第2話 新たな追手
宿場町ラングは王都カルカス・ソナーの東に行くこと20キロの地点にある。その地理的状況のお蔭で、王都から旅するものが最初に寄る宿として、また、日没までに王都に着けないものが前泊する宿として、四方からくる旅人に使われていたために非常に栄えていた。今もラングの城門付近は、宿を求める旅人や、その旅人目当ての行商人などで溢れ返っている。ロランとセレーヌ、二人の姿はその中に違和感なく溶け込んで、やがて人ごみの中見えなくなった。
西の空はもう赤くなり、辺りは闇が支配しつつある。城門の先にある宿や屋台の軒先にはポツポツと灯りがともされていく。上空では一羽のトンビが数回輪を描いて、一鳴きして飛び去った。
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それから、約20分後。再び宿場町ラングを望む丘の上に、男女二人が訪れた。二人は共に馬に乗っている。勿論、ロラン達ではない。どうやらこの二人の方が、ロランとセレーヌの関係よりも親しい関係のようである。
「間に合ったみたいね。ジル。」
一歩先に行く女性の方が振り返って、後ろの男性にそう声をかけた。女性は年の頃は25ぐらいで、男性はそれより2、3歳若そうである。二人とも目が細いからか、普段から目付きが鋭い。どちらも灰色の葦毛の馬に乗り、革の鎧を着、その上に青いマントを羽織るという同じ格好をしている。はっきりと異なるのは両者の所持している武器で、女性は細剣を、男性は人の身の丈ほどもあろうかという長さの両手剣を腰に佩いている。二人が羽織る青いマントの留め具は銀で出来た飾りになっていて、中央に竜(ジラント)の彫刻が掘られている。これはカルカス王国近衛師団の、その中でも最強と言われる竜騎士団の一人であることを表している。そして竜騎士という名が示しているように、彼女等もまたロラン同様、”竜の魂”の使い手でもあるのだ。
そもそも”竜の魂”などという魔法は、一般人には使うことが出来ない技能なのだ。使うために必要となる媒体|(竜の鱗で作られた武器)を手に入れることさえ、一般人にとって簡単なことではないのだから。ほんの一握りの兵士、軍隊のエリート中のエリートである竜騎士となって、初めてその技能を学び、特殊な武器を与えられるのである。
「エステル姉。俺はどうも気に入らねえよ。なんで俺らがクロードの奴のミスの尻拭いをしなきゃならないんだよ。」
本当に使えこなせるのだろうかと思えるほど、長大な両手剣の持ち主は、そう言うと明らかにふてくされた顔をして馬を止めた。
二人の名は女性がエステル・セドランで男性がジル・セドランという。二人は姉弟である。二人の父親は意外にも軍隊出ではなく、王都の卸問屋を経営していたが、二人しかいない子供はどちらも後を継ぐことはせず竜騎士になった。しかし竜騎士は軍隊の中でもエリートであったから父親も怒りはせず、むしろ親戚中に子供たちの自慢をする程だった。まず姉のエステルが竜騎士になったことに憧れて、弟ジルも竜騎士になったと言われている。
「これはラファエル宰相直々の命令だよ。そんな風に思ってはいけない。さっきクロードの使い魔がラングの上空を舞っていた。先に報告があったように、獲物はあの町にいるに違いないよ。」
エステルは口調こそ厳しめだが、まるで母親であるかのような優しい目でジルを見つめながら説明した。ジルはそれでも駄々っ子のようにまだ納得いかない様子だ。
「なんでクロードは自分でやらないんだ。さっきだって俺らに報告したら自分だけさっさと王都に戻りやがった。」
「別に逃げた訳じゃないよ。ラファエル様へ直に報告するのと、新たな兵隊を取りに行くと言っていたんだ。」
「新たな兵隊?骨をあさりに戦死した兵の墓場にでも行ったのか。気色悪いやつだ。」
エステルはその言葉には、同意するところがあるようで何も返さず、ただ苦笑いをした。ジルはクロードという男のことが余程嫌いなようだ。ジルは常人には扱えないような長大な剣を振う言わば肉体派であるのに比べ、クロードも同じ竜騎士ではあるが、竜の牙を利用して作った骸骨戦士を遠隔操作したり、竜の眼を使ってトンビに似た鳥の使い魔を作り、上空から偵察をしたりと、ジルに言わせると”卑怯”な技能が多い。実際、クロードは慎重な性格で、直接戦うことを好まず、また、策を弄することが多かった。どちらかと言えば直情径行型ともいえるジルとでは、その性格や考え方からしても水と油なのであろう。
「ラファエル様もなんで、あんな奴(クロード)を重宝しているのか、俺にはよくわからん。」
調子に乗ってそこまで言って、すぐジルは「しまった。」という顔をした。
「ラファエル様の事をそれ以上悪く言うんじゃないよ。」
エステルは横目でジルを睨むとそう言って、停めていた馬の歩を進めた。ジルはしゅんとして黙って付いて行くのだった。
辺りはもうすっかり暗くなり、西の空のごく一部が赤みを帯びているだけだった。ラングの町は門を閉めても人を入れないということはしていないが、門番がすでに片方の門を閉じようとしていた。
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ロランとセレーヌは宿場町ラングの大通りを歩いていた。日没前の時間帯ということもあり、往来には我先にと宿を求める旅人が多い。二人も真っ先に宿を探していた。
城門から大通りを1分ぐらい歩いたところに広い交差点があり、その角に周りの宿より少し立派な夕陽丘亭という宿がある。二人がその宿の前にたどり着いた時、宿の前にいた呼び込みの男が寄ってきて声をかけた。セレーヌがその宿の前で一度歩みを止め、興味深げに眺めていたからである。
「御嬢さん。宿をお探しですか。安くて良い宿がありますよ。」
「えっ、このお宿ですか?」
セレーヌはその立派な見た目から、どうやら夕陽丘亭が気に入ったようである。
「いえいえ、この宿ではありません。そこの角を曲がってすぐの所です。でもこの宿と変わらぬくらい立派で、それでいてお安いですよ。」
そう言って呼び込みの男は、嬉々としてもう乗り気になっているセレーヌの背に、触れないようにして手を添え、「こちらへどうぞ。」と言って連れて行こうとする。
しかし、すかさずロランが割って入り、
「もう行く宿は決めいるので。」
と言ってセレーヌの手を引っ張っていった。
呼び込みの男はそれでも食い下がろうとしたが、ロランは腰の剣を強調する素振りをしてみせて追い払った。
そんなロランの態度に、セレーヌは不満な顔をする。
「なんで、断るのよ。」
ロランは軽くため息をついて答える。
「一応、教えておくけど、ああやって呼び込みしているような宿は、ろくな宿じゃないんだ。安いっていうのが嘘だったり、本当に安くても部屋にネズミなんかが出たりと酷い宿だったりするんだよ。それでもいいなら行ってもいいけど。」
「・・・・・・。」
「この国は重税につぐ重税で貧富の差が広がっている。だからこのご時世、旅をするのは金持ちか仕事で旅する商人ぐらいなんだ。どっちにしてもある程度金を持っている人達だから、安宿は客足が遠のいている。って、昨日泊まった宿屋の主が言っていた。だから土地勘のない無知な客を見つけては呼び込みして獲得しようとしてるんだよ。偉そうに言ったけど、俺も昨日失敗したくちだ。」
ロランがそう言って、照れ笑いをするとセレーヌは不満そうな顔を止めはしたが、笑いはしなかった。むしろ何かに気を病んだような顔をした。
「そう、悪政がこんなところに影響しているのね。────さあ、気を取り直して良い宿探しましょ。」
「もう見つけてるよ。この宿にしよう。」
そう言ってロランが指差したのは、夕陽丘亭であった。
「本当にここでいいの?でも、立派過ぎて人目につかない。客も多そうだし。」
セレーヌは、やはり笑顔こそ見せはしないが、自分の気持ちをロランがそれとなく汲んでくれたことに喜んでいるようで、それが声に現れている。
「いや、ここが良い。勿論、単純に立派な宿だってのもあるけど、角にあるからか入口が二つあるのが良い。万が一、追手に追われた場合に、逃げやすくなるだろ。」