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(全員、いったん止まれ)
室井隊長から指示が飛ぶ。
距離はまだかなり開いてはいるが、索敵のみに絞った結界など張られていればそろそろ気付かれる距離だ。それに爆撃に巻き込まれる危険もある。
(MD2をリンク。ヘロンからの空爆の後、合図を待って突撃する。MPU3は通常弾の使用のみ。あとは喰太刀による近接戦だ)
スーツの背中に組み込まれたユニットから左肩越しに銃身が伸びて設置される。
MPU3(マルチ・パーパス・ユニット)。銃弾にはナノマテリアル技術が採用されているため換装する必要がなく、リンクさせたMD2からの指示で場面に応じて通常弾、炸裂弾、散弾、擲弾だけに止まらず、ナノマテリアルを純粋なエネルギーに還元することで火炎放射からレールガンまで撃てる。
さらにユニットから右肩に伸びてきた黒い板きれのようなものの取っ手を掴む。持っている実感がないほどに羽根のように軽く、プラスチックのようにぐにゃりと撓りもするが、これにもナノマテリアル技術が応用されており、使い手の指示ひとつで刀身の縁が超速で振動し、対象を切断するというよりは、接触部分から分子レベルで結合を分解していく。
ナノブレード、と合衆国では読んでいるが、ぼくら侍の国では風情のある喰太刀のほうで呼んでいる。
(リンク完了しました)
七苑さんの声とともに、ぼくが見ている視界とは別の視野が脳内にダイレクトな情報となって展開される。
周辺の気温、風向き、湿度、ヘロンから送られてくる俯瞰図、各隊員の展開場所、そこに室井隊長の作戦シミュレーションがマッピングされていく。
二〇人全員が、個人の主観によるささいな解釈のズレさえも完全に排除した共通認識を形成したところで、隊長から最後の指示が飛ぶ。
(フラット化を始めろ)
フラット化、MD2が本来の用途、つまりはマインド・デザイン・デバイス、超高ストレス下における円滑な環境適応解釈を始める。
つまりは、面と向かって殺し合いをしなければならない戦争状況において、倫理・道徳・罪悪感・恐怖・憎しみといった心理的な起伏のハードルを下げる、フラットにすることで理性と計算による冷静な戦争行動が可能となり、銃後におけるPTSDなどの心理的障碍も防ぐことができるのだ。
数少ない班長権限として、ぼくはメンバーたちの適応偏差をフェイスプレートのウィンドウに浮かび上がらせて参照する。
レンマ、七苑さん、明希ちゃんともフラット50。
これよりも低くなるほど心理的ストレスへの耐性が下がり、退職後の社会復帰が困難となる傾向にある。
ちなみに上になると、今度は躁状態、いわばトランス的な状況に陥り、戦闘能力は上昇するものの必要以上の残虐行為に走る傾向があり、また、脳が興奮物質に味をしめて日常的に戦闘状態を求めるようになる。
この場合は社会復帰が困難ばかりでなく、倫理的にも外聞が悪い。
そうこうしているうちに、鋭敏化された視覚と聴覚が夜の平原にパッと立ち昇るオレンジの火柱と数秒遅れて到達した轟音を拾う。
最初の空爆は集団の中心から僅かに逸れたらしい。
エグゾシステムにより視覚系統のナノマシンをさらに活性化させると、遠目から彼らの状況が確認できた。
直撃を受けたものは肉片ひとつ残さないまま消滅しているので確認しようもないが、爆心地の周辺にはもはや持ち主も分からなくなった部品が散乱している。しかし、さらにその周辺、生身の人間ならば熱風に焼かれているはずの距離にいた者はダメージこそ受けているが戦闘不能というわけではない。
相手は魔術師、ある程度の攻撃は結界のようなものが周囲を護っているのだろう。
煌々と立ち昇る火柱に炙られながら、異世界の魔術師たちはまだ状況を把握できずに右往左往している。
さらに、二本目の火柱が立ち昇る。
今度はより中央部に着弾できたようだ。異世界の魔術師たちはぼくたちの世界の戦争の、軍事産業の最新トレンドの火柱に焼かれ、肉片に分断される。
それでも結界とやらのお蔭か、直撃またはその至近距離にいたもの以外はまだ相当残っている。
三本目の火柱、が立ち昇ることはなかった。
彼らの頭上の空中に薄青色の紋様が描かれた膜のようなものが拡がり、それが巨大な傘の役割をして爆撃を遮ったのだ。
誰か気の利く奴がいて、攻撃が空から来ていると気付いたのか。
空爆がこんなに早く悟られるとは以外だったが、それでも、ぼくたちは既に展開が終了していた。
彼らの祭壇を半円状に囲むように前衛が一〇人、後衛の五人はMD2のリンクを中継しなければならないので戦闘には参加せず、その中間で前衛のサポートと後衛の守護で五人。
この場合、ぼくとレンマが前衛、七苑さんは後衛、明希ちゃんがサポートといった役回りだ。
(空爆は終了、突撃だ)
うううぅおおおおぉぉぉぉぉ――――ッ!
などと、戦争映画や漫画のようにぼくらは絶叫したりはしない。
恐怖を打ち消すためにしろ、闘争心を掻き立てるためにしろ、それらに必要なアドレナリンはMD2がすべて調整してくれている。
ぼくはただ黙って、MPの標準を彼らの内の一人の頭に定めて(このエイムにしても、MD2の射撃サポートが半ば自動で設定してくれるのだが)、そして「発射」と意思を確定させるだけでいい。
彼らの身を守る結界がどれほどのものかは分からないが、過去の経験から、時速三千キロ超で発射される運動量をもった銃弾を、咄嗟に防ぐことのできた魔術師は数えるほどしかいない。
注意が上に向いていた彼らは直ぐには気付かなかっただろう、一五人の同胞が一斉に後頭部から血の花を咲かせながら崩れ落ちたことを。
さらに距離を詰めたぼくら前衛が祭壇に踏み入り、太刀を閃かせ一〇人の首が人形のように取れる。
ここにきて、相手も正体不明の敵が懐に攻めてきていることに気付いた。
あとは乱戦するしかない。
環境迷彩もここまでの激しい動きでは周囲を完全にトレースすることはできず、回線の乱れたデジタル画像のようなモザイク模様をぼくらのスーツの表面に映している。
とはいえ、リンクされたぼくらに乱戦で同士討ちするような不手際はない。
後衛がリアルタイムで演算した戦闘チャートをMD2に更新していくことで、MPが射線上から味方を外し、かつ、死角を補い、太刀筋の邪魔にもならないようオートで標準を合わせ、ぼくたちはチャンバラだけに集中できる。
どこぞの異世界のどこぞの名門の騎士かは知る由もないが、喰太刀に剣を合わせようとしてもナノマシンによる超振動を止めることはできず、剣、そして甲冑ごと蕩けたバターのような滑らかさで斬り伏せられていく。
魔術の詠唱だろうか、紋を空中に展開させるも、それが何か発動する前にMPがそいつの口ごと頭半分を吹き飛ばす。
彼らの悲鳴もそこそこに、時間にして2分かかったかどうか、あたりは静寂が支配し、立っている者は見当たらなくなった。戦闘行為を終了したスーツが環境迷彩のトレースを再開し、傍から見れば草原に死体だけが散乱しているように見えるだろう。
三分そこらで二〇〇人を殺戮して言うのも妙だが、ぼくらは決して特別なわけではない。
もちろん特殊部隊、という肩書こそあり、協会内でもエリート部隊として優遇を受けてはいるが、あくまでぼくらは公表されている半民半官の組織で、公益の観点から知る権利には業務上の機密を除くという留保つきではあるが情報公開の義務もある。
ぼくやレンマみたいに過去のある人間も少なくないが、一般家庭の出身も多く、人様よりも少しばかり気が利いていたり運動ができる素養に恵まれていただけだ。
エグゾシステム,MPU3、ナノマテリアル技術、MD2、その他もろもろの最先端の科学技術がぼくらの世界の戦争のハードルを大きく下げてしまったのだ。
神掛かった剣術やタフなガンファイト、過酷と残酷を克服する大いなる精神と肉体、ひと昔前なら英雄譚のなかの憧れだったものが、全てとは言わないまでもそのほとんどが、いまや科学技術でパッケージ化されて前線に配備されている。
異文化間の憎悪やイデオロギーの相違というよりも、綿密に計算された事業計画書に則って戦争という事務処理をしている気分だ。
(被害状況を報告しろ)
隊長の通信でぼくも班員の状況を確認する。
後衛と中衛、前衛のぼくとレンマも身体的損傷は皆無だが、適応偏差のブレが大きかった。
女子二人は四〇下回っているし、レンマは逆に六〇を超えている。
いくらMD2でケアされているとはいえ、目の前で人が千切れたり撃たれたりして平静を保ち続けることは難しい。MD2がなければPTSDを発症する虞もあるが、逆に考えれば、MD2がなければ三人はあくまで平均的な精神活動の持ち主ということでもある。
今回のような人間狩り(マンハント)は滅多にないとはいえ、三人はしばらく休暇をとらされるだろう。
(よし、全員無事だな)
そうすると、いままで何もなかった空間から人影が滲むように浮かんできた。
隊長が環境迷彩を解除したのだ。
それを合図に、次々と空間から人影が滲み出てくる。戦闘が終わってスーツを活性化させておく必要もなくなったからだ。
ぼくも迷彩を解除して、フェイスプレートを外す。
肌で直接感じる異世界の夜風もぼくらの世界と変わりなく、血と炎でむせ返るような臭いに混じって、夜露に濡れた草原の青い香りを吸い込む。
「トゲツ、無事だったんだね」
装備を解除したレンマが駆け寄ってきた。
ぼくと同じ歳の同期のはずなのに、声もそうなら顔立ちも中性的で(もちろん美形でもある)、訓練によって作戦遂行に必要なフィジカルは備わっていながら身体つきは華奢なままだ。興奮のせいか肩で息をして顔が上気している。
「ま、お互い無事でなによりだ」
ぼくがそう応えるとレンマもがほっとしたように笑う。
少年のまま成長を止めてしまったような彼は女性からの人気が高い反面、薄気味悪いと揶揄されることもある。
確かに、童顔というだけならまだしも、レンマの見た目の変わらなさは、どこか時間に置き去りにされたような喪失感を抱くからだろう。
ふと視線を外すと、累々たる死骸のなかにもぼくらより年若の、青年に入りたての顔もちらほらと見かける。顔が綺麗ということは、MPではなく喰太刀で斬られたものだ。
彼らもまた歳をとることがなくなったわけだ。
ぼくらは生き続ける。彼らは死んだ。
罪悪感も嫌悪感もなく、ただの事実がそこにはあるだけだった。
隊長の点呼の声をどこか遠いものに聞きながら、ぼくは彼らのもう何も映すことのないがらんどうの死に濁った瞳を見つめ続けていた。