第7話 王国の宰相
エステルとジルの竜騎士姉弟は、ラングの町長宅で一夜を過ごした。
用意された朝食を終え、出発の準備が整ったところで、町長が町の警備隊長を伴って二人の部屋に訪れた。
「エステル様、昨夜から夜通し町内と町の周辺を捜索しましたが、王女様を見つけ出すことはできませんでした。」
エステルはその報告を不機嫌そうな顔で聞くと、
「そうか、ご苦労だった。」
と淡々と答えただけで、ジルを伴いそそくさと部屋を出て行く。
この町の警備隊が無能なのは、既に分かっていた。彼らのように普段から呑気に過ごしている者に期待はしていなかった。そしてなにより、世論が王女側についていることを昨夜肌で感じていたからというのもある。あえて本気で探さなかったのではなかろうか。
町長宅を出ると、既にそこには二人の馬が用意されていた。
エステルとジルはそれにまたがり、馬上から町長へ一宿の礼だけを言うと、町長らの返事も聞かず、王都へと向かう道へ馬を走らせるのだった。
町長と警備隊長をその様子を見送ると、お互い顔を見合わせただけで、何も言わず苦笑いをして、いつもの持ち場へそれぞれ戻るのだった。
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王都カルカスソナーの王城の一角に、宰相ラファエル・デュモンの執務室がある。部屋の前は陳情に来た者たちが連日列をなしている。王城の中で最も人の多い場所だ。
陳情者のたむろする中、ずかずかと割って入り列を無視して執務室へ入っていく者がいる。一言文句を言おうとした者がいたが、その姿を見てすぐに諦めた。革の鎧に青いマント────竜騎士エステルだ。
「失礼します。」
エステルは凛とした声でそういうと深々と一礼をした。
ラファエル宰相は椅子に座りデスクの上の書類に目を通している。
当然、気が付いてはいるが、目を向けることもしない。
書類を一通り読み終わったところで顔を上げた。
金髪をオールバックにし、堀の深い顔と太い眉はまるで彫刻のように美しく力強い。その姿は神話の中で語られる英雄のようだ。まだ30歳と若く、この国の宰相としては最年少である。
「まだ、陳情を受ける時間ではないが・・・・・・。」
青い目で見つめられて、エステルはただ息を飲んだ。あの気丈な女性が、声を出せない。
「フフッ。エステルか、ご苦労だったな。で、首尾は?」
「・・・・・・。」
「どうした。報告をお願いしているのだが・・・・・・。」
「はっ。申し訳ありません。王女を宿場町ラングにて確認するも、"竜の魂"を使う少年に阻まれ、逃しました。」
さっきまで、涼やかな顔をしていたラファエルが一瞬眉をひそめる。
「確かに、先にクロードから"竜の魂"を使う者が王女の味方に付いたと聞いている。だが、だからこそお前たち二人を送ったのだが・・・・・・。」
穏やかな口調の中にも力強さを感じる。ラファエルの語りにはある種の畏れのようなものを他人に感じさせるものがあるのだ。それは意志の強さやカリスマ性というものだろうか。もって生まれたものなのだろう。
「それが、信じられぬことにその少年は"青の炎"を使うのです。何者なのか不明ですが、私たち姉弟よりも上の使い手でございます。」
「"青の炎?"見間違いではないのか?」
「いえ、以前ラファエル様がお使いになるのを拝見したのと同じでございました。」
「それは、ただ事ではないな・・・・・・。ついに来たか。そやつの狙いは、我が命かもしれぬぞ。」
「そんな何をおっしゃるのですか・・・・・・。」
「まあ良い。そいつの事はそのうち判明するだろう。して、王女は逃がしてしまったのだな。」
「は、誠に申し訳ございません。かくなる上はどのような罰をも受けまする。」
「つまらぬことを言うな。今回の失敗は指示をした私にある。負い目を感じるなら、より一層の忠誠で返せ。」
「はっ。ありがたき幸せ。」
エステルは深々と敬礼をする。
それを見届けた後、ラファエルは後ろを振り返り、執務室の奥にある来客用のソファに座る黒い姿の男に語りかける。
「話を聞いていたかクロード。」
黒く長い髪で、長身だが細身で青白い顔をした男がいる。彼がクロードだ。いつから居たのだろうか。エステルは全く気付いていなかった。
「はい。ラファエル様。」
「何か良い案はあるか。」
昨日セレーヌ達を襲った骸骨戦士を操っていたのがこの黒い姿の男|(=クロード)である。竜の体から魔法を生み出す研究をしている第一人者である。
彼には不気味な噂が多い。そもそも先の骸骨戦士でさえ、王国の為に殉じた兵士の遺体を利用していると言われているのだから、当然といえば当然だ。
「報告によると、まともに剣術でぶつかっても、残念ながらラファエル様を除いてその者に容易に勝てるものはいないでしょう。ならば頭を使い、策を弄するまでです。」
クロードの声は、力強さこそあるものの、暗く冷たい。ラファエルのものとは明らかに相反する。
「策か・・・・・・。なにか良い策があるというのだな?」
「はい。」
「しかし、肝心の王女の居場所も今は分からなくなっている。大丈夫なのか?」
「心配にはおよびません。作戦は相手の身になって考えるもの。私にはかの者の考えていることが手に取るようにわかります。居場所など分からなくとも、網を張っておけばかってにかかってくるでしょう。」
「そうか、頼もしいな。では今度はお前に任せる。」
「ありがとうございます。では、一つお願いがあるのですが・・・・・・。」
「なんだ。」
「そこにおられるエステル様をお貸し願いないでしょうか。」
その言葉にすぐにエステルは反応した。
「なにを!」
と思わす叫び、あからさまに嫌悪の表情を見せる。弟のジル同様、クロードの事を好いてはいないのだ。
ラファエルは殺気立つエステルを手のひらで制し、ゆっくりと諭すような口調でなだめる。
「お前の力が必要なんだ。エステル、協力してくれ。」
ラファエルに見つめられ、思わず目をそむけるようにして、エステルは小さな声で
「はい・・・・・・。」
と言って頷く。
「それと、ジルの事だが、怪我をしているそうだな。だからここで数日療養するといい。だが、その後別の作戦で力を貸してもらいたいと思っている。しばらく会えなくなるが、良いか?」
「はい。」
下を向いたエステルの表情が、いつになくしおらしいものである事に気づく者はいない。
宰相執務室の窓ガラスを雨が叩く音がする。雨は次第に強くなった。