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17.番のしるし

 ティルディスの美味しい夕食を堪能して、そろそろ自室に戻ろうか…と思っていると、ヴァーミリオンがぽつりと零した。


「…懲りないな」


「? 何が?」

 リリアディアがきょとんとしていると、ばんっと食堂の扉が開いた。

 リリアディアがぱっと振り返ると、両開きの扉の左右を押して開いた美女がいた。 金茶の髪に、マラカイトグリーンの瞳の、異階の女性。

 リリアディアが彼女に目を留めたように、彼女もリリアディアを見たようだった。


「あら、まだいたの」

 いましたとも。


 ヴァーミリオンの自称婚約者である美女には、リリアディアに対しあからさまな見下し感がある。

 ヴァーミリオンと言えば、美女を見もせずにため息交じりに零している。


「…そなたも懲りない」


 座るヴァーミリオンにつかつかと近づいた美女は、背もたれのところに肘を置いてもたれる。

「ひどいわよね、無許可で次元を渡ったことが知られて、七日間も拘束されたわ。 貴方の差し金?」

「…理解しているのなら聞かずともよいだろう」

 相も変わらず、ヴァーミリオンは美女を見ないし素っ気ない。

「そもそも、無許可の次元転移者を強制送還することも、我が一族の担う役割だ。 黄公爵の顔を立てて、紅女帝の耳に入れなかった。 それだけでも感謝されていいと思うのだが?」

 ヴァーミリオンがひたすらに冷静に告げれば、美女はむっとした表情になる。


 そして、なぜかそのむっがヴァーミリオンではなくリリアディアに向いた。

「ねぇ、この前もいたけれど、あの人間は何? 家人にでも雇ったの?」

「彼女は家人ではない」

 ヴァーミリオンは、即座にきっぱりと否定する。 が、その後ちら、とリリアディアを見た。

 言っていいものかどうか、とリリアディアを窺ったように見えた。


 ヴァーミリオンの返答に、美女は眉根を寄せて訝しげな表情をする。

「家人でないなら、なんなの? 無関係な人間が、どうしてここにいることを許すの?」

 ヴァーミリオンの婚約者を自称するこの美女は、どうしてもリリアディアを無関係の人間にしておきたいらしい。

 そっちがその気なら、こちらも相応の対応の仕方がある。


 リリアディアは、自分の中にそんな部分があったことにも驚く。

 他者を押しのけてでも、ほしいものがあるなんて。

 ほしい、という感覚とはまた違うかもしれないけれど、ヴァーミリオンが、自分以外の誰かを【番】にして、リリアディアを他人のように扱う場面など、想像もしたくなかった。

 大股でずんずんと美女に近寄れば、美女はリリアディアの行動に面食らったように、数歩後ずさる。


「な、なによ」

 たじろいだ美女の目の前に、ずいっと左手の甲をかざした。

 美女のマラカイトグリーンの瞳が、リリアディアの左手の甲に釘付けになり、見張られた。

 リリアディアは、はっきりと、告げる。


「無関係じゃありません。 わたし、ヴァーミリオンの【番】です」

 美女の目が、これでもかというくらいに見開かれる。

 ヴァーミリオンの表情はわからないけれど、後ろの方でティルディスは、

「花嫁様っ…!」

 と両手を組んで歓喜の声を上げている。


 がたり、とヴァーミリオンが席を立ったのもわかった。

 リリアディアの前に、ヴァーミリオンはすっと割って入って、右手を上げる。


「ということだ。 邪魔をするな。 異階へ戻れ」

「ちょっ…!」

 言いかけた音と共に、美女の姿が消える。

 また、ヴァーミリオンが異階に強制送還とやらをしたのだろう。


 とりあえず、一難去った、と思っていると、ぎ、とまた扉の開く音がした。

 リリアディアが振り返ると、黒髪に紅い瞳の端正な要望と雰囲気の青年がいた。

 その青年の目は、リリアディアを素通りしてヴァーミリオンを見つめている。


「主、お呼びでしょうか」

「貴方を呼んだのは主ではなく私ですよ」


 扉の入り口に立っていたティルディスが、青年に告げるも、青年はティルディスを無視してヴァーミリオンを見つめている。

 どうやら、異階の方のようだ、とリリアディアはあたりをつけた。


「…そういえば、異階への出入口ってどこにあるの?」

 リリアディアの問いに、ヴァーミリオンは目を瞬かせる。

「聞いていなかったのか? 玄関の鏡だ。 引きずり込まれる可能性もあるから、不用意に近づかないでくれ」

 うん。 最初に薔薇屋敷に足を踏み入れた時に、魔力の気が強いからと警戒したのは間違いではなかったようだ。

 けれど、そういうことは最初に言っておいてほしい。


 ヴァーミリオンはその場から動かぬままに、視線だけを青年に向けた。

「ご苦労。 紅女帝縁の者と聞いた。 紅女帝にこれを届けてくれ。 黄族内の異階への門を一時凍結するよう記した嘆願書だ。 無理な場合は、こちらの門を勝手に塞ぐと伝えてくれて構わない」

 ヴァーミリオンの手にはいつの間にか白い封筒があり、青年はヴァーミリオンに近づいてくる。

 そして、ヴァーミリオンの足元にそっと膝をつくと、恭しく白い封筒を受け取った。


「畏まりました」

 その、青年が膝をついたまま、視線をリリアディアに向けるから、リリアディアはどきりとする。

 青年は、ちらとリリアディアの左手の甲に目を留めると、これまた恭しい様子で礼を取った。

「お初にお目にかかります。 花嫁様。 主の隣に似つかわしく、麗しい方でいらっしゃる」


 ヴァーミリオンの隣に似つかわしく…なんて、嫌味でしかない!

 無理矢理にそんなこと言ってくれなくていいのに!

 気を遣わせてごめんなさい!!!


「あ、あの、畏まらなくていいし、麗しくなんかないし、そもそも人間相手にへりくだるのなんて苦痛だと思いますし…」

 リリアディアが申し訳なさのあまり、しどろもどろになりながら言葉を紡いでいると、目の前の青年は変な表情になった。

 読み取るのであれば、「このひと何を言っているのだろう…」だろうか。

 あ、やばい、変な人認定されたっぽい。


「どういった経緯でこういう発言をなさるんだ?」

 青年が、説明を求めてティルディスを振り返る。

 ティルディスは頷きながら、近づいてきた。

「黄一族の姫のせいですよ」

 ティルディスが言えば、青年はすぐに例の美女について思い当たったようだ。

 眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をして、立ち上がる。


「ああ…。 誰かの見目に対して何事か言える見目か? あれが? 花嫁様の方がよほど儚げで可憐で麗しい」

「見目の受容に関しては、恐らく主のせいですね。 主を毎日のように目にしていらっしゃるので、美的感覚が若干狂ってしまわれたようで」

 ティルディスは、困った困ったというように、目を伏せて緩く首を横に振っている。

 それに対し、青年も目を伏せてうんうんと頷いている。

「…それは仕様のないことか。 主は言葉では尽くせぬほどに美しい」

 どうやら、ティルディス同様この青年も、ヴァーミリオン至上主義のようだ。


 青年はくるりとヴァーミリオンに向き直ると、その紅の目をきらきらと輝かせる。

「主、婚儀の折には花嫁様と共に、是非に異階をご訪問ください。 配下一同、心より祝福いたしますので…是非!!!」

 あ、あれ? どこから婚儀という単語というか発想が出てきたのだろう。

 まだそこまでリリアディアの中では想像できないのだが。

 否定してくれないだろうか、とリリアディアがヴァーミリオンを見上げると、ヴァーミリオンも意外だ、という表情をしていた。


「…反対されるかと思ったが」

 それは、そうだろう。

 どうやら異階では相当な身分のお貴族様らしく、芸術のように美しいヴァーミリオンなのだ。

 馬の骨でしかない人間を【番】に…など、正気を疑われてしかるべきだ。


 というか、これがリリアディアの知っている世界なら正気を疑われている。

 王様の花嫁に庶民を、なんて、誰も認めない。


 けれど、青年は紅の目を細めて笑んでいる。

「主の望みは、我らが望み。 主が大切に想うものを大切に想い、主が守りたいものを守る。 我々の喜びは、主の喜びそのものです」

 青年は、「では、失礼します」と一礼すると、扉の向こうに消えていった。


 これから、玄関のところの鏡を通って、異階とやらに戻るのだろう。

 あの鏡には、絶対に近づかないようにしよう、と固く心に誓うリリアディアであった。




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