目を見張る。


「我が一族は、【均衡の守人】。 各々の世界とは、質と量の均衡によって保たれている。 その均衡が崩れれば、崩壊する。 その均衡を保つのが、我が一族」

 物語の中のような話をされて、リリアディアは更に混乱する。

「ああ、意味がわからない」


「例えば」

 ティルディスが、棚の上に置いてあるオブジェを持ってきた。

 銀で出来た秤のように見える。

 両側の皿にはそれぞれ、紅玉と青玉が乗っていて、釣り合いが取れている状態だ。


「今、これは釣り合っています。 これが、均衡が保たれている状態。 でも、こうすると…」

 ティルディスが、左手で秤の竿を押さえて釣り合いを取りながら、右の皿の紅玉を、左の皿の青玉のところに、何粒か移す。

 そうして、手を離すと、勢いよく左の皿が沈み、その勢いの余波を受けて、紅玉と青玉が零れた。

 白いテーブルクロスに、散らばる紅と青。


「均衡が崩れる。」


 リリアディアは、思わず身震いした。 それは、つまり。

 世界そのものの姿。


 ティルディスは零れた宝石をひょいひょいと拾って、右の皿に紅玉を、左の皿に青玉を戻していく。

「これを、元に戻して釣り合わせるのが、主の一族が担っている役割です」

「傾いた状態が、この国の創世の時の状態だ。 そして、後の初代皇帝と、私の祖先が勝利して、均衡は保たれた。 だが、同胞は、私の先祖に末代までの呪いをかける。 獣に堕ちてしまえ、と」


――獣に堕ちてしまえ

 その言葉で、リリアディアはヴァーミリオンの美獣な姿を思い出す。


「同胞も異界では公爵だったが、私の先祖も同じく公爵だった。 疲弊していようと、みすみす呪いにかかることはない。 反発していくらか捻じれたので、一日の半分は人獣型、半分は人型という不完全な形の呪いになった」

「その、同族の方は?」

「…王城にある鏡に、思念だけの形で封じられている。 肉体はもうない。 その監視も、我が一族は兼ねている」


「普段人間で満月を見ると狼になる狼男の話なら知ってるけど…。 さすがに逆は聞かないわね。 人目に付きすぎるもの。 ああ、だから呪いなのよね」

 狼男は、本性の獣の性質を闇に紛れさせて、普段は人に紛れることで生き延びたのだ。

 昼間は獣で夜に人型では、この世界では行動がだいぶ制限されてしまう。


 けれど、それにしては、己の祖先と己の身の上を語る口調がやけにあっさりしていた気がする。

 少なくとも、リリアディアは、そこに何らかの感情を読み取ることはできなかった。

「…あまり、悲観はしていない?」

「特に不自由は感じていない。 会話もできるし、魔力も使える。 人獣型だと、簡単なものだけだが」

「でも、貴方の同族の方は、その異界にいるのでしょう? 寂しくはないの?」

 問うと、彼は軽く目を見張って、笑んだ。


 笑うと、この美貌の青年は、余計に華やかで、艶やかで、甘い印象になるらしい。

 笑った顔がステキ、なんて言葉はよく聞くが、そのあまりのきらきらしさに、リリアディアは思わず顔を背けた。

「ああ、だめ。 綺麗すぎて目が眩んじゃう」

「この姿の主の顔を見て顔を背けるという方も珍しいですねぇ」

 見惚れて茫然自失にはなっても、拒否反応は示されたことがないのに、とティルディスが言う。


 まるで、リリアディアの反応が不当なもののように言われるから、リリアディアは拳を握って反論する。

「だって、普通に綺麗なものを見て、綺麗と感じられなくなったらどうしてくれるの? 生きてる楽しみ半減しちゃうじゃない!」

 もしもこのまま、この人間にはありえない美貌を見慣れてしまって、この美貌を美の基準として考えるようになってしまったら…、と想像すると、恐ろしい。

 リリアディアは恐らく、美のハードルを無意識のうちに高く設定し、ほとんどの美に感動できなくなってしまうのだろう。


「そういうものですか?」

「無駄に目が肥えてたり舌が肥えてたりするひとって人生損してると思う」

 それは、普通の人が、「美しい」「美味しい」と思うものを、「美しい」「美味しい」と思えないということだ。

 つまりは、感動や幸せの幅が狭まるということと等しいと、リリアディアは思っている。


「どうやら花嫁様は、些細なことに幸せを見出だしたいのですね?」

「そのほうが人生楽しめると思う」

 ハードルは、常に低く設定しておいた方が、人生は楽しめる。

 小賢しい考え方と思う人もいるだろう。 結局は、怖いだけなのかもしれない。 何事もそうだ。

 期待をしなければ、裏切られることもない。 失望もしない。


「リリアディアがここにいてくれれば、人型でいられる時間が長くなる」

 急に意識を引き戻されて、リリアディアはヴァーミリオンを見る。

「?」

 どういうことか、と疑問符を浮かべると、ティルディスが補足説明をしてくれた。


「【番】がいると、呪いも緩和されるんですよ」



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