第1話 夕陽が見える丘
「炎の剣?竜の魂?あなたは・・・・・・?」
少女は肩の力を抜き、短剣を構えるのをやめた。眼差しも少し穏やかになっている。
言外にロランの使った技能についての造詣を感じるのは気のせいだろうか。
竜の鱗から作った武器は、使いこなせる者が使えば炎(魔法)を発することが出来るという程度の知識は、この世界に生きるものなら誰でも持っている。その力を”竜の魂”と呼ぶ事も然り。ましてや彼女は骸骨戦士が通常の武器では容易に倒せないことを知っていたのだから、むしろこの手の話には詳しくても不思議はない。
ロランは彼女の質問には答えず、
「やつら(骸骨戦士)は、この先にはいないはずだ。もう引き止めはしない。」
と返すのみだった。彼女の経緯に興味を示さないのだろうか。
さっきまで炎をまとっていたロランの剣は、既にその名残も無く、普通の刀身(と言っても先は折れたままだが)に戻っていた。ロランはその刀身を無造作に鞘に納めると踵を返し、元々向かっていた王都カルカス・ソナーへ向かう方角へと、歩き出すのだった。彼女を置き去りにして────。
すると少女は慌ててロランの後を追って、
「ちょっと待って。待っててばぁ。」
と同じ速度でついて行くのだが、ロランは素知らぬふりをして歩き続ける。だが、彼女も引き下がらない。
「ちょっと待って。お願い、話を聞いて。私を国境まで護衛して欲しい。いくらでもお金は払うから。私にはあなたのような力(竜の魂)は無いの。だから・・・・・・、だからお願いします。」
ロランは立ち止まり、つられて少女も立ち止まる。
「俺は王都へ急いでいる。国境といったら、全く逆方向だ。悪いけど一緒に行くわけにはいかない。」
ロランは本当に困ったふうな顔をした。とはいえ今は、骸骨戦士を倒したときのような鋭い目付きからは、想像もできないほど穏やかな目をしている。案外やさしい心の持ち主なのかもしれない。
「それじゃあ、近くの宿屋まで護衛して。もう暗くなってきてるし。いたいけな少女一人じゃ危険でしょ。」
少女はそう言うとロランの前に踊り出て、ロランの顔をのぞきこむようにして見上げた。
二重の瞼に黒く大きな瞳、その瞳は少し潤んでいるようにも見える。ロランは思わず目をそらしてしまった。
「このまま国境へ向かっても日没までに着くことはできないわ。あなただって、このまま王都へ向かっても着く頃には日が暮れていて、城門は閉められているから中には入れない。王都は、守衛が厳しいから日が暮れてから中に入れてくれることなんて絶対にないの。それに最近、王都の付近は夜、魔物が出るっていう噂だし野宿は危険よ。」
少女は相変わらずロランの顔を見つめ続けている。ロランは目をそらしながらも、そんな彼女の視線を感じていた。
「このまま進むと道が左右に分かれているの。そこを右に行けばあなたの行きたい王都だけど、左に行けば一時間足らずで宿場町に着く。どお、そこまでならいいでしょ。あなたもその町へ行かないと今夜の宿にありつけないし、私にとっては国境へ向かう方角だし、なにより、少なくとも明日の朝までは危険な目に遭わないで済む。これって名案じゃない?」
少女は今度は明らかに嬉しそうな目をして微笑みかける。まったくこの女性は泣いたり笑ったり忙しい。
ロランは少しわざとらしく、ため息をついてから、
「分かった。その案に乗る。」
と言ってみせた。
「ほんと?ありがとう。それじゃあ、宿代は私持ちとして、護衛代を別に払うわ。いくら払えばいい?」
「いらない。宿代も自分の分は自分で払う。」
「え?いいの?それで・・・・・・。」
「道案内してくれるんだろう。護衛代は道案内代で十分だ。それに、どんな目的かは分からないが、どうせ国境まで行っても、きみの旅は終わりじゃないんだろう?だったら、お金はいくらあっても足りないんじゃないか。」
ロランは少女の笑みにつられて自分も微笑んでいることに気づいているだろうか。
「ありがとう。優しいんだね。あ、そうだ。まだ名前聞いてなかったわね。あなたの名前は?」
「ロラン・バレーヌ」
「いい名ね。私はセレーヌよ。えっと、セレーヌ・マルシェ。よろしくね。」
ロランは軽く頷くだけで、何も言わず、いや言えなかったのか、なんだかバツが悪そうで、
「それじゃ、早くその宿場町へ向かおう。日が暮れないうちに着かないと。」
と言い勝手に歩き出すのだった。
先程まで街道には二人以外の人影は見当たらなかったが、日没までには帰ろうと、地元の農民たちが農具を片手に家路に急ぐ姿がちらほらと見受けられるようになっていた。遠くの丘の上には牛を引く農夫の姿も見える。なんとものどかな風景────。
しかし、その風景の奥くから新たに追跡してくる殺意の影を、二人はまだ知る由もなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
男女二人の旅人が、ラングという名の宿場町が臨める丘の上までたどり着いた。二人の様子は連れというには、まだ少し余所余所(よそよそ)しさが感じらる。
ロランとセレーヌである。
「どうやら日没までには、間に合ったようだ。」
と高い城壁に囲まれた宿場町ラングを見下ろしながらロランが言う。セレーヌは微笑みで返した。
「ありがとう、ロラン。私の速さに合わせてくれてたんでしょ。本当はもっと早く着けたのに。きっとロラン一人なら王都にも着いていたかも・・・・・・。」
太陽の光がほんのり赤くセレーヌの横顔を照らしている。
「あのまま、王都に向かっても日没までには間に合わなかった────はずだろ?きみのお蔭で危険な野宿をしなくて済んで、感謝してるよ。」
「・・・・・・。」
セレーヌは何か言いかけたが、結局何も言わず、ただ軽くうつむくのだった。
ロランは構わず歩き出す。セレーヌもそれに付いて行く。二人の距離は少しは縮まったのだろうか。
ロランは不図考えた。「セレーヌは誰に追われているのだろうか。骸骨戦士のような異形の魔物に追われるなんてことは、普通ではあり得ない。」ロランは後ろから離れず付いてくる彼女の顔を、まるで何かを確認するかのように見つめる。
彼女は突然のことに少し驚いたようで、
「ナニ?」
と怪訝そうな顔をした。
「いや、なんでも無いよ。ちゃんと付いてきてるかと思って・・・・・・。」
ロランはそう言うと、また前を向く。「そもそも自分だって、王都に行く目的も自分の事も何も話していないんだ。秘密はお互い様だ。何より、今彼女は助けを必要としている。これは事実だ。だから出来る事はやってあげないと。まだ自分には時間があるはずだから。」
ロランは無意識に自分の胸に手を当てていた。何か痛むのか、一瞬辛そうな顔をしたが堪え、むしろ以前より胸を張った。