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15.狭まりつつある逃げ道

 地雷だったのだろうか。

 だらだらと内心で冷や汗を流すリリアディアは、謝るが勝ちだと瞬時に悟った。


「ごめんなさい、無神経で。 言いたくないことならもう聞かないから」

 逃げるなら今だ、ということも察したリリアディアは、ひょいとヴァーミリオンの膝の上から下りて、自分の椅子に腰かける。

 隣から、「リリアディア…」と残念そうな声が聞こえるが、無視だ無視。


 その様子に、だろうか。

 ぷっと噴き出すような音が聞こえて、リリアディアは顔を上げてティルディスを凝視してしまった。

 今のは、まさか、ティルディスだろうか?

 笑顔が通常装備のティルディスだが、噴き出す音は初めて聞いたかもしれない。 その表情を見逃したことが、惜しいとさえ思う。


 ティルディスは、優しい表情で笑んでいた。

「それに気づくなら無神経ではありませんよ。 貴女は本当に不思議な方だ」

 褒められているのか、貶されているのか微妙なコメントを、ティルディスがしている。


「当人が聞いて嬉しいと思うことを当人には言わないくせに、当人が訊かれて困るようなことを当人に訊くんですから」

「ごめんなさい」

 貶されているらしい、とリリアディアは判断し、謝罪するも、ティルディスは笑顔のままでゆったりと首を振った。


「謝る必要はありませんよ、褒めているんですから。 貴女は、愚かで、真っ当で、優しいひとだと」

「…貶されてる風にしか聞こえなかったのは、わたしの心が乏しいのかしら?」

「ティルディスは肝心なときに捻くれる」

 隣から、淡々としたヴァーミリオンの声がする。


 ヴァーミリオン曰く、ティルディスは捻くれているらしい。

 何となくわかる気がする…と思っていると、ティルディスが語り始めた。


「私はまた特殊なんです。 【番】は必要ありません。 分化していませんから」

「分化?」

 初めて聞く単語にリリアディアが目を瞬かせていると、ひとつ、ティルディスが頷いた。


「男でも女でもないということです。 異界では【異形】に分類されます」


 【異形】。

 その言葉に、リリアディアは目を見張る。


 重ねた。

 【化物】と言われた、自分を。


「事実です。 私には主のような攻撃魔法は使えません。 ただ、五感と身体能力は特出しています。 生命力も回復力も桁外れ。 さすがに頭や心臓は再生しませんが、それ以外の部位ならば再生可能です。 【異形】と呼ぶにふさわしいでしょう?」


 ティルディスの視線が、リリアディアに向いた。

 かと思えば、右手を左手の平に当てるようにする。 当てた、と思ったのだが、リリアディアはその右手が左手に埋められ、そこから剣の柄を握って出てくるのを見た。

 鋼の刀身かわずかのぞいたところで、ティルディスは鞘に納めるように剣を押し込んだ。


「…怖いですか?」


 怖いだろう、と。

 リリアディアを試すようにも、聞こえて。

 リリアディアはガタンと立ち上がって、ティルディスに近づいて、思い切り右手を振った。


 バシン、と乾いた音が、静かな食堂に響く。


「っ…?」

 ティルディスは、目を白黒とさせている。

 ティルディスの頬には赤みが差しているし、痛いはずだ。

 なぜなら、ティルディスの頬をたたいたリリアディアの手がじんじんと痛いのだから。

 だが、このくらいではリリアディアの気持ちは治まらない。

 自分でも、可愛くないとは思うが、言ってやらずには気が済まなかった。


「ヴァーミリオンも、ティルディスも、どうして自分を(おとし)めるような言い方を選ぶの。 自分で自分を傷つける必要ないじゃないの」

 感情のままに、リリアディアがまくしたてると、呆然とした表情でティルディスがリリアディアを見つめている。

 話をきちんと聞いているのか、とリリアディアは更にイラっとした。


「同情してほしいの? 畏怖してほしいの? 絶対しないから。 わたしはヴァーミリオンもティルディスも大切よ。 ティルディスを傷つけるなら、ティルディスだって許さないから!」

 言い切って、ふんっと胸を張ってやれば、まだまだ呆気にとられたティルディスが、リリアディアを見つめているところだった。


「…言っていることが滅茶苦茶だ」

 至極真っ当と思える意見が、隣のヴァーミリオンから飛ぶ。

 ヴァーミリオンの言っていることは、正しい。

 正しいのだが。


「わかってるわよ! ただ、腹が立ったんだもの」

 凶暴で粗暴な女だと、思うなら思うがいい。

 そして、別の可愛くて綺麗で美人で、ヴァーミリオンよりも乙女らしい乙女を【番】に選んでくれればいいのだ!


 言いながら、そんな思いでヴァーミリオンを振り返ったリリアディアは、目を見張る。

 ヴァーミリオンは、蕩けそうに甘い笑みを浮かべて、リリアディアを見つめていたのだ。


「だが、言いたいことはわかる。 そんなリリアディアが、私は好きだ」

 その、破壊力に、リリアディアは脳が湯だつのではないかと思った。


「ちょ、それは自然に言っちゃいけないことだから」

「どうして? 私の花嫁で、番なのに? 更に言うなら、ティルディスと私が同等に大切では困るのだが」

 何かがヴァーミリオンの気分を害したらしく、一瞬にしてその美しい(おもて)から表情が消える。

 何気に恥ずかしいことをさらっと言った自覚はあるのだろうか、ないのだろうか。


「わたし、貴方の照れるポイントと照れないポイントがいまいちわからない」

「…主は、本能に従っているときの方が照れません」

 どことなく、ぼんやりとした声音で、ティルディスがそのように言った。

 勢いに任せた方が照れないということだろうか。


 そこでようやく、ヴァーミリオンは、リリアディアの向こうのティルディスの様子を気に留めたらしかった。

「ティルディス、大丈夫か?」

 リリアディアも、振り返ってティルディスを見る。

 先ほどのリリアディアの平手がそんなにも効いたのだろうか。

 やりすぎただろうか、とどきどきしていると、急に表情を引き締めたティルディスが、

「主」

 とヴァーミリオンを呼んだ。


 リリアディアが瞬きをしている間にティルディスの姿が消えるものだから、どこに行ったのかと周囲を見回すと、ティルディスはヴァーミリオンの手を握って跪いていた。

 リリアディアが若干引いたのも、無理からぬことだと理解していただきたい。

 何が始まるのだ、と主従を見つめていると、ティルディスがきらきらっと表情を輝かせた。


「絶対に花嫁様を奥方様にしてください。 私はもう、花嫁様以外の方を主の奥方様と認めるのは無理そうです。 耐えられません。 ついでに言えば、主がほかの雌に産ませた子どもなんて可愛がれませんしお仕えできませんし主と認められません」

「は。」

 息継ぎする間も惜しいとばかりに矢継ぎ早に紡がれたティルディスの言葉。

 何がどうなってそうなった!?


「ごめんなさいどういうこと通訳して!」

 リリアディアが混乱のままに声を上げると、ヴァーミリオンはうむ、と顎に手を当てて考えるような表情になった。

「今までティルディスにとってリリアディアは、【お気に入り】で【主の望んだ番】で、できれば主の奥方になってくれたほうが都合がいいが、嫌なら仕方ないとリリアの意思を幾分酌んで逃げ道を用意しているようだったが…」


 一度言葉を切ったヴァーミリオンの、その先の言葉を聞きたいような、聞きたくないような…。

 ちら、とヴァーミリオンの顔が、リリアディアに向いた。


「ティルディスにとってのリリアディアが、【主と同等に敬うべき相手】になったようだ」


 ヴァーミリオンの表情は、神妙なのだが、リリアディアにはまだ、何が神妙な顔をしなければならないことなのだかわからない。

「違いがわからない」

 と言えば、ヴァーミリオンはまた、言葉を探すような表情になった。


「今までは、単に気に入っていたから、【主に付随して】敬っていた。 リリアディア本人を敬っていたわけではない。 私が認めたから、ティルディスも認めるという形式だった」

 ふむふむ。


「だが、(わたし)に付随せずとも、単体で、自主的に敬うべき相手、になったようだ。 それは私がどうこうとは一切関係ない」

 ここまできて、リリアディアはようやく、事の重大さを悟った。


「なんか深刻な話を聞いている気がするのは気のせい?」

「それはリリアディアの捉え方による」

 いっそ、「そうだ」と認めてもらった方がよかった。

 リリアディアは、ティルディスに敬われることを嬉しいことだとは思えない。 自分はそれに値するような人間ではない。


「ティルディスは、私が父の子だから、仕えてきた。 私個人を認めてくれたのもあるが、私が母の子であるという事情は加味されていない」

「それ以上聞きたくない気がする」

「聞いておいた方がいい。 さっきティルディスは、私とリリアディアの子でなければ、仕える気はないと明言した」

「以前言ってたのと百八十度違う!」

 確か、結婚しなくてもいいから、ヴァーミリオンに誰かいいひとを勧めて、そのひととの間に子を儲けるよう説得して…ということを言っていたのはティルディスではなかったのか。

 リリアディアはきっちりしっかり覚えているぞ! との思いで言ったのだが、ヴァーミリオンは味方を得たとばかりに上機嫌だ。


「諦めろ。 ティルディスをその気にさせたのが悪い」

 しかも、なぜかリリアディアが悪いということにされてて、リリアディアは愕然とする。

「そして、私の花嫁になってしまうのが、最良だ」

 うっとりと夢見るかのような表情で語るヴァーミリオンの足元に跪くティルディスも、笑顔でこっくりと頷いた。

「その通りです」


 逃げ道が塞がれた気がするのは、気のせいだろうか。




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