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竜の魂   作者: 長月 四郎
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第8話 橋上の決闘 

 東へ向かう街道を足早に行く男女がいる。道のぬかるんだ箇所を避けながら、それでも歩みを止めることはない。この日は朝から雨が降っていたため、一日中暗らかったが、そろそろ太陽が地平線に近づいているのが分かる。

 

 「服だいぶ濡れてしまったね。寒くないかい。」


 少年が少女へ優しく声をかける。


 「ええ、このぐらいどうって事ないわ。それより、さっきの村人が言っていた橋、もうそろそろじゃないかしら。」


 少年はロラン、少女はセレーヌである。


 「ああ、そうだね。まさか、この雨で下流の橋が流されてしまっているなんて・・・・・・。随分と遠回りさせられてしまった。でも、今度は大丈夫。」


 「うん。」


 少女はキラキラ輝く笑顔を見せた。ロランは彼女の本当の笑顔を見た気がした。なんとしても東の国境まで連れていってあげたいと思わずにはいられない。そんな笑顔だ。


 二人とも、朝から降っている雨で全身びしょ濡れになっている。雨だからといって動き出さないわけにはいかなかったのだろう。見えない追手に焦りを感じているのだ。


 やがて、川の流れる音が聞こえ、目当ての橋にたどり着いた。


 向こう岸までは泳いで渡ろうとは思いたくないほどの距離がある。だから地元の人は通常は橋か、渡し船を利用するのだが、雨で増水しているため今日は渡し船は一艘も出ていないとのことだった。


 しかも、運が悪いことに、今日に限って最短距離を行くことができたはずの、ここより下流にあった橋は、この雨による増水で運悪く流されてしまっていた。

 

 今、川を渡れるのは二人の目の前にある、唯一この橋だけなのである。


 ──そうこの状況はさすがに怪しい。


 「セレーヌ。ちょっとそこで待っていてくれないか。」


 ロランはそういうと一人橋へ近づき、神経を集中して、橋の手前に待ち伏せする者がいないか探った。

 

 ──誰もいない。気配一つない。


 (橋の向こうで待ち伏せているのか。それとも杞憂に過ぎないか。)


 ロランはセレーヌを橋の手前で待たせ、一人橋を渡りだした。石づくりの橋にロラン一人の足音が響く。橋はその長さが3百メートルはあるだろうか。しかし幅は狭く大人5人が横に並べるぐらいしかない。


 ロランがちょうど橋の中ごろに到達した時、橋を渡った向こう岸の森からカラスが数羽鳴きながら飛び立った。


 風が吹き、森の木々がざわめく。


 (やはり、待ち伏せているのか・・・・・・)


 ロランはその場に立ち止った。


 もうばれってしまっては仕方がないと観念したのか、森の中から十数人の兵士がおもむろに姿を現す。彼らの着ている装備は王国の兵士、それも近衛兵のものだ。


 その近衛兵たちの中央から背の高い痩せ細った青白い顔の男が現れ出る。黒いローブをまとった姿は、まるで昔話に出てくる魔導師のようだ。竜騎士クロードである。


 「君かね。王女をさらった賊は。」

  

 「・・・・・・。」


 ロランは憮然とした顔をして、その場に立ち尽くす。

 

 「見たところ、なかなか用心深く、鋭い感覚を持っているようだね。王女を橋の手前で待たせておくとはね。クックック。」

 

 「・・・・・・。話はそれだけか。」


 ロランはそう言うと、クロードの薄気味悪い笑いに嫌気がさしたのか、剣を抜き構える。


 「賊よ。分かり易くていいよ。お前。こうするだろうと思ったよ・・・・・・。後ろを見てみろ。クックック。」

 

 クロードがロランの後方、セレーヌがいた所を指さす。振り返ると彼女の周りを3人の男が囲み、彼女は両腕を掴まれ自由うを奪われている。

 

 いったい、いつの間に橋を渡ったというのだ。


 「ロラン、たす・・・・・・け・・・・・・。」


 セレーヌは3人の男にあっという間に拘束され、口には猿ぐつわをはめられ言葉を奪われてしまう。


 3人の男?


 3人ともよく見るとその姿は人間のそれとは少し異なる。上半身裸の皮膚は茶褐色の鱗状で、瞳が縦に細長い。そう、それはまるで爬虫類のようである。彼らは竜人族ドラゴニュートと呼ばれている。


 竜人族は人より泳ぎが得意で、水中でも呼吸ができるので長く潜っていることができる。


 種明かしをすると、なんてことはない。予め川の中に潜んでいて、ロランが橋を半ばまで渡ったのを確認の後、そっと川から上がり無防備だったセレーヌをとらえたのである。


 ロランもさすがに川の中までは意識を集中していなかったのだ。


 「ドラゴニュート?」


 と言うや否やロランは踵を返しセレーヌの元へ向かう。


 ──しかし、それはあまりにも軽率な行動だ。


 背後から迫りくる鬼気迫る殺気に、ロランは振り返らず身を屈めて避けた。彼の頭上を黄色い炎が通り過ぎる。


 「この間は弟が世話になったな。」


 ゆっくり立ち上がり、黄色い炎の出所に向きなおったロランの目の前には、先日立ち会った竜騎士ジルの姉、エステルがいる。


 彼女の右手にある細剣レイピアからは炎の残り火が陽炎のように漂う。


 「坊や、もう一度お前の実力を試させてもらおうか。本気でかかってきな。」


 そう言ってエステルはその細やかな剣先をロランへ向ける。その動作は堂々としたもので、事実彼女はあくまで正々堂々と立ち合うつもりであろう。だが、背後にいるクロードの合図で橋の周囲に潜んでいた兵士達は皆、ロランを的に弓矢を一斉に構えた。

 

 それに肝心のセレーヌは既にクロードの手中にある。


 ロランにとってはあまりにも不利な状況だ。


 「望みとあれば・・・・・・。しかし、この状況だ。今度は手加減しないぞ。」


 ロランがあの時見せたように剣を鞘に納め、居合切の構えを見せる。竜の魂、最強の炎を出して勝負を決めようとしている。


 その気迫に、百戦錬磨の竜騎士エステルでさえ、剣を持つ手が震えるのを意識した。


 まだ太陽は沈みきっていなかったが、ちょうど雲間に隠れ、一気にあたりが暗くなる。


 両者、それぞれに剣を構えたまま身動ぎもしない──。


 「ゴフォ、ゴフォ。」


 その時、先に静寂を破ったのはロランの咳き込む声であった。


 その瞬間、場の空気が緩み、エステルが黄色い炎の突きをロランに浴びせる。


 それをロランは素早く半身になって剣を差出し、かろうじてその身を炎に焼かれることを避けたが、彼の剣先からは青い炎は出てこない。

 

 「ゴフォ、ゴフォ。」


 再度咳き込むロラン。余程苦しいのか、立膝を着きその場に身を屈める。


 そんなロランに黄色い炎が、再度襲いかかる。


 ロランは身を屈めたまま、横に転がりそれを避け、その勢いのまま橋の欄干へ飛び乗ると、そのまま川へ飛び込んだ。


 これは適わじと悟った彼がとった緊急避難だったのだろう。彼の病は彼の特技をも封印するほど深刻なのだ。


 「な、なにをしている。早く矢を放て!」


 黙って顛末を見ていたクロードが配下の兵士へ怒号する。しかし、一斉に放たれた矢は真っ暗な川面に小さな波紋と水音を立てるだけだった。


 「私は助かったのか?」


 エステルは全身がひどく汗ばんでいるのを自覚した。ロランの気迫にただそれだけのことに、畏れをなしたのか。

しかし、最後に剣を振り下ろした時、微かに手ごたえがあった。


 エステルは、ロランが飛び降りた欄干へと歩み寄り、茫然と黒い川面を見つめる。川の流れる規則的な音が微かに響いているだけだった。


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