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短編

『季節は廻る』

作者: 井坂 鮎
掲載日:2015/05/17

『山桜』というテーマで書きました。

途中、山桜の知識なしに説明している部分がありますのでご了承ください

「あ~あ、やっぱり散っちゃってたか」





俺は、すっかりと丸裸となった巨木を見ながら残念そうに呟いた。三月ごろに景色を鮮やかに彩っていた薄紅色の花弁は、


いまでは足元の水溜りをその色に染め上げている。昨日、初の台風が日本列島を直撃したため、気になって見に来た結果がこの様だ。





足が速く、短時間とはいえあの暴風と大雨だ。散ってしまうのも無理はなかった。むしろ、散らない方がおかしい気がするのだが、


こうなってしまうとなかなか寂しいものがある。季節の変わり目は突然だ、と物思いにふけっていると不意に風が吹いた。


役目を終えた大量の蕾が、花の代わりにと言わんばかりに地面と俺を叩きつける。





「痛たたっ.....。うーん、もう五月だから仕方ないのかな」





口ではそういいつつも、心の中では桜をまだ見ていたい気持ちが強まっていく。何処かで見れるところはないだろうか。


近くのベンチに腰掛け、いまだ桜が見ることのできる条件を思案する。


まず思い付いたのは、台風の被害から逃れたものだ。しかし、天気予報の台風の動きを見る限り、被害にあっていない場所はないだろう。





もし残っていたとしても、この過ぎ去った後の強風では満開の桜を見ることはできない。どうせ見るのなら、満開の桜を見た方が満足できるはずだ。


次に考えたのは、遅咲きの桜だ。植物には詳しくはないが、他とは違う時に咲く花がありそうなものではある。野菜のように一年見れるようにしている企画も


ありそうだ。春はもちろん、夏や冬はともかく秋に見る桜は場違い感が半端なさそうだが、この際そういうのは考えないようにしよう。


瞑っていた瞳を開け、組んでいた腕をほどく。鼻を動かすと、かすかに雨の匂いがした。空は雲ひとつない晴天だ。


雨が降る前に帰ろうか。俺は一度背伸びをすると、家路に着いた。





-----





家に帰り、部屋の前のプレートを入室中に変え、部屋に入ると早速パソコンを起動させた。


五月を過ぎても、見れる桜を調べるためだ。


荒ぶるゴミ箱の点滅が大人しくなるまでに、上着をハンガーにかけクローゼットのなかにしまう。


時間は朝10時。幸い今日は土曜日だ。近ければ、今日中にいけるし、遠いのなら日曜日の朝に出発すれば見ることができる。


無論、自分には最もやらないといけないものがあるのだが。


気になったらとことんまでやる性格のせいか、重要なことを回しがちになるのは俺の悪い癖だ。直す気はない。


ぎぃっと軋む回転椅子に座り、軽やかにキーボードを打つ。検索ワードは簡単だ。





『夏 桜 見』





このように最低限打っとけば、大体は出てくる。ネットの便利さに改めて感心しながら、エンターをわざと音を立てて、押した。


白い画面に切り貼りされた紙を上から繋げていくように検索ページが構築されていく。


最初に出てきたのは、『夏桜の開発について』という文字だった。やはり開発の企画があるらしい。嬉々として、その文字をクリックすると


かき氷の画像が出てきた。なぜ季節をそんなに先取りしたがるのか。俺にはさっぱり分からない。


元の検索ページに戻り、スクロールをしていく。桜についての記述は見当たらず、そのかき氷のことでページが埋まっていた。


やはり、夏まで咲いている桜はないのだろうか。肩を落とし、パソコンを閉じようとするとひとつの文字が見えた。





「『山桜』?」





気になってそのサイトを見てみると、とても興味深いことが書いてあった。森林限界――つまり、森林の生えるギリギリのラインに植えた桜の木は


開花が遅く、夏まで咲き、ゆっくりと散っていく、と。暖かくなると急に咲き、急に散っていく普段見ている桜とは正反対の性質をしているというのだ。


原因は、その標高ゆえの気温とそれに適した桜の構造が氷結を防ぐために水を吸うのが極端に遅いのが理由らしい。


俺は歓喜した。まだ春は終わっていないのだと。夏はまだ先なのだと。


そのサイトには親切なことに主な山桜の生息地が地図として表してあった。決して近くではないが、遠いわけでもない。そんな山に山桜が集結していた。





「これは行くしかないな」





時計をチラッと見ると30分ほどが経過していた。電車で1時間ほど揺すられれば、行けるような距離だ。日帰りは可能だろう。


俺はそう思い、リュックサックに家の鍵と地図用のスマホを投げるようにぶち込み、上着を羽織る。後は、パソコンからこのサイトのURLをスマホに送れば


完璧だ。立ったままパソコンを操作すること3分、準備が終わった俺は電源を落とし、玄関のドアノブに手をかけた。





「いってきまぁーっす!!」





さっきまで晴れだった空は一転、不気味な黒い雲に覆われてるが、それと違って俺の心には晴れ空が広がっていた。





--------





緑々しい木の若葉が風で揺すられ、晴れ間と影との入れ替わりが激しい山道。


足元には、ひび割れたコンクリートから得体の知れない植物が生え、枯れ葉、それに加えて外から飛んできたのだろうか、桜の花びらが少量落ちていた。


先の見えない急な坂や、頻繁なカーブの道を歩く。額から頬へと雫が伝い、ぽたり、と地面を濡らす。


五月なのにこんなに暑いと感じるのは、台風の後だからなのか。それとも、季節が変わるからなのだろうか。


何度か見る黄色を基調とした黒の看板が変わり、山頂への距離が書かれた看板が現れた。結構歩いた気がするのに、後1kmほどあるらしい。


しかし、後どのくらいか分からないで歩くよりは、気が楽にはなる。看板に感謝しつつも、俺は坂道を大股で登っていく。





「や、やっと着いた......」





走ったわけでもないのに乱れる息と服装を整えながら、タオルで豪快に汗を拭き、持参したボトルを呷る。


落ち着いたのか、ふと無我夢中で働いていなかった意識がはっきりとしてくる。それとともに不思議な事に気付いた。


桜の香りはかすかに感じるのに、辺りを見渡しても変哲もない木がざわざわと揺れているだけで、桜のさの字さえ見つからない。


円状にひらけた整備された山頂をぐるり、と回ってみる。





「やっぱりない.......」





やはり夏に桜などないのだろうか。何度も考えた疑問を頭の中で回していると、リュックサックからスマホの着信音がなった。


.......スマホのことをすっかり忘れていた。これでは地図として持ってきた意味がないではないか。


着信元を無視し、メールから送られてきたURLに飛ぶ。地図を見ると、麓の外れた場所――とはいっても、別ルートの登山ルートの近くに


その表示がしてあった。





「この坂をまた下りるのか.......」





うへぇ、といった感じでため息をつく。無意識に苦笑いもしているだろう。でもこんなに苦労してここまで来たのだから、何かをしておきたい。


そういえば、と、回っていた時にもう少し上に行く階段があったことを思い出した。


恐らく、山頂と同じく開けた場所で、望遠鏡などが置いてあるのだろう。そう思いながら階段を上っていくと案の定、10円で動く茶色くさびた望遠鏡がぽつんと


あった。柵のある方へと行くと、近くの市の全体図が大まかに確認できた。


下を見ると緑の森林の中に群集して集まった鈍い色をした桜が見受けられた。場所を確認し、山頂に戻ろうとすると小さな雫が手の甲に落ちた。


昨日の雨が露になって、飛んできたと思うと、ポタポタッとまた小さな雫が地面を一部黒く染めた。それを起爆剤にしたかのように、その間を埋めるように


雫が大きくなり、大地を穿ち始めた。


なぜだか分からないが、早く桜の方に行かなくては、という強い衝動に駆られ、登った坂道を転ばない程度に走って下山した。





------





桜が広がっていた。空の雲に溶け込むような桜が視界一杯に広がる。雫が落ちる音が音楽を奏でるように聞こえ、時たま鳴る雷がそれを盛り上げる。


絵のような、夢のような錯覚が起きてしまうほど、そこは完成されていた。何が欠けてもこれは駄作と、みなされてしまうだろう。


それと同時に春はまだ続いているのだ、と強く伝わってきた。それと同時に、これがなくなってしまったら、春の終わりが来ることも告げていた。


まるで、自分たちが春の象徴のようだ。


しばらく、俺は立ち尽くしていた。絶景というのはこのことを言うのだろう。凄いなんて軽い言葉は口から出てこなかった。


心臓の音さえ聞こえなり、息もするのも忘れるくらいその世界に引き込まれる。感覚がすべてそれに向く。





しばらく経って。感覚が戻って来た時には、それは終わっていた。突風が吹き荒れ、満開の桜が次から次へと散っていき、黒い空は七色の線を乗せ、青空に


変わり始めていた。そして、残ったのは今日の朝見た桜と同じものだった。





「あぁ、春はもう終わってしまったんだな」





季節は変わり行く。望んでいても望んでいなくても。瞬く間に夏が過ぎ、秋が来るだろう、そう思えば冬、そしてまた春が来る。


だんだんと俺の体が湿気を帯びた気体になっていくのを感じた。俺は今年もセミを鳴かせ、人々に汗をかくほどの日差しを当てるだろう。でもこれだけは知っておいて欲しい。季節は廻る。


こうして俺の春は終わり、俺は夏になった。

しかし、この役目ももう終わりかもしれない。

だって、ツクツクホーシが鳴き始めたから。

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