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「はぁ……はぁ……。これで終わりだな……」
校舎の裏手。トラックなどが入れる用務員や業者用の門のすぐそばにある処理場に〈ゴーレム〉を転がす。処理場と言っても何か設備があるわけではなく、実際はただ業者に持って行ってもらうまでの置き場所にすぎない。粗大ごみを一箇所に集めるというその目的ゆえか、大型講義室くらいの大きさはある開けた空間になっていた。
「ふぅ……。よし。これで文句ないよな、天ヶ崎」
手を叩いて汚れを払い、振り向く。
……しかしそこには誰もいなかった。どうやら途中で帰ってしまったらしい。
「ったく、〈支援係〉の立場がーとか言ってたのは誰だよ。先輩までいないし……」
悪態をつくが、志乃の愚痴を聞いてくれるのは物言わぬ〈ゴーレム〉だけだ。
「あーあ……。これもそもそもお前が壊れたせい……だ!」
八つ当たりに〈ゴーレム〉を蹴り飛ばす。もちろん、蹴った方の足がジンジンと痺れるだけだった。
「……アホらし。さっさと帰ろ」
こんな日は勉強も何も投げ出してゲームに没頭するに限る。そう決め込んで、志乃はその場を後にしようとした。
……しかしその時、"背後から聞こえた物音"が、志乃の足を止める。
「ん、なんだ?」
それは確かに自分の後ろから聞こえた。しかしそこにあるのは廃棄される予定の〈ゴーレム〉だけのはず。
そうわかっていたがゆえに、志乃は何の気もなく後ろを振り向いた。
「……え」
そして目を疑う。
……そこでは、さっきまで動力も断たれて動く気配もなかった〈ゴーレム〉が、確かに起動して、立ち上がっていたのだ。
「ち、ちょっと待て、なんで……」
まさか、自分が蹴ったせいで……と考えかけて、いやそんなはずはないと否定する。運ぶ最中に〈ゴーレム〉が壊れていることを瑠璃が確認していた。起動コマンドを送信しても受け付けないだとか、志乃にはわからないものの、確かに壊れて動かないただの石の塊になっていることを確かめていた。
しかし〈ゴーレム〉は、今こうして起動している。本来緑色に光るはずの水晶体で出来た一つ目は、赤く光っていた。ギョロリと周囲を見回し、そして志乃の存在を認識する。
……ああ、確かにこの〈ゴーレム〉は壊れているかもしれない。そしてこれはきっと、その結果。
「……暴走ってやつじゃないか、これ……」
冷や汗が頬を伝う。〈ゴーレム〉の暴走なんて聞いたことがないが、所詮人が作って半自動で動くように設定してあるものだ。暴走の一つくらいしてもおかしくないだろう。
「と、とにかく……」
じりじりと後ずさる。〈ゴーレム〉は完全に志乃を標的として捉えたか、ジッと志乃に注目してきていた。
視線が交差する三秒間。そして、
「逃げる!」
踵を返してダッシュで逃亡を図った。
〈ゴーレム〉は志乃を追って走りだす。外見とは裏腹に、その動きは俊敏だ。
「おい、誰か助けてくれ!」
恥も外聞もなく助けを呼ぶ。さっきの奉仕作業とは事情が違う。志乃には戦うだけの力など無いのだ。
しかし、場所が悪かった。声を聞きつけてくれる生徒などそうそういない。
「あーあ、これは逃げられない感じのイベント戦ってか……?」
とにかく逃亡を試みた志乃だったが、〈ゴーレム〉はどこまでも追いかけてくる。これ以上校舎に近づいたら、暴れる〈ゴーレム〉が校舎を破壊してしまうかもしれない。
(と言っても、どうする……)
周囲を見回す。反対側には業者用の出入り口があるが、大きなゲートに閉ざされている。他に逃げ道は無い。逃げ続けて教師か生徒が来るのを待つしか……。
「っとぁ!?」
〈ゴーレム〉が振り下ろしてきた拳に、志乃は奇妙な悲鳴を上げて横に飛ぶ。幸い、逃げ続けるだけなら志乃の身体能力を以てすれば何とかなるかもしれない。
だが、それもいつまで保つか……。やはり何か策を見出すべきかもしれないが、〈ゴーレム〉はそれを待ってはくれない。再びゴーレムが振りかざした拳が志乃を狙う。
「ッ!」
とっさに体の前で腕をクロスさせ豪腕のストレートを受け止める。腕は……痺れているが、折れるようなことはないようだ。
「本当、頑丈さだけが取り柄だな……」
小さく悪態をつく。下手な〈魔術師〉などよりよっぽど体は頑丈なのかもしれない。
「……こうなったらもう自分でやるしかないか……」
志乃は仕方なく、肩に下げていた筒状の入れ物を開ける。
中に入っていたのは、ただの金属バット。志乃がもしもの時のためにと持ち歩いていた物だが、今がその「もしもの時」だ。
バットを握りしめ、ゴーレムと相対する。ゲームに出てくるモンスターならどうか知らないが、所詮人工物にすぎない〈ゴーレム〉ならどうにかなるかもしれない。
相手を睨みつける。〈ゴーレム〉は殴った相手が平然と立っていることを認識し、再び向かってこようとしているようだ。
(けど、人工物とはいえ〈ロール〉の力を全力でぶつけるための物だ。一対一じゃ勝ち目ないよな……。あんまり使うなって言われてるが……"使う"しかない、か)
志乃は心の中である「禁じ手」の使用を覚悟した。そしてバットを握る手により一層の力を込める。