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眠っているときに、ああこれは夢だな、と自覚しながらも醒めることなく見続ける夢がある。
ぼくが見ているのもそんな夢だ。
まだスクールに入る前、九州を命からがら逃げ回っていたぼくがそのまま月夜野屠月の庇護下にあった時代。
思春期のもっとも多感な時期にぼくが彼から学んだことは、やたらパセティックな読書経験は別として、戦闘技術はもちろんのこと、なにより大切なことは、人間は分かり合えるだの、人間は素晴らしいだのの綺麗事やヒューマニズムでは決して飼い馴らすことのできない、獰猛な哲学が世界には確かに存在するということだった。
彼は何の落ち度もない人間を死なせるような非道こそ働かなかったが、逆にいえばそれだけだ。
ほんの少し寛容になればいくらでも赦すことのできる敵を、彼が生かしておいたことはなかった。跪いて命乞いする相手に向かって(この命乞いスタイルは異世界共通らしい)、なぜ死なねばならないかを訥々と、それこそ納得するまで(納得した者はいなかったが)言い聞かせてから斬るような男だった。
当時まだ血に慣れたばかりの小僧のぼくが尋ねると、いつもぼさぼさ頭で眠そうだった屠月が珍しく真面目に答えてくれた。
「じゃあ、太陽が東から昇って西に沈まなかったらどうする? 水が山から海に流れなかったら? 動物、植物が子孫を繋げていかなかったら? それと同じだな、ようは営みだよ、営み。世界が確たる理由もなく、しかし不変の秩序で営み続いているように、だ。だから奴らも俺に殺されなければならない」
天才のロジックは凡人には理解不能というが、まさにこれだろう。
数少ない彼の真面目が発揮されはしたものの、どこをどう解釈すれば命乞いする相手を斬り斃すのと太陽の運行を同じレベルで考えられるのか。
「でも、トゲツも殺しただろ?」
あやふやな霧が晴れたように、妙な輪郭をもって夢のなかの屠月がぼくに語りかける。
小僧だったはずのぼくは、いつの間にかエグゾスーツを装着していた。
「ぼくらの世界を護るためだ」
夢のなかでは思考もままならず、咄嗟に答えると屠月がグルグルと獣が唸るように嗤う。
「そんなのが理由になるなら、俺なんかはとっくに大英雄だな」
「実際、英雄じゃないか」
「阿呆面した他人に褒められる人生が幸せだとでも?」
「ぼくは屠月に褒められて嬉しかったけど?」
また、屠月が笑う。今度はあっけらかんと口を開けている。
「はははっ、そうだな、俺もお前が業を覚えるのを見るのは嬉しかったよ」
急に周りが白い光に包まれ始める。この世界の終り、つまりぼくが起床しようとしているのだろう。
「またな、トゲツ。コルドバで待っているぞ」
夢のなかとはいえ、よくもそんなクサい台詞で締められたものだとぼくは苦笑した。