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千歳に後ろから押してもらうとリヤカーは切なく思えてくるほど軽かった。これなら日の暮れる前に作業が終わりそうである。
「処分場って、高等部校舎の裏だよね?」
グラウンドから高等部の校舎を大きく回り込み、講堂と高等部校舎の間に差し掛かる。
「ああ。あそこで曲がって……」
「奉仕活動に助っ人を呼ぶなんて、感心しませんよ。志乃さん」
道を抜けようとすると声をかけられた。志乃は足を止める。後ろでゴツンという音とともに「むきゅっ」と悲鳴が聞こえた。……ぶつかったらしい。
「……こんな作業、近接系の〈ロール〉持ってるやつでなきゃ無理ゲーだろ」
ひとまずそちらは無視することにして、志乃は声のした方を見上げた。
「どんな作業であれ、特別救済処置なんですからインチキは許されませんよ」
「厳しいな、〈支援係〉は」
声の主である女子生徒は、高等部校舎と講堂を繋ぐ渡し廊下の屋根に足を投げ出して座っていた。膝の上には電気ポットに手足の生えたような形の変わったぬいぐるみを載せている。
外見は中学生くらいに見える。顔立ちも幼く、事実彼女は本来ならまだ中等部に入ったばかりのはずの歳である。が、着ている制服は高等部の物で、おどろくべきことに志乃と同学年の二年生である。
「瑠璃ちゃん、これしーくんにはすっごく重いの~。手伝っちゃだめかな~?」
千歳が声を上げて少女に呼びかける。志乃としては少しぐさりとくる言い方だった。
「千歳さんも甘いです。甘々です」
少女は屋根から飛び降りる。高さは二メートル以上あったが、途中で腰のホルダーに提げられてい分厚い本が淡い光を放ち、少女の回りだけ重力が軽くなったように落下がゆっくりになった。そのまま彼女はふわりと静かに着地する。
「…………」
「なんですか志乃さん、人のことジロジロ見て」
「いや、先輩のを見た後だと、天ヶ崎の方は比較効果でいつも以上にかわいそうに見えるなぁと」
「何のことを言っているのかおおよそ察せますが、わたしが普通ならまだ中学生である年齢だということを忘れていませんか?」
「大丈夫だ、そっちはそっちで需要がある。むしろそのまま成長しなくても平気だぞ」
「消し飛ばしますね。極大魔法で大地ごと」
「悪かった。悪かったからそれだけは勘弁してくれお願いします」
平謝り。しかし千歳の起伏を強調される形で改めて見た後にこの平坦を見れば誰でも同じ感想を抱くだろうと、志乃は心の中で密かに言い訳した。
「……で、奉仕活動の件ですが」
「頼む天ヶ崎。そっちもついでに見逃してくれ」
「先の発言についても見逃したつもりはないのですが。……志乃さんには男としてのプライドとか無いんですか?」
「うぐ……。まあ、先輩に力仕事頼むとか、ちょっと癪だけどさ」
少女、天ヶ崎瑠璃の歯に衣着せぬ物言いが、またもぐさりと来る。ジトッと細められた冷たい半眼もダメージを増大させた。千歳に手伝ってもらうのが男として情けない行動であるのは、志乃も重々承知しているのだ。
「お姉ちゃんは大丈夫だよ~。むしろどんと来い!」
「ですが、これは志乃さんへの"救済処置"である以上、不正が発覚したら減点ですよ。千歳さん的にはいいんですか?」
「あっ……」
千歳がハッとしたような声を上げる。
「そ、そうだよね。これでもしもしーくんが退学とかになっちゃったら大変だし……」
「お、おい、先輩?」
「うん。そんなことになったら私、お姉ちゃん失格だよね」
「お、おーい」
「よし! しーくん、お姉ちゃんは心を鬼にしてしーくんを突き放すよ!」
「ちょ、ま、待ってくれ先輩!」
千歳がリヤカーからパッと手を離し、瑠璃の傍に駆けていく。
「しーくん、ファイト!」
「頑張ってください、志乃さん」
「くっ……。先輩に頼むのは確かに男として情けない行為。しかしいざ一人で運ぶとなると……」
リヤカーを引く。
……とてつもなく重かった。校舎裏に来て足場が悪くなり、車輪が沈んで回りづらくなっているようだ。
「……天ヶ崎。見逃してくれないか?」
「ダメです。そんなことしたらわたしの〈特別認可生支援係〉の立場も危うくなるじゃないですか」
「お前だって好きでやってるんじゃないだろ?」
「部活に入るのはもっと嫌ですから。それなら志乃さんを監視してたまにいじめて気晴らしするだけの仕事のほうが楽です」
「おいお前、今本音……」
「サボってると報告しちゃいますよ」
「ったく、わかったよ! ……本当に名ばかりだな、〈支援係〉とか。つるぺたのくせに生意気な……」
「何か言いましたか?」
「なんでもありません」
〈支援係〉と言う名のお目付け役に見守られながら、志乃はズルズルと重たいリヤカーを引きずっていった。