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竜の魂   作者: 長月 四郎
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序章 燃ゆる魂

 これは魔法や魔物の存在が現実のものとして認識されている世界での話である。


 ドラゴンの体(鱗など)は特殊な金属のような素材で出来ていて、これを原料にして鍛えた剣や槍が魔法を使うための媒体となることが、一部の者の間で既に知られていた。

 火を吐く竜がいるように、竜の鱗から作られた剣を人が使用することで、そこから火を発することが出来るようになるという訳である。それは人間にとっては、まさに魔法であり、その剣はまさに魔法の剣という訳だ。しかし、誰でも簡単に使えるわけではない。使用者の「精神力=魂」があるレベルまで鍛え上げられてこそ魔法は発動するのである。


 人はそれを”竜の魂”と呼んだ。

 

 カルカス王国の王都カルカス・ソナー(カルカスの勝利の鐘)へ向かう東の街道を、一人の少年が足早に歩いている。少年の名はロラン・バレーヌ、歳は18である。

 ロランは一般の旅人の態をしていた。だが、見た目に少々違和感もあった。腰に佩いている剣(バスタードソード)が旅人にしては、いささか物々しく感じられるからだ。と言っても許容範囲ではある。最近は王都の付近といえど野盗や魔物が出没するという噂だ。彼のような少年が外出するのに多少の武装していても、それ程おかしくはないのかもしれない。ただ、この付近の住民が王都へ向かうのに、わざわざ武装してはいないのだから、比較、彼がよそ者であるという印象は拭えないだろう。


 今、ロランの歩いている街道のこの付近は、よく整備された平らな道で4、5人が並んで通れる程の幅があった。しかし明るくはなく、両側は深い森であるため、昼間であっても薄暗く、秋に差し掛かったばかりの季節にしては肌寒かった。通常、森林浴などと言われるように森の中を歩くは気分の良いもののはずだが────。この時のロランは、ある種の違和感から全く逆の感想を持っていた。


 「この森は静か過ぎる────。早く抜けた方が良さそうだな。」


 ロランはそう独り言を言って、まるで何かに急き立てられるかのように更に歩みを速めるのだった。

 

 そこから、数十メートルも行かないぐらい先で道は右に折れ曲がっていた。その先は森が少し開けていてその先は明るかった。


 ちょうど、その曲がり角の手前にロランが差し掛かった時である────。


 光の中から、一人の少女が風を伴って目の前に飛び出してきた。


 少女は驚いた表情を見せ、咄嗟とっさに半歩退いた。

 

 「あ、あなた────追手?」


 少女は散々走ってきたのだろう。肩を激しく上下させている。鋭い目つきでロランをにらみ、右手に持った短剣の切っ先をロランの眉間みけんに向けるのだった。

 ロランは突然のことで何事か理解出来ていなかった────。が、とにかく敵ではないと示すために手のひらを向け両手を挙げ「違う。」と短く返した。


 「そう、ごめんなさい・・・・・・。」


 そう言うと少女はロランに向けていた鋭い視線をそらし、一つ深く呼吸をした後、何か決意をしたかのようにして彼の側を駆け抜けていく。


 年の頃はロランと同じ位であろうか。ロランには彼女が去っていく際に起こした風が、爽やかな花の香りを運んできたように感じられた。彼女は「追手」と言っていた。誰かに追われているのだろうか。見た目は彼女も旅人と言っていいような動きやすく地味な服装をしていたが、武器を手にしていることから、この辺の住民というわけではなさそうだ。そもそも「追手」と言っている以上、彼女自身が罪を犯して逃げているということなのだろうか。しかし、野盗や盗賊のような罪人には見えない。どこか凛とした雰囲気を漂わせているからだ。


 ロランはその少女の事が気になった────。そして 何より、彼女の行く手について言っておかなければならない事がある────。だから彼は彼女を目で追うようにして振り返り叫んだ。


 「待て!!それ以上行くな!!」


 突然の大声に、少女はビクッとして立ち止まる。まだロランから離れること数歩の距離であった。少女は黙って大声の主|ロランを顧みる。呼吸が乱れている。立ち止まったのは急に呼び止められたからというだけではないのかもしれない。どちらにしろ、これ以上走るのは無理だったのかもしれない。

 

 「ハア、ハア────何の用?やっぱり、あなた、追手だったの?」


 ようやく少女がそう口にした時には、すでにロランは彼女のそばまでたどり着いていた。そして、まるで彼女の声を無視するかのように彼女の脇を通り過ぎ、今度は静かな口調で言うのだった。


 「この先に行ってはいけない。この先には・・・・・・。」

 

 ロランがこの先と言っているのは、さっきロランが通って来た道の事である。その時ロランは何か見たというのか?


 「この先に何がいるって・・・・・・。」

 

 少女はロランに問いかけようとしたが、途中でやめた。


 答えが目の前に現れたからである。

 

 ついさっきまで鳥の鳴く声が遠くで聞こえていたのだが、今は森の中は死んだように静かである────。そして太陽に雲がかかり、徐々に辺りを暗くしていく────。

 

 ロランは少女を庇うようにして背を向けたまま前へ出る。目の前に見える異様な光景に彼の目付きは鋭くなり、そして嫌悪の表情を見せた。

 

 森の木々の合間から彼らの前に現れ出たのは3体の兵士────それも白骨だけとなった異様な姿の兵士である。皆一様に右手に剣(ブロードソード)と左手に円形の盾を持ち、カタカタと乾いた骨同士がぶつかり合う音を鳴らしながら近づいてくる。一見ぎこちなく見えるその歩みは決して遅くはなかった。

 

 「竜の牙か。噂は本当だったんだな。」


 ロランはまるでそのカラクリを知っているかのようであった。確かに、竜の牙を人間の骨に埋めることで、あたかも生きた人間のように操ることが出来るという魔術があるという噂はある。これも”竜の魂”の一種なのだ。

 しかし、いくら事情を知っていたとしても、普通の者ならその光景を目の当りにしたら、たじろぐであろうに、このロランという少年は、そんな素振りは一切見せず、むしろ勇敢にも腰に佩いていた剣(バスタードソード)を抜いて、応戦する構えを見せた。

 

 使い古されたそのロランの剣は、見た目にも古ぼけていてお世辞にも立派なものとは言えなかった。いや、そんな全体の雰囲気はどうでもいいのだ。それよりもっと決定的な欠陥がその剣にはある。その刀身の先3分の1が事もあろうか折れて無くなっているのである。本来長剣と呼ばれる類の剣だが、これではその機能をなしていない。流石に錆びてはいないようだが、なんとも心許ない。というより、こんな折れた剣で戦おうなんて、滑稽でさえあった。


 「あなたには無理よ。そこをどいて。やつらは普通の武器では簡単には倒せない。ましてその剣?奴等の狙いは私なの。だから、あなたは逃げなさい。」


 少女は再び自分の短剣を体の前へ掲げ、さらに何かを抑えるかのように左手をその剣の柄に添え、両手で構え直した。

 

 ロランは軽く振り返って彼女のそんな姿に一瞥をくれると、


 「きみの方が勝ち目がないさ。手が震えてる。」


 と言って、左足で地面を蹴って軽く跳躍し、骸骨戦士達の前へと躍り出るのだった。

 少女は自らの両手を見る。それは確かに震えている。しかし、それでも顔を上げ、再びロランを止めようと声をかけようとするのだが、もう遅かった。


 ────すでに先頭の骸骨戦士1体が、剣を振りかぶってロランに襲いかかろうとしていた。


 ロランは、右手に構えた剣の、七割しか残されていない刀身を横に傾け、木こりが斧を木に打ち付けるかのようにして迎え撃つ。


 万事休す────。


 少女は思わず目を背ける。


 その時「ボッ」というマッチで火をつけたような音がして、続けてそれが爆風に煽られたような音に変わった。


 少女は見た。両手を交差したまま剣を構える少年とその前で体を上下真っ二つにされて崩れ落ちる骨の塊を────。


 骨の塊は切り口から静かに灰になって行く────。

 後に残された持ち主のいない剣と盾が、むなしい金属音を立てて地面に落ちた。


 「うそ・・・・・・。」


 仲間の1体がやられても残り2体の骸骨戦士は全く怯む様子はない。元は人間だったのだろうが、こうして骨だけで復活した今は、やはり感情は持ち合わせていないようである。それでもロランの事は敵とみなしているらしく、今度は2体が左右に展開し、そろって同時に襲いかかって来るのだった。


 少女は今度は一部始終を見届けようと思い、目を背けようとはしなかった。


 左右からタイミングを合わせ同時に遅いかかって来る骸骨戦士に対し、ロランは剣を振りかぶって上段に構え、


 「しゃらくせえ!」


 と言いざま斜めに振り下ろす。


 しかし、まだ間合いは遠い。例え彼の剣の刀身が折れていなかったとしても、その剣先は対象物には届かない距離だ。


 剣は振り下ろされる途中、やはりまた発火したような音を放ち、その瞬間から刀身は赤い炎を纏った。赤い炎はまるで失われた刀身を再生するかのようにグングン伸び、一瞬にしてその炎は折れる前の刀身の2倍の長さに達する────。そう、これなら十分届く。その炎の大剣は、左右から来る骸骨戦士を赤い一筋の光で、まとめて一刀両断にした。


 2体の骸骨戦士はロランの炎の大剣の前に、成す術もなく、前の1体同様、切断面から灰と化して断末魔の悲鳴を上げることもなく静かに消えていく────。


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