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ロールプレイン・ディス・ワールド  作者: たる。
第一章 あぶれ者と自称勇者
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page7

 ――その時だった。

 志乃の真上を過る、"影"。傾きはじめている夕陽の前を何かが横切る。

「え……?」

 見上げた空には、……人が飛んでいた。

「ライトニング・レイド!!」

 威勢のいい掛け声とともに、その声の主は空から強襲を仕掛け、〈ゴーレム〉の頭部に剣を叩きつけた。

 その一撃は〈ゴーレム〉の巨体を揺るがす。人間が目を回すように、水晶の目がめちゃくちゃに揺らいでいた。

「……なん、だ……?」

 志乃は呆然とその後姿を見つめる。バットを握る手から力が抜けていた。

 空から颯爽と飛び降りてきた少女。両刃の長剣を携えて、目の前の敵に怖じることもなく凛と立つ後ろ姿に、志乃は見とれていた。

 その凛々しい姿は、まるで――。

「もう大丈夫よ。〈勇者〉があなたを助けに来たわ」

 少女は〈ゴーレム〉と対峙したまま、ちらりとこちらを見て微笑む。ポニーテールの髪が風になびいていた。

 ――そう、勇者。志乃の目には、彼女はそう映ったのだ。

 勇者。それは、ゲームで、お伽話で、伝説で、常に弱き者を救い続けてきた存在。

「勇者、だって……?」

「そ。勇者、悠月綾音(ゆうづきあやね)よ。勇者としてあなたを助けるのは当然の役目でしょ?」

 悠月綾音。そう名乗った少女はパチンとウインクを飛ばす。

 〈勇者〉などとというロールを持つ生徒がこの学園にいるだなんて聞いたことがない。そもそもそんな〈ロール〉が存在するということ自体聞いたことがなかった。

 しかしもしも彼女が、本当に〈勇者〉なのだとしたら……。

「さ、覚悟しなさい。あんたの相手は……このあたしよ!」

 まるで楽器のように美しく、どこまでも響きそうな声が、高らかに宣言した。

「行くわよ! ソニック・ブレイク!!」

 綾音が剣を構えて強く地を蹴る。その力強い踏み込みは、十メートルは開いていた〈ゴーレム〉との距離をたったの一歩で……いや、二歩……三歩……。

 ……たっぷり五歩かけて縮めた。

「……うん?」

 その時点で、志乃は何かがおかしいと感じる。

「さあ、喰らいなさい!」

 掛け声とともに振り払う横一閃。その鋭い刃は、魔力で強化された下手な金属よりも強固な石から成るゴーレムの体を真っ二つに両断……せず、表面に気持ち控えめなかすり傷をつけた。

「この、この!」

 次々と叩きつける攻撃。〈ゴーレム〉より先に剣が折れそうだった。

 数発叩き込んだ所で、綾音はやはり五回ほどかけてバックステップで戻ってくる。

「な、中々やるわね……ぜえ……はあ……」

 早くも息が尽きていた。

「……頼りない勇者も居たもんだな」

 志乃が呆れ顔で言うと、綾音は顔を真っ赤にする。

「う、うるさいわね! 今のは、……そ、そう! じゅ、準備運動よ!」

 思い切り虚勢だった。どうやら第一印象は全くの見当違いだったらしい。……どうせ助っ人が来るならもっとまともな者に来て欲しいところだ。

(……一瞬でも見とれたりした俺がバカだった)

 志乃は深々と長い溜息をつき、天を仰ぐ。……校舎の四階の窓が開いているのが見えた。どうやらあそこから飛び降りてきたらしい。

「……まあ、一応〈ロール〉持ってるだけ、いないよりはマシと思うか」

「な、何よ失礼ね! ていうか〈ロール〉持ってるなんてそんなのあたりまえじゃない! あんたあたしをバカにして……」

「文句は後な。来るぞ」

「へ……?」

 大きく弧を描いて動き出す志乃。対して綾音は呆然と棒立ちしたままだった。

 その一瞬は、戦場において十分な命取りになる。

「あ……きゃああああ!」

 綾音の強襲で少しだけ怯んでいた〈ゴーレム〉は、綾音が行って戻ってくるまでの間に復活していた。振り向いた時には〈ゴーレム〉の拳が目の前にあり、綾音は慌てて剣でそれを受け止める。志乃より不器用な防御で、衝撃を受け止めることも受け流すことも出来ず、突き飛ばされて尻餅を突いていた。

「ったく、どっちが助っ人なんだか……」

 とにかくこれで背後を取ることが出来た。志乃は強く両手でバットを握る。

「そら、行くぞ!」

 跳びかかり、渾身の力を篭めて頭を殴る。〈ゴーレム〉を動かす魔術式の中枢は頭部にあったはずだと、今日の授業の内容を思い出す。

 振り下ろしたバットは頭部を少しだけ砕いたものの、さすがに一撃で致命傷とはいかなかったようだ。しかし綾音から注意を逸らすことには成功したらしい。〈ゴーレム〉がぐるりと体を反転させる。

 〈ゴーレム〉が拳を振るう。大振りな一撃だけでなく、細かいジャブも混ぜてくるようになった。それを何とかかわし続けながら、綾音に向かって叫ぶ。

「おい、悠月! 頭だ! 頭を狙え!」

「うっさいわね、勇者のあたしに命令しないでよ! そんなのわかってるわ……よ!」

 背を向けた〈ゴーレム〉の頭部に剣を叩きつける。が、その様子を見る限り、やはり有効なダメージは与えられていないようだ。

「……お前、その勇者を自称する自信はどっから出てくるんだ?」

「う、うるさい! 今日はちょっと調子が悪いだけ!」

 とにかく、〈ゴーレム〉が狙ってくれる的がひとつ増えただけマシだと思うことにしよう。志乃は心の中で綾音に対する評価を下方修正した。

 今、二人は〈ゴーレム〉を挟み込む形で立っている。〈ゴーレム〉の狙いは志乃だ。

(一撃じゃ無理でも、あと何発か同じところが叩ければ……)

 ジリジリと隙を伺う。上手く隙をついてまた背後を取らなくてはならない。ここは慎重に……。

「こんのー! あたしをばかにするんじゃないわよ!」

 しかし自称勇者サマはそうはいかないらしく、剣を振りかざし猛然と斬りかかった。

「喰らいなさい、スラッシュエッジ!」

 技名を叫びながら振り下ろした剣は頭を叩くものの、またも有効打を与えた様子はない。

「この、この!」

 がむしゃらに頭を叩き続ける綾音。こんなに貧弱な勇者が居たものだろうか。

「……って、おい、危ないぞ悠月!」

「このぉ! って、わわ、きゃああああ!?」

 ジャマだと訴えるように振るわれた腕が、綾音を吹き飛ばす。

「……絶望的に役立たずだな、お前」

「う、うるさい、わよぉ……」

 遠くまで転がされ、剣を杖にへなへなと立ち上がる綾音。返す罵声も弱々しい。中々に重い一撃を食らってしまったようだ。

「……けどまあ、一応隙は出来た!」

 再び背後を取り、さっき砕いた場所を狙う。どうやら綾音の攻撃も全くの無駄ではなかったらしく、少しずつ表面が削られていた。

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