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「そらっ!」
振り下ろす。表面を更に砕いた。間髪入れずに連撃。ついに表面が砕け、緑色に光る水晶体の表面が姿を現す。
「よっし、とどめ……」
目一杯力をこめてバットを振り下ろそうとした時、〈ゴーレム〉が大きく腕を振るう。
「チッ」
攻撃をやめて飛び退く。〈ゴーレム〉に感情などないが、連続攻撃に怒っているようにも見えた。そう簡単に隙を見せてくれそうにない。ならば……。
「おい、悠月! とどめだ!」
「え?」
「中枢のコアが露出してるから剣で砕け! そんくらいならできるだろ!」
「とどめ……。……ふふ、うふふ……」
攻撃をかわしながら叫ぶと、綾音はゆらりと立ち上がり、不気味な笑い声をあげた。
「ふふ、あーはっはっは! やっぱりトドメはこのあたしよね! 見てなさいよ!」
嬉々として剣を振りかざし、高く跳躍する。
「これでとどめ! シャイニング・ジャッジメントーーーー!!」
剣先を水晶体に向けて思い切り振り下ろす。キィンと甲高い音がして、水晶体が砕けた。
〈ゴーレム〉の目から光が失われ、糸が切れたように崩れ落ちる。……機能停止したようだった。
「……はああああ」
その様子を見て、志乃は大きく息をつく。なんとかなったようだ。
全くとんでもない「特別救済処置」になったものである。助っ人は役立たずだったが、いなかったらいなかったで無傷では勝てなかったかもしれない。
「……想像を絶する役立たずだったことに驚きだが……一応礼を言っとく。サンキューな、悠月。……悠月?」
綾音は、じっと俯いたまま小さく肩を震わせていた。
……もしかして怖かったのだろうか。
あんなでも女の子は女の子だ。戦いが終わって緊張が途切れ、あの妙なテンションも落ち着いて、ようやく恐怖がこみ上げてきたのかもしれない。
そう思う志乃だったが、……そんな心配は杞憂だったとわかる。
「ふふ、あはは……」
「……悠月?」
「あーはっはっは! やっぱりあたしって最強! 真の勇者として目覚める日も遠くないわね! あーはっはっは!」
綾音は声を上げて笑った。どうやら喜びで体を震わせていただけらしい。
「勇者勇者ってお前、そろそろ本気でイタい……あ」
そこで志乃は、ふと思い出す。
志乃の学年で有名な、ある女子生徒の噂。「勇者になる」と公言して回り、日々〈魔者〉とやらを探し求めている、しかしその実態はあらゆる〈ロール〉の中でもずば抜けてレアリティの低い〈剣士〉にすぎない、ただの痛々しい女子生徒……。
「悠月綾音……お前のことか」
「え、何? あたしのこと知ってるの? ふふん、有名人って辛いわね。今ならサインも握手もしてあげるわよ」
カンチガイも甚だしい。何を言っているんだこの女はと、志乃はゲンナリする。
「それにしても……これも運命かしらね」
綾音は剣を鞘に収めると、志乃にずいっと顔を寄せ、じっと見つめてくる。そして一人何かを納得していた。
「な、なんだよ?」
「あんた、一応あたしのジャマにならない程度にはやれるのね。ちょっと気に入ったわ。珍しいし、あたしの良い引き立て役にもなりそう」
「おい」
なんだか失礼なことを言われていた。
「噂は本当だったのね。まさかそんなヤツが実在するなんて思わなかったけど」
「噂って……俺のこと知ってるのか?」
「そうね。その上で今日一日あんたのこと見張ってたんだし」
「今日一日って……あ」
そういえば、〈ロールプレイ〉の授業中グラウンドからこっちを見ていた生徒が居た。あの時からずっと見られていたのだろうか。
綾音は得心気にうんうんと頷くと、今度は志乃をビシっと指差す。
「よし、あんたのこと気に入ったわ。あたしの仲間にしてあげる」
「……はぁ?」
「命令通りに動く仲間は勇者につきものでしょ。その仲間第一号にしてあげるわ」
「いや、意味がわからな……」
志乃の言うことなど聞かず、今度はあさっての方向を指さして、高らかに宣言した。
「ついにこの時が来たわね。さあ、活動開始よ、あたしの〈勇者研究部〉! 行くわよ仲間一号。後の二人を探しに!」
「は? え、いや、俺帰ってゲームしたい……ちょ、こら、引っ張るなよ、おい!」
……これが、志乃の日常の繰り返しが砕かれた特異点。そして、志乃の新しい日常の始まりとなる出来事だった。