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ノーマンズ・ランド  作者: 守山デッカード
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 夜空を見上げて思い出すのは父親のことだ。

 それも、まだ小さなぼくが膝に抱かれながら星を一緒に見上げていた頃の記憶。


 ほら、あれがオリオン座で、あれがこいぬ座、そしておおいぬ座は…


 実のところ当時も今も、気がフれるほどに離れた大宇宙の光点の羅列にロマンもイマジネーションも刺激されはしないが、そのときのぼくは、自分の好きなものをぼくにも好きになってもらいたくて、一生懸命に語っていた父親を悲しませまいと無理して星座の名前を覚えたりもした。

 ぼくらの世界とは別の世界があることは幼いながらもニュースでは知っていたが、それでもぼくにとっては、まだ宇宙も星空も世界も一つだった時代の話だ。


 異世界衝突のなかでも観測史上最大の大神災のドタバタで、生きている内に両親と会えることはもうないだろう。

 ぼくは神災孤児となりしばらくの間は人間以上、化物未満の戦鬼と放浪したあと養子になり、本家には居づらくなって、自立した衣食住と教育を求めてスクールになんとか滑り込み、ほどほどの青春を満喫し、記録の上ではほどほどの成績で修了、そのままエスカレーター式に環太平洋安全保障協会に就職した。


 そして現在、侵攻の兆候を察知した協会から事前制圧のために派遣された異世界で見上げる星空は、ぼくにとってなんの愛着も哀愁も抱かせるものではない。


 目視にて千メートル以上先の盆地状の草原の中央、祭壇じみた巨石列に優雅と畏敬を体現したかのような騎士装束を身に纏った一団がいる。

 幸いなことに時刻は夜、月はどちらもでておらず(この世界には月にも雌雄がある)、星も雲に陰り、絶え間なく草原をそよがせている風は僕らの行軍を誤魔化してくれていた。

 体内ナノマシンによるエグゾシステムにより強化された視覚は数百メートル先も手元のように拡大してくれることはもちろん、墨のような夜でも視界を真昼のようにクリアにし、頭の髪から足の爪まで身体をぴったりと包み込むエグゾスーツは周りの景色を識別しながらリアルタイムで環境迷彩を実行している。


 それにしても数が多い。


 あちらはまだ気付いてはいないようだが、ぼく達は四人一班が五班で合計二〇人、不意を衝くにしても全部は無理だ。

(全部で二〇〇人います)

 ぼくの考えを察したかのようなタイミングで、七苑さんの戦場には場違いな優しげな声がMD2(マインド・デザイン・デバイス)を介して頭の内に囁かれ、巨石列の祭壇周辺の地上データが眼前にぼくにしか視認できない立体ホロとし転送される。

 そういえば今回の作戦はヘロン7型が投入されている。異世界なので衛星とリンクすることは無理でも、高高度無人爆撃機からMD2に送られる地上のデータはこの規模の作戦では十分なぐらいだ。

 数百メートル先の祭壇を目視しつつ、視界の端ではTVのワイプ画像のようにヘロンから送られてくる俯瞰データを並行して分析する。

 貴族と思しき煌びやかな赤や青の原色、金糸を施した刺繍は魔術の属性を体現するものらしく、そうだとすればぼく達はいまから二〇〇人の魔術師を相手にしなければならなくなる。


(ちょっと、班長、どうするの?)

 気の強そうな声は明希ちゃんからだ。

「関係ないよ、結局は皆殺し、でしょ?」

 MD2ではなく肉声で、とっくの昔に声変りは済んでいるはずなのに女子と間違えそうなレンマの声が聞こえてきた。

(レンマ、作戦中の伝達はMD2を介せ)

 あちらのエグゾスーツも環境迷彩を起動しているので、視線を向けても草原と夜の暗闇があるだけだ。

 それでも環境迷彩のフェイスプレート越しに、レンマがばつの悪そうにはにかんだ気配がした。


 それで、班員からの相談だが、ぼくはしょせん班長にすぎず決定権があるわけではない。ぼくもまたMD2を介してこの二〇人を束ねる親玉、室井隊長に相談する。


(数、多いですね)

(こちらが二〇、あちらが二〇〇、一人一〇殺はさすがに厳しいか?)

(うまいことヘロンを使うしかないのでは?)

(ヘロンだけで全部は無理だろう、あとは突撃のタイミングだな)


 もっとも予想通りで、もっとも無難な案に落ち着いたところで、いよいよ祭壇の集団の気勢が聞こえてきた。

 曰く、諸君これは神に見捨てられた蛮族と世界を聖別する聖戦であると

 曰く、我々が先駆者なって子孫を残すことで世界に新たな祝福がもたらされると

 曰く、この聖戦により世界が統一されれば、より完全な世界の歴史の最初の偉人となる

 …等々


 早い話が、神の名のもとに侵略した世界で女子供を犯しながら散々好き勝手やった後に、その世界で王になる、と。

 いかにも食い詰めものの貴族の二男三男坊が飛びつきそうな暴論だ。


 でも正直な話、ぼくは彼らの話を聞いて安心したりもした。


 これから闘う相手が、ぼくの倫理道徳思想信条に基づいて殺したとしても、まったくの後悔も罪悪感も抱く必要が無い相手だと分かったからだ。


 それに、彼らの闘う理由がいかにも幼稚だったことで拍子抜けしたこともある。


 神の名のもとに侵したり奪ったり殺したり犯したりするのは、ぼくらの世界では既に数世紀も前の流行にすぎない。いまでは戦争を吹っ掛けるにしても、もう少し気の利いたモチベーションがなければ有権者たちも納得してくれないだろう。

 彼らの歴史がどんな戦争と殺戮を紡いできたかは知りようもないが、こと戦争に関しては他のどの異世界よりも、ぼくらの世界のほうが洗練されているといえるだろう。


(僕は好きだな、どういう風に殺しても苦情が来なさそうなこいつらみたいな敵)

 まさかぼくの考えていることが分かった訳ではないだろうが、レンマが今度はMD2を介して囁いてきた。


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