偶然、隣
十月の下旬の文化祭について、我が美苑大学付属高等部の文化祭実行委員は集まり、委員会を行うことになっていた。
会議室のテーブルの指定座席に座ろうとすると、既に隣に座っていた男子が、ぺこりと頭を下げてきた。
「初めまして。一年E組の委員の北沢裕紀です」
そうか、席の関係上、隣は一年の子になるのか。一学年は五クラス。A組からE組までだ。
「初めまして、私は二年A組の北島夕奈。……あれ、何だか名前ちょっと似ているね」
キタザワユウキとキタジマユウナ。キタとユウが同じ響きだ。
「あ、本当ですね。面白い偶然ですね。北島先輩、よろしくお願いします」
くすっと笑った人懐っこい顔。名前が似ているせいもあるのか、北沢君に親近感を抱いた。私も微笑む。
「こちらこそよろしくね。私、去年も実行委員やっていたから、わからないこととかあったら、相談に乗るよ」
「え! それは助かります。俺、高等部からの外部生なんで、わからないことだらけなんですよ」
ここの学校は初等部からの内部生も多い。外部生で一年生ならば、普通は実行委員に選ばれないだろう。私の疑問の表情を読み取ったのか、彼は続けた。
「実行委員、押し付けられちゃったんですよ。推薦されて……」
「……成程ね」
結構面倒な仕事だ。やりたがる人は少ない。北沢くんはきっとお人好し。……私みたいに。
「実は私も。去年もやっていたからって。頼まれると断れないんだよね」
「あ~。すっごいわかります。俺もそうなんですよね」
ますます彼に親近感を抱いた。
♦ ♦ ♦
文化祭実行委員の仕事。
クラスでの出し物を決めて委員会で報告したり、予算の管理、進行、トラブルの処理など。生徒会とクラス間の調整が意外と大変だ。出し物によって、予算が少なかったりすると揉めたり。不安そうな北沢くんとメアド交換をした。
『俺のクラス、出し物が決まらないんですよね……』
『ああ、あるある。多数決にすれば?』
『それが、一個も案がないんですよ……』
北沢くんとの相談メールのやり取り。案が一個も出ないのか……それは困るだろう。ここは一発、文化祭実行委員が強引にでも決めないと。
『北沢くんがやりたいことにすればいいんだよ。委員を押し付けられたんだから、好きなことやったっていいじゃん』
しばらくしてから、メールが届いた。
『北島先輩のおかげで決まりました! 展示です』
『良かったね、おめでとう! 何の展示?』
『俺の好みで、日露戦争の展示です』
うわあ、一年E組その案で了承したのか! しかも北沢くんの好みがそれって! メールを読んで大笑いしてしまった。
『北沢くん、私好み被っているよ。歴史好き』
♦ ♦ ♦
委員会でそれぞれのクラスの出し物を発表する。一年A組からだ。一年A組の委員は何故か困惑した顔で言った。
「あの……。うちのクラスは執事喫茶希望です」
執事喫茶ねえ。女性客狙い? 別に同じ希望のクラスがなければいいんじゃないかな。喫茶店は競争率高そう……。
そう呑気に考えていたら、続けられた言葉に仰天した。
「あと……。こんなこと言う場じゃないのはわかっているんですけど。うちのクラスの瀬戸征士が、来年のバレンタインチョコを誰からももらわないって高等部皆に言っておいてくれって……。本命の大学の虹川先輩からしかいらないって。ホント何だかすみません……」
一年A組の委員は深々と頭を下げた。私だけでなく、その場にいた高等部の実行委員全員が呆気にとられていた。
「一年A組の瀬戸征士っていったら、確かイケメンで有名な……」
「毎年すごい数のチョコレートもらっているって噂の……」
「でも、婚約者がいるとかいないとか」
一気に場は騒然となった。北沢くんと顔を見合わせる。
「私、瀬戸くんって見たことあるよ……。本当にイケメンだった。でもこんな突飛なこと言う人なんだね……」
「俺も女子に纏わりつかれているの、見たことあります。でもそうか……。本命からしかいらないって、相当一途な奴なんでしょうね」
「うん、そうだね……」
何となく見つめ合ったまま、黙り込んだ。
イケメン瀬戸くんを思い出す。私の好みじゃなかったけど、美形だった。……うん? 美形?
「北沢くんは……」
「はい?」
「あ、ううん。何でもない」
口に出しかけてしまった言葉は飲み込んだ。
見つめたままの北沢くんの顔。結構カワイイ。美形とは少し違うかもしれないけれど、整った顔だ。……私好みかも、なんてね。
「何ですか、そんなに見て」
「別に、気にしないで~」
似た名前。お互いにお人好し。素直に私を頼ってくる。同じような興味対象。好みのカワイイ顔。
北沢くんは、気になる下級生という立場になった。
一年A組の執事喫茶の希望は通り、当たり前だが一年E組の展示発表はどこのクラスとも重ならなかった。
♦ ♦ ♦
私は去年もやった慣れがあるせいか、実行委員の仕事をただ淡々とこなした。
北沢くんはそんな私とは真逆に、精力的に仕事に取り組んでいた。自分の好きなものの展示だからか、先頭に立って色々励んでいるらしい。委員会で会うと、とびきりの笑顔で進行状況を説明してくれる。
「やっぱり日露戦争は、日本海海戦が決定的でしたよね」
「あれは圧倒的勝利だったよね」
……どうして委員会で日本海海戦話になるかな? 北沢くんが嬉しそうだからいいか。私も話していて楽しいしね。
「うちのクラスの合言葉『皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ』なんですよ。文化祭に向けて、クラス一丸頑張っているんです!」
私はさすがに顔を引きつらせた。一年E組、北沢くんの影響を受けすぎていないか。……日本史の成績はクラス全体で上がりそうだ。
そうして文化祭の日は近づき、やがて当日となった。
♦ ♦ ♦
文化祭当日は、一年A組の執事喫茶は相当人気だったらしい。その代わり一年E組の「日露戦争の展示」は、全くお客さんが来なかったようだ。当たり前だとは思うけれど。私が見に行った限りでは、個人的に好みだった。よく研究されていた。一般受けするかと言われればどうかと考えてしまうが。
何はともあれ文化祭は終了し、実行委員で打ち上げになった。
それぞれお菓子やジュースが並べられたテーブルを前にして、北沢くんは落ち込んでいた。
「お客さん来なかったの、俺のせいですよね……。俺の趣味で選んじゃったから」
あまりにも落ち込んでいるので、隣の席の私は慰めてあげた。
「それ言ったら、決めたクラス全員にも責任ある訳だから。少なくとも私は良かったと思うよ。すっごく楽しかった」
そう言うと北沢くんは俯いていた顔を上げた。私を見つめる。
「……本当、ですか」
「そうだよ、本当に楽しかったよ。陸軍の功労者の比較とか。誰が一番の功労者だろうね。面白かった」
北沢くんは私を見つめ続けている。
「……北島先輩は、優しいですね。たくさん相談に乗ってくれたし、展示も褒めてくれるし」
「優しさ、じゃないと思うけれど。単純に私好みの展示だったし、北沢くんのこと割と好きだし」
思ったことをそのまま言ってみたら、いきなり北沢くんは顔を真っ赤にした。
「あ、あ、あのですね、先輩。『好き』とか簡単に言わないでください。そういうこと言われると、俺勘違いしちゃうタイプなんで」
「……勘違い?」
そう言われて少し考えてみる。勘違い……勘違い。……ああ!
「北沢くんのこと好きって言ったのは勘違いじゃないよ。真面目に好きだよ」
そう言うと、北沢くんはますます顔を赤く染めてしまった。
「からかわないでください。まともに俺、北島先輩のこと好きになっちゃうじゃないですか」
『好きになっちゃう』。その台詞には、さすがに動揺した。
……しかし、悪い気はしない。
北沢くんは似た名前。お互いにお人好し。素直に私を頼ってくる。同じような興味対象。好みのカワイイ顔。
「……北沢くん。良かったら私と付き合ってみない?」
自然と口から言葉がこぼれ落ちた。
「え……?」
北沢くんは目を見張っている。そんな顔も結構カワイイ。
「そ、んな冗談……」
「冗談じゃないよ。私、北沢くんのこと好きだよ。ダメかな?」
彼はただひたすらに、私を凝視している。やがて、呟くように答えた。
「俺も、北島先輩のこと好きですよ。付き合って、もらえますか」
その返事に嬉しくなって、私は笑み崩れた。
「じゃあ、お付き合いしようね。よろしくお願いします。先輩とか言われるのイヤだからユーナって呼んでね」
「……ユーナ、ですか。了解です。そうしたら俺のこともユーキって呼んでもらえますか?」
「OKでーす。ユーキくん、初デートはどこへ行こうか?」
♦ ♦ ♦
青い空のもと、私達は初デートに、記念艦「三笠」を見に来ていた。
ユーキくんが、特別展「三笠秘蔵連合艦隊コレクション」をやっているということで来ている訳である。私もそう聞いたら興味があるし。
日露戦争時、太平洋戦争時及び海上自衛隊の艦隊模型を見た後、二人で公園を散歩した。
しばらくはずっと先程見学したことの話をしていたが、ふと沈黙が落ちた。
不思議に思って、隣を歩くユーキくんの整った顔を見上げると、突然口付けされた。びっくりして口を押さえる。
「……すみません。ユーナさんが可愛くて。と、東郷ターンです」
顔の火照りがおさまらない私は、可愛くない文句を言ってしまった。
「私、ユーキくんの敵じゃないけれど」
「わかっていますよ。彼女、ですよね」
彼の顔も朱色が広がっている。
……私からもキスしてあげた。
「ユーキくんは、私の彼氏だよ。でも不意打ちはやめてね。心臓に悪いから」
カワイイ顔がこれ以上ないくらい真っ赤に染まった。
「……不意打ちは、今ので思い知らされました。ごめんなさい」
くすくす私は笑った。
「嘘だよ。彼氏さんは、いつでも私にキスして良いの」
そうしたら、ユーキくんの口付けがまた降ってきた。私も目を閉じて応える。
それ以降はお互い不意打ちキスの多くなった私達でした。
こんにちは、チャーコです。初めて短編を書いてみました。そうは言っても舞台は「予知姫と年下婚約者」と同じですが。
あまり日露戦争に詳しくなく、勢いで書きました。申し訳ありません。不備がありましたら御指摘ください。
ここまで御覧いただき、ありがとうございました!