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放課後。ホームルームを終え、生徒たちは部活に行ったり家路を急いだりとそれぞれの放課後を過ごし始める。……剣や杖などの〈シンボル〉を忘れず身に着けて。
〈シンボル〉と呼ばれる〈ロール〉の力の象徴たる物。個人の力の証明書であり、中には「命そのものと言っても過言ではない」と言う者もいる。
〈シンボル〉は本来何の例外もなく、成長する過程で〈ロール〉が覚醒すると同時に"発現する"。そしてそれは生涯肌身離さず持ち歩くのが基本で、この時代ではむしろ何の〈シンボル〉も身に着けていない方が目立つくらいだった。
「ねえねえこれ見て! また評価更新したの!」
「おお、すげーじゃん! あー、俺ももっと〈適応率〉評価上げねえと、このままじゃ赤点だっての……」
そんな光景を眺めていると、不意に離れたところからそんな会話が聞こえてきた。見ると、数人のグループが互いに携帯を覗きあっている。
「……戦って経験値稼いで、レベルアップ。これがゲームじゃなくてなんだってんだ」
志乃は教室の隅にある机から、携帯カメラを通してそんな教室の光景を改めて見渡した。その画面にはクラスの生徒達が映っており、その上に重なるようにして半透明のウインドウが表示されている。
この島にある研究センターで開発され、携帯アプリなどの形で世界中に無償配信されているツール、〈アナライザー〉。〈ロール〉への適応力や、身体能力の強化率を数字として可視化するもので、要するに〈ロール〉の力をどの程度引き出せているかを示すパラメーターを見ることができる。
総合評価たる〈適応率〉の数値と、筋力や敏捷性、魔力といった個別評価の数値。……志乃からすれば、これはゲームにおけるキャラクターのステータス画面にしか見えない。
「…………」
志乃は教室へ向けていた携帯を操作し、別の画面を表示する。それは自分自身のステータスを分析して表示するもので、向こうにいる生徒たちが見ているのと同じものだ。
……しかしその画面に、彼らのものと同じような正常な情報は表示されない。
「……ま、変わってるわけ無いよな」
志乃のステータス画面は、一言で言えば壊れている。レイアウトが崩れ、文字化けした情報が並び、画像も乱れている。
まるで「バグ」のようだ。志乃はこの画面を見てそう思った。
「……帰るか」
志乃は携帯をしまい、帰宅しようと立ち上がる。その手に持っているのは学校の鞄と、細長い筒状の入れ物。……志乃は〈シンボル〉を持っていない。
教室を出ようとすると、ドアの近くには談笑している集団が居て道を塞いでいた。どいてもらおうと声をかける。
「悪い、ちょっと……」
「え? ……う、うおああああ!? ご、ごめん! どどど、どうぞ!」
「ごごごごごごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
生徒たちはあっという間に散り散りになってしまう。脅しをかけたつもりはないのだが、しかしこれがいつも通りの反応である。
「……はあ」
〈特別認可生〉などという肩書きのためか、志乃についての噂は有ること無いこと様々な物が広められている。結果、こうして学校中の生徒に恐れられているのだった。
「おい、また片桐が生徒脅してるぞ……」
「や、やめとけよ聞こえるって。こっちすっげー睨んでるぞ……」
(……目付きが悪いのは生まれつきだよ。悪かったな)
教室の反対側から聞こえてきたひそひそ話に心の中でもう一つ溜め息。
志乃は生まれつき目つきが悪く、これが悪い噂に尾ひれをつけていた。更に両親からの遺伝で、髪は灰色っぽく、目は赤っぽい。この容姿もイメージの低下を助長していた。
(……本当、世界の異物……〈バグ〉みたいだな、俺って)
なんにせよ、志乃本人に、そして周囲の生徒たちに悪気がなくとも、こうして根付いてしまった印象はもうそう簡単には覆らない。志乃はこの状況をとうに諦めていた。
「……帰ろ」
「おい片桐、ちょっと待った」
そして、たまに声をかけられるとすれば……。
「……なんだよ、おっさん」
「そう邪険にするなよ。いつもの特別救済処置だ」
「それで邪険にするなって方が無理だろうよ」
こうして、「特別救済処置」と称して様々な頼み事をしてくる竹村くらいである。
「……で、何」
「おう。さっきの〈ロールプレイ〉の授業中に、訓練用〈ゴーレム〉が一体動かなくなったらしくてな。で、近々全部新型に変える予定だったからそいつは処分することにした。……ってことで、倉庫から裏の処分場まで持ってっといてくれ」
「また力仕事か……」
がっくりと項垂れる。
「まあ固いこと言うなって。……断れる立場じゃないってわかってるよな?」
「はいはい、わかってるよ」
特別救済処置とは、〈特別認可生〉の志乃の成績を補うための処置としての奉仕活動である。拒否すれば成績が減点されるため、志乃には逆らえないのだった。