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竜の魂   作者: 長月 四郎
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第4話 格の違い

 ロランは二人の竜騎士に連れられ、大通りへ出た。


 夕陽丘亭の前の大通りは、もうすっかり暗くなってはいたが、まばらではあるものの、まだ人影はあった。その人影に紛れてセレーヌが無事逃れていることをロランはただ願うのだった。


 それはさながら西部劇の決闘シーンのようであった。竜騎士のエステル、ジル姉弟きょうだいに、夕陽丘亭ゆうひがおかていから連れ出されたロランは、その前の大通りで姉弟きょうだい相対あいたいした。


 すっかり夜になっていたが、店の軒先の灯りや街灯、窓から漏れる部屋の光でお互いの姿は意外とよく見える。月明かりのお蔭もあるかもしれない。今夜は満月だ。


 「エステルねえ、ここは俺が相手する────いいよな。」


 「勿論もちろんかまわないさ。だけど、気を付けるんだよ。坊やも情報じゃ”竜の魂”を使えるんだ。この場合、お互いの得物の長さは関係ないよ。分かるね。」


 ジルが一歩前に出て、ゆっくりと────人の身長ぐらいはあるかという長大な剣を抜く。


 つられるようにして、ロランも折れた剣を抜き構える。この時、二人の距離は約5メートル────どちらも一歩飛び込んだだけで斬撃が届くという間合いではない。といっても、この場合、それぞれの剣の物理的な長さだけの判断ではあるのだが。しかし、両者には本当の間合いも分かっているようであった。


 緊迫した空気が流れる────。


 周りにはいつの間に集まったのか、十数人からの野次馬がいて、二人を取り囲んでいた。竜騎士の決闘と聞いて、知っているのか、魔法の火のとばっちりを受けてはいけないと、少し遠巻きに囲んでいるようである。


 「どうした、小僧。かかってこい!こっちは殺したりはしねえ。娘の居場所を吐いてもらわなきゃならないからな。ちょっと痛めつけてやるだけだ。しかし、なんだその剣はふざけてるのか。まあいい。稽古つけてやる。ほらっ来いよ。」


 ジルはそう言ってしきりに挑発しながら、徐々に間合いを詰めていく。


 しかし、この男の自信はどこから来るのだろうか。しくも姉エステルが指摘したように、この場合、互いの剣の長さは有利不利には関係がないのだ。”竜の魂”の炎によってジルもロランも、その剣先|(殺傷範囲)は実質伸びる。それがお互いどのぐらいの長さになるのか分からないが、実体としての剣の長さに比例するというわけでもない。そうなると、むしろ実体としての剣がより長大で重量のあるジルの方が、不利ともいえる。もっともジルはその長大な剣を小剣のごとく軽々と扱うのだが。どちらにしても、ジルの方が決定的に有利とはいえないだろう。


 「はやくやれ!」「兄ちゃん行け!」「竜騎士なんかやっつけろ!」


 ジルが挑発し、静寂な空気を破ったことで、それに呼応するかのようにこんな野次が各所から飛んだ。


 重税に次ぐ重税に、洪水、疫病の流行、作物は収穫できず物価は高騰────と庶民は苦しんできた。それらの元凶は為政者|(=宰相)であり、その為政者|(=宰相)の犬である竜騎士は、庶民にとっては潜在的な敵なのだ。

 

 二人の間合いが縮まる────。4メートル・・・・・・3メートル半・・・・・・。


 先に動き出したのはロランだった。堰を切ったように斬撃を繰り出さす。折れた剣先には、例のごとく折れた部分を補うかのように赤い炎が立ち上がる。「オオー。」という野次馬の歓声。その声をかき消すかのごとくロランはその炎の剣でジルと3合打ち合った。


 対するジルは涼しい顔をしながらロランの攻撃をいなして見せた。ジルの剣も炎を帯びている。しかし、ロランのそれとは異なる部分がある。それは炎の色だ。まるで太陽の光のように黄色く輝いている。


 不思議な戦いだった。剣同士が物理的にぶつかり合っているとう感じはなく、その周りを取り巻く炎と炎が激しくぶつかり合っているという感じだ。しかもそういう見方をすると、ロランの赤い炎はジルの黄色い炎にまるで弾かれているかのようであった。


 「クロードの奴の報告にあった通りだな。まあ、その歳でそれだけ使いこなせれば立派なもんだが・・・・・・。」


 ロランはこれはかなわじと悟り、小刻みに数歩下がって間合いをとった。ジルはふてぶてしくも軽く剣先を地面に突き刺し、それを杖のようにして右手で持って仁王立ちしている。


 いったい何が起こっているというのだろうか。


 「小僧、どこでその猿まねの技を覚えたのか知らないが、良い事を教えてやろう。”竜の魂”は鍛錬を続けることで進化する。初めは赤かった炎の色が、やがて太陽のように、輝く黄色に変わっていくんだ。不思議なことにこの赤い炎で黄色い炎を切ることは出来ない。つまり、俺はお前より上位にいるんだよ。格が違うってことだ。もっとも。剣さえ相手に届けば、炎の色なんて関係ないんだが、残念ながら剣技でも俺の方が上回っているようだな・・・・・・。」


 ロランはジルのその話を受けて、構えていた剣を鞘に納めた。


 観念したのだろうか。────いや、違う。


 左腰の鞘に納めた剣の柄を右手で握ったまま、腰を落とし、上体をやや左に捻って居合切りの構えに変えたのだ。


 戦意は全く失っていない。


 「まだ、やるのかよ。やっぱ、ちょっと痛めつけてやらんと分からんか。」


 そう言うと、ジルは地面に突き刺していた剣を引き抜き、軽く右肩に乗せるようにして構えた。


 再び空気が張り詰める────。


 「小僧。剣先隠して、伸びた炎がどこまで届くか、その間合いを悟られないようにしてるつもりか。無駄無駄、格下に俺は切れねえんだよ。分かってねえなあ。」


 先程と同様、ジルはそう言って話をしながら少しずつ間合いを詰める。これが彼の戦い方なのだろう。


 対するロランはじっと構えたままジルを睨みつけて、気を溜めるように静かにしている。


 お互いの間合いが十分に詰まったところで、ロランが緊張のあまりか二回ばかり咳をした。左手で一瞬胸を押さえる。

 

 「おいおい、どうした、小僧。」

 

 「あんた、鍛錬すると炎の色が変わるとか、言ってたな。赤の上が黄色だとか。その上は何色なんだ?」


 「なんだよ、心配してやってんのに。つまんねえ事言ってんじゃねえ。」


 この掛け合いをきっかけに、今度はジルが先に仕掛ける。右肩に乗せた剣をそのまま振りかぶって、ロランの左肩口目掛けて振り下ろす。ロランはそれに呼応するかのように、剣を抜き、その剣先を、振り下ろされるジルの剣に向けて振り上げる。ジルの重い一撃を剣で受けようというのか。

 

 その時、その場にいたものは、ロランの剣先からまるで竜の咆哮ほうこうのような轟音ごうおんが発せられるのを聞いた────。


 ロランの剣が青い炎に包まれる────。そう、それはまぎれもなく赤ではなく青!

 その青い炎が、振り下ろされたジルの剣を、真っ二つに切り裂いた。


 剣で剣を切る。炎で炎を切る。異様な光景────。


 ジルの切られた剣先は一瞬にしてその黄色い炎を失い夜空に舞った。


 「なんだと!」


 ジルがそう声を発する間に、ロランは返す刀でジルの体に切りかかる。ジルはもう、避けることは出来なかった。死を覚悟して元から細い目を更に細めて、青い炎の行く末を目で追う。しかし、それは途中で軌道きどうを変え、半歩踏み出していたジルの左足を掠めるだけにとどまった。左足に激痛が走る。だが、なぜ切られ(=殺され)なかったのだ?


 「俺にはあんたを切る理由はない。」


 「それより、教えてくれ。なぜ彼女を狙う。何が目的なんだ。」


 「お前こそ何者だ。なぜそんな力を持っている?なぜ、あの女の味方をする?」


 ロランの突然の大逆転に、辺りは一時いっとき静まり返っていたが、すぐに歓声に変わった。

 

 ジルは左足の怪我をかばいい、立膝をついた状態になって動けないでいる。そこへ姉エステルが駆け寄ってくる。


 「竜騎士がなぜ彼女を狙うんだ。宰相の命令なのか。彼女は一体・・・・・・。」


 ロランのその言葉に、答えたのはジルでもエステルでもなかった。野次馬の中からこんな声が上がる。


 「あのは王女様だ。」「こんな所に王女様がいるもんか。」「いや、あの顔には面影がある。宰相が王女様の命を狙っているという噂は本当だったんだ。」


 こんな殺伐さつばつとした話が上がったからか、辺りは騒然となった。さっきよりも人が増えている。さらには「竜騎士を追い出せ!」「王女を守れ!」と声が上がり騒ぎは広がる一方であった。

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