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002話

○第一章・002




『…………も、仮にも恩人だ……男だからって、放っとく…………』

「……う、ぅん?」


 浮上していく意識を覚醒させ、玲斗はうっすらと目を開ける。直後、強烈な光に顔をしかめた。


(あれ? デジャブ?)


 数十分前に味わった雰囲気に首をかしげながら、腕を突いて上体を起こした。


「……そうよ、これは試練」

「う、おはよ」

「きゃぁぁああああ!!」


 突如耳元で上がった金切り声に、玲斗は跳ね起きた。くわんくわんする耳を押さえ、うっすら涙が浮かぶ目で犯人を睨み付ける。


「……こんなエグい起こし方初めてだぞ?」

「ごっ、ゴメン」


 玲斗の目の前には、五体満足でしゅんとなっている少女の姿。衣服にところどころ傷や血痕があるが、問題は無さそうである。日の高さもそれ程変わっていなかったので、少し寝ていただけだろうと当たりを付けた。


「ま、安眠は守ったからよしとするか……」


 ぽつりと呟くと、玲斗は思考を切り替えた。必要なのは、情報。脳内を整理する玲斗に、少女は申し訳なさそうな声で話しかけた。


「え、えっと。私はフェルシア=インクラット。アンタ、名前は?」

「…………早瀬、玲斗だ」


 先手を取られた玲斗は、僅かに狼狽した。不審がられることは分かっていたが、返答に詰まる。偽名を使おうかとも思ったが、流暢に日本語を話す西洋風美少女は、明らかに違和感があった。


「ハヤセ、レイトね。分かったわ。さっきはありがとう、ハヤセ」


 屈託のない笑みを浮かべるフェルシア。不覚にもドキッとしてしまう玲斗。久しく下心丸出しの大人達と、機嫌を損ねないように接するクラスメイトの愛想笑いしか向けられていなかったから、当然であろう。


「名前で呼ぶんだから、私のこともフェルでいいわ」


 そんな青春男子の葛藤を無視して話を進めるフェル。しかし、その言葉の中に、玲斗は違和感を覚えた。すぐに正体に気付いたので、声が裏返らないよう留意しつつ、口を開く。


「悪い、名前が玲斗で、苗字が早瀬なんだ」

「え、そうなの? じゃ、改めてよろしく、レイト」

「ああ、こちらこそよろしく」


 特に問題なく自己紹介が終わったので、早速質問してみることにした。


 完全に身体を起こし、その場に胡座を掻く。


 飛び散っていた魔物の鮮血もいつの間にか消え、辺りは焼け焦げた草以外は元に戻り、穏やかな木漏れ日が差していた。


「ところでフェルさん。ここは何処?」

「さん付けなんて止めてよ、くすぐったい。え、っと、たぶん学園の東側じゃないかな」

「学園?」


 玲斗は森の中に学校があるのか、と思いつつ繰り返した。そんな彼に、目を丸くしながらフェルは問いかける。


「レイトは学生なんじゃ……あ、じゃあ旅の人? うーん……」

「……何か問題が?」


 腕を組んで形のいい眉を寄せるフェルに、困惑して尋ねた。


「改めて聞くけど、依頼を受けて来たわけじゃないのよね?」


 頷く玲斗。すると、フェルは一層眉をひそめた。


「ここは学園――クロラケス魔法騎士学園の所有してる森なのよ。学園に入学してる生徒なら、多少は勝手に魔物を倒しても問題は無いんだけど」

「つまり、俺は人様の土地を荒らした不埒者、ってこと?」

「悪く言えばそうなるけど……。仮にも襲われたわけだから、情状酌量位は認めてくれるんじゃないかな」


 若干、土地に使う神経が過剰なように玲斗には思われた。


(土地、領土……いや、本来の目的は魔物の管理か)


 魔物の特徴を思い出す玲斗。魔物を討伐すれば、お金が直接手に入る。これだけ考えると、魔物を倒し続ければ簡単に富豪になれるように思われる。けれど、それはゲームの話。無尽蔵に魔物が湧き出てくるゲームとは違い、嫌にリアルなこの世界では、魔物の生殖数にもある程度の法則性があるのだろう。有限数の魔物に宿る、現金。


 そこまでたどり着けば、その後の展開を予想するのはそう難しくないだろう。


 無法地帯の土地では当然のように、魔物の乱獲が始まる。強力な魔法が使える者――主に貴族や王族などの高所得者によって貨幣が独占される。強者の懐は雪だるま式に温かくなり、貧しい人々は収入が得られず、やせ細るしかない。


(だからこその、『所有権』か。厄介だな)


 玲斗に原作知識があるとは言え、ここまでの洞察力は目を見張る物がある。しかし、見抜いたところで状況が好転するわけがなかった。


「一先ず、学園に連れて行ってくれないか。謝罪した方がいいだろ」


 提案して立ち上がると、「分かったわ」とフェルも後に続く。


 玲斗は辺りを見回し、愛銃Mk-23と白の鞄を探した。拳銃は特に異常は見られず、鞄は幸いにも戦闘に巻き込まれた様子はなかった。安全装置をかけ直し、鞄を肩に掛けて背負う。振り返ると、フェルが腰を屈め、ふた房の毛を手に取っていた。


「それは?」

「あの狼の尻尾よ。一応、戦利品は取っておきたいしね。これ、鞄の中に入れてくれない?」


 玲斗は手を伸ばし、尻尾を受け取る。陽光に煌めくグレーの毛は、絹のように滑らかで、思わず溜息をついてしまうほど温かだった。鞄の蓋を開け、形が崩れないよう丁寧に仕舞う。


「行きましょうか。また別の魔物に襲われるかもしれないしね」

「そんなにたくさん出るのか?」

「入学試験が昨日まであってね。試験中は狩りが禁止されるから、魔物も多少だけど多いのよ。繁殖期に入る頃だから、魔物達も気が立ってるだろうしね」


 フェルは一抹の迷いもなく、草木の間を縫っていく。その動きは身軽で、玲斗は周りに咲く色とりどりの花や、瑞々しく輝く若葉に目を向ける余裕はなかった。眼前で規則的に踊る、ひと房の艶やかな赤い髪に付いていく。


「レイトは何処から来たの?」

「…………」


 至極当然の疑問だったが、玲斗にはこの上なく聞いて欲しくない質問だった。折角警戒心を抱かせなかったのに、「異世界から来ました」などと言って精神異常者扱いされてはたまったものではない。


「……え、っと」

「あ、ああ、いいのよ。言いたくないことは言わないで」

「助かるよ」


 言い渋る玲斗に、フェルは慌てて付け足した。願ったり叶ったりだったので、少し後ろめたさを感じたが、有りがたく逃げさせてもらった。


 しかし、それっきり口をつぐんでしまったフェルに、段々罪悪感が込み上げてきた。玲斗は柄にもなく雑談を開始することにする。


「フェルの胸――」


 もの凄い勢いで睨まれた。


「――に付いてる紋章は『王立騎士団』の物なんじゃないか!!?」

「え? あ、言ってなかったっけ?」


 猛烈に勘違いされ、玲斗は冷や汗を掻きつつ早口に言葉を紡ぐ。少し過剰すぎないかと思ったが、玲斗の失言だったのも事実だ。


 聞き終えたフェルは気まずそうに頬を掻いた。フェルは綺麗な『回れ右』をし、踵をそろえて流れるように敬礼する。


「私は『ミューガイト王国立魔法騎士団第一中隊一等騎士』フェルシア=インクラットです」


 違和感は、確実に潰す。それが、玲斗の信条だった。


「フェル、ここはグリーズ共和国なんだよな?」

「ううん、ミューガイト王国領内だよ」


 訝しげに否定するフェル。玲斗は記憶をたぐり寄せながら口を開いた。


「ちなみに、さっきの魔物の正式名称は知ってる?」


 フェルは左右に首を振った。


「あの魔物《四つ目狼》は、グリーズ共和国領内の森でしか現れないんだ」


 ゲーム本編での物語終盤。グリーズ共和国奥地に位置する首都鳩続く道程に、一本の大河とそれを取り囲むように森が広がっている。その密林の奥地に生息しているのが、《フォウアイズ・ウルフ》こと《四つ目狼》。ゲームバランスから、相当レベルの高い魔物だった。強靱な爪の攻撃で一気にHPを持って行かれた記憶は、そう昔のことではない。


 凶悪な魔物が外国に流れた、というのは、問題であろう。


 しかしフェルは、別段気にした様子はなかった。


「共和国の魔物が紛れ込んだのね。危険ではあるけど、そう言うことは偶にあるのよ」

「……そうか」


 玲斗は僅かに引っ掛かりを覚えたが、輪郭が上手く掴めない。思案する内にも、二人は森を西へ、西へと進んでいく。


「もうすぐ着くわよ」


 声に意識を外へ向けると、次第に土地が開けてきていた。玲斗は前方へ目を凝らす。低木のトンネルをくぐった先。


「…………おぉ」

「学園の城壁よ。壁に沿って進めば、門に着くわ」


 巨大な壁がそそり立っていた。


 薄墨色の石で組み上げられた城壁は、十メートルほどの高さがある。玲斗は父の仕事に付いて行った時、世界中で様々な建築物を見ていたが、思わず感嘆の声を漏らしてしまうほど立派な物だった。


 しばらく歩いた後、これまた立派な門をくぐって敷地に入る。意外と近かったか、と玲斗は思ったが、すぐに肩を落とした。目の前には青々とした芝が生えた広大な庭が広がっている。建物は影は見えるものの、まだかなり距離がありそうだった。


「今更だけど、勝手に入ってよかったのか?」

「何が?」

「いや、スパイかもしれない人間を簡単に入れてしまっていいのかと」

「レイトって、実は密偵だったりするの?」


 横に首を振る玲斗に、可笑しそうにフェルは笑った。変なことを聞いたかと思い返したが、特に思い当たらない。事実、門の衛兵は玲斗の格好を物珍しそうに観察するだけで、特に持ち物検査もせず通してしまったのだ。


 何の気なしに見た頬笑むフェルの横顔は華のように美しく、玲斗は動揺しかけた。しかし、板に付いたポーカーフェイスで無表情を通す。


「戦争も終わってから長いし、外交も問題無いからね。あれでも一応、チェックはしてるのよ?」

「……そうは見えなかったんだが」

「うーんと、衛兵の一人さ、眼鏡掛けてたの覚えてる?」


 玲斗は先程の兵士を思い出してみた。赤を基調とした服装に、鉄製の鎧と盾を装備した二人。右手に持つ槍までは同じだったが、確かに一人は銀縁の眼鏡を掛けていた。


「あれは魔法具の一種で、魔力の流れが見えるのよ」

「成る程。それで持ってる金額を計るのか」


 結晶は言わば魔力の塊だ。大量に持ち込めば、それだけ危険度が上がる。


「お、察しがいいわね。でも、もう一つ。レンズを通して見た人の、潜在魔法能力まで見られるの。レイトはその数値が低かったから、お咎め無しだったんじゃないかな」


 ――潜在魔法能力。


 おそらく《四つ目狼》との戦闘時、玲斗が中級魔法を使えなかったことと関係があるのだろう。数値はやっぱり低いのかと若干落ち込んだが、玲斗は「警戒心を抱かせないならいいか」と思考を切り替えることにした。


「そうか、道理で……何か妙に視線を感じるんだが」


 校舎に近付いてきたためか、そこかしこに学園の生徒が見受けられるようになった。紺色のローブを纏った少年少女が玲斗達を見て、声を潜めている。大方、自分の黒髪や服装が珍しいのだろうと無視していたが、玲斗はその中に異質な物を感じた。


 一つは、見も凍るような冷酷な視線。男子、加えて一部の女子から放たれるそれは、玲斗を串刺しにした。視殺でもする気だろうか、と思わず身を竦ませる玲斗。もしかしなくても、原因はフェルだろう。整った顔立ちにメリハリのいいスタイル、加えて性格も申し分ないと来れば、人気が出ないはずがない。


 しかし、あと一種。嫉妬とは違う、むしろ好意的な感情のはずなのに、何故か冷や汗が止まらない感覚。


『……フェル様の隣にいる人……男性、よね?』

『いえ、フェル様が汚らわしいオス共とあんな親しげに言葉を交わすはずがないわ』

『そうね……それじゃあ、あの方は』

『黒い髪、白い肌、長いまつげ、大きな瞳……成る程ね』

『ええ、間違いなく』

『『『黒髪の美少女』』』


「何でだよ」


 慣れたか、と問われれば、慣れたと玲斗は答えるだろう。


 生まれてこの方、初対面の人に聞かれる最初の質問が『性別』である玲斗。自分の顔に嫌気がさすことは何度もあったが、「どうしようもない」と最近では割り切れるようになっていた。しかし、割り切ることと気にすることは別問題で。


 異世界でもこれか、とかなり落ち込んだ。


「……今更だけど、レイトって、男子だよね?」


 膝から崩れ落ちそうになった。


 玲斗は流石に冗談だと思ってフェルを見たが。目が笑っていない。


「…………勘弁してくれ」


 さめざめと泣いて困らせてやろうかと、割と本気で考えた時。


 眼前にそびえる建物に気が付き、玲斗は絶句した。


 西洋風の建物は、城と言うよりはとてつもなく巨大な屋敷に近い外観だった。東西南北、十字に煉瓦で校舎が組まれ、それぞれ四階ほどの高さがある。各方位の先端を曲線で結べば、野球ドーム一個分ほどの大きさは優にあるだろう。直方体二つが垂直に交わった交点は、周りの倍の高さがあり、屋根の頂点には蒼い旗――ミューガイト王国の国旗が、春の風になびいていた。


 しかし、玲斗が思わず立ち止まってしまったのは、このためではない。


(この建物……『マジック=マネー』では『宿屋』だったはず。それが、何故ここに?)


 臨海に位置する港町の一角に、確か似た風貌の宿屋があったはずだ。当然この校舎より小さく、国旗もなかったが。


「付いてきて。学園長室に案内するわ」


 呆ける玲斗に声を掛けると、フェルは東に延びる校舎に消えていった。


 背中に刺さる視線に背を屈めつつ、玲斗は後に続いた。






 四階まで普通の階段で上がった後、長い螺旋階段を登り、一番奥の扉の前に行き着いた。


 ノック。


「……どうぞ」


 玲斗の背丈の倍ほどもある壮大な両扉の中から、胴間声が届いた。


 一瞬、「げ……」とフェルの頬が引き攣ったが、コホンと咳払いして。


「失礼します」


 と、気を取り直した様子で取っ手を掴んで、引き開けた。フェルの肩越しに室内を見渡す。木造の落ち着いた雰囲気の室内には、左右に天井まで届く本棚が並んでいた。綺麗なものや、ぼろぼろなもの、様々な背表紙が整然と並べられている。部屋の中央、深紅の絨毯が伸びる先には木製の大きな机が置いてあり、その奥には観葉植物に囲まれた窓から、西に傾きかけた太陽が覗いていた。


 学園長室、と言うより書斎のようだと玲斗は思った。部屋には、たった今入室した玲斗とフェルの他に、二つの人影がある。


「フェルシア=インクラットです。ただ今休暇を終え、学園に戻りました」

「……そうか。そして、その……人物は?」


 言い淀む、先程の胴間声。絶対性別が分からなかったんだな、と内心で怒ったり嘆いたりと忙しかったが、玲斗は努めて無表情のまま、口を開いた。


「お初にお目にかかります。はや……レイト・ハヤセと申します」


 名乗りを上げ、頭を下げる玲斗。名前で一悶着起こすのも面倒だったので、先手を打っておいた。フェルの横に並んで、二人の人物の返事を待つ。


「自分はエドガー=クルツ。当学園の秘書を務めている」


 重低音の声の持ち主で、如何にも戦士という立派な体格を持つエドガーは、事務机の脇に直立している。腰につっている両手剣も、彼の体格のためか一回り小さく見えるほどだ。顔の彫りは深く、ツンツンした金髪が似合っている。琥珀色の瞳が油断無く、鋭い目つきで玲斗を観察していた。


 その左隣。ゆったりとした革製のソファに腰掛け、初老の男性が腕を組んでいる。深い青色の瞳が、玲斗達に向けて優しげに細められていた。顎には白い髭を蓄え、ロスマングレーの髪をオールバックに撫で付けている。


「ようこそ、我がクロラケス魔法騎士学園へ。儂が学園の長、イヴァン=ゴールじゃ。さて、早速じゃがレイトとやら。用向きを聞こうかの」


 先を促され、先ずはフェルが、魔物に追われるようになったいきさつを語った。


「私と同行していた、王都に向かう旅団が魔物に襲われたんです。私は殿を買って出て、魔物を引きつけて逃げる内、森にいたレイトと出会いました」


 森、学園、そして王都キャスティーンは、一直線上に並んでいる。フェルは森の向こう、レイグの街から旅団とともに学園へ向かっていたらしい。


 玲斗は森でフェルと出会ったところから話を引き受けた。異世界から来たことは巧みに隠しつつ、《四つ目狼》に襲われたことを大まかに話す。途中、自身の身の上は『両親を亡くし、放浪中の身』で通すことにした。


 話が進むにつれてエドガーの表情が曇っていくのが見て取れ、玲斗は背筋に冷たい物を感じた。室内に不穏な空気が広がっていく。落ち着かないのか、フェルもそわそわしており、最後に玲斗が鞄の中から《四つ目狼》の尻尾を取り出した時。


 鈍い金属音が室内に響いた。


「貴様、やってくれたな……」


 殺気の発生源であるエドガーが身の丈ほどもある分厚い両刃剣を片手で操り、切っ先を玲斗に突きつけた。


「待ってくださいクルツ教官」

「君は黙っていろ」


 剣呑な空気に、フェルが慌てて二人の間に割って入ろうとするが、エドガーの抜き身のナイフのような一睨みで硬直する。エドガーは再び玲斗を見据え、重々しく口を開いた。


「《四つ目狼》はグリーズ共和国に生息する魔物。本来、彼の国に掛け合ってから手を出すのが筋なのだ。放浪者なら、それくらい知っていて当然であろうに」

「……申し訳ありませんでした」


 生憎、玲斗はこの世界の住人ですらないので知るはずがないのだが、素直な振りをして頭を下げる。エドガーは剣を構えたまま玲斗に近付く。右耳に着けたルビーのイヤリングが、緩慢な歩調に合わせて踊った。一層表情を険しくしたエドガーが、怒りを押し殺すようにして続ける。


「犯罪者風情がのこのこと……。犯した罪、しかとその身で償ってもらおう!」

「教官!」

「……如何なる罰も、受ける所存です」

「落ち着くのじゃエドガー。済まなかったの、ご両人」


 声を荒げるエドガーに、今度こそ食って掛かるフェル。対照的に、玲斗は飄々としたまま頭を垂れた。


 そんな中、老人の仲裁が割ってはいる。我に返ったのか、一瞬ハッとなったエドガーはしかし、渋面を貼り付けたまま定位置に戻った。無論、剣は鞘から抜いたままである。


「エドガーは切れ者なんじゃがな。如何せん気が短くてのう」


 髭を撫でつつ、眼を細めて詫びを入れる学園長。だが、柔らかい表情に、所々苦い顔が見え隠れしていた。


「……しかし、困ったのう。話を聞く限り先に襲われたのじゃから、罰則も軽くなるのじゃが。相手がグリーズ共和国の魔物では、そうも行かんし……。フェルシア殿は生徒じゃから、王宮にも当学園の領地として押し通せば、無罪放免でも構わんのじゃが……」


 ふむ、と唸ると、それっきり学園長は黙り込んでしまった。


 相当骨が折れる事態になったと、今更ながら玲斗は後悔し始めた。爪を噛みたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えて沈黙に耐える。


 フェルはお咎め無しと言うことで胸をなで下ろしていたが、数分とは言え背中を預けた少年の窮地に気が気ではなく、気遣わしげに玲斗を見詰めていた。


 数十秒――玲斗自身には数十分に感じられたが――ほど経った頃、「……そうじゃ!」と、妙案を思い付いたのか手を打ってはしゃぐ学園長により沈黙は破られる。


「そうじゃ、レイト・ハヤセ。貴殿を我がクロラケス魔法騎士学園に入学させよう」


(((……は?)))


 絶句する一同。弾き出した名案に、学園長は満足げに頷いている。


「待ってください学園長! 何処の馬の骨とも知れぬ者を生徒として迎え入れるなど、不用心にも程がありますぞ」


 驚愕から立ち直ったエドガーが意見するも、学園長は「何が拙いか分からない」といった様子で頬笑むばかり。流石の玲斗も、動揺を隠しきれなかった。


「何者も、学園に入る前は素性など分からぬ物じゃて。それに、『王立魔法騎士団』のフェルシア殿の力を借りたとは言え、限られた条件で《四つ目狼》を打ち倒すほどの実力者。これほどの逸材をみすみす逃がしては勿体ないであろう。……どうじゃ、レイト殿。学園に入学してはどうじゃ? さすれば、無罪放免としてやるぞ?」


 悪戯っぽく微笑を浮かべる老人に返す言葉を、玲斗は一つしか持ち合わせていなかった。


「お言葉に甘え、有りがたく入学させていただきます」

「学園長!」

「よいではないか、エドガー。唯のならず者がこれほど礼儀正しいはずは無かろう」


 話は終わったとばかりに、学園長は手を鳴らす。


 これ以上は無意味だと諦めたのか、エドガーはあからさまに溜息をついて剣を戻した。目は玲斗を睨み付けたままだが。


「確かもう一人、今日付で生徒になった男児がいたの。寮制じゃから、相部屋になる相手じゃ。丁度よい、一緒に暮らしてもらうとしよう。そろそろ戻る頃じゃて」


 はて、と首をかしげる玲斗とフェル。


 その時、勢いよく階段を駆け上る音が室内に響き出す。さり気なく扉の前から身体をずらすと、まるで計ったかのようなタイミングで戸が開かれた。


 ノックもせず、唐突にやってきた客は、少年だった。黒い髪に、漆黒に輝く切れ長の目。


(……おいおい、まさか)


 この世界に来て初めてのはずなのに、玲斗はその横顔を知っていた。美少年で通る顔立ちに、白のキャップを被った少年。見間違えるはずがない。


「おっさん、窓拭き終わったぞ~」


 言葉の端に疲れが滲み出ている少年の声に、どこかで否定していた玲斗の疑念も確信に変わった。


 玲斗はその少年に声を掛けようと口を開きかけた、が。


「だっ、誰がおっさんか! 貴様という奴は――」

「まあまあ、ご苦労じゃったの」

「ったく、人使いが荒いぜ」

「何を言っておるか! 学園に忍び込み、卑猥な顔付きで女子生徒を眺めていた罰がこの程度で済んだこと、有りがたく思え!」

「だってよ~。金髪、銀髪、赤、青、緑。胸もAAからGまで選り取り見取り。こんな桃源郷を満喫しない男なんて、もう男辞めてんじゃねぇか」


(……気のせいだったか)


 ふう、と溜息をついた玲斗だが、握りしめた手はこれでもかと言うほど汗ばんでいる。この言動、つい先日『初版限定版ギャルゲ買ってきたぜ!』と言って玲斗の自室に駆け込んできた人物と瓜二つだったが、絶対に認めたくなかった。


 隣ではフェルが引き攣った笑みを浮かべている。


 すると、突然少年が鼻をひくつかせ始めた。玲斗とフェルは隅に寄っていたため、視界には入っていないだろう。一同、小首をかしげて見守っていたが。


「……美少女の匂いがする!」


 変態か。


 ぐるんと室内を舐めるように見渡す少年から逃れるように、フェルは玲斗の背中に隠れた。大人達は呆れて肩をすくめるばかり。


「……おぉ!」

「――ひっ……」


 目ざとくフェルを見つけた少年は、感嘆の声を漏らす。短く悲鳴を上げるフェルに構わず、その華奢で白い手を取ろうとしかけた。


 が。


 その手前、フェルを隠すようにして立ちはだかる玲斗に目を向け、目を丸くする。玲斗は半眼で、少年を冷たく見下ろしていた。


「…………おまっ、その美少女と見紛うほどの女顔、もしかしなくても玲斗じゃねぇか!」

「人違いです」


 親友、堀川圭祐との感動の再会――になるはずだった対面は、限りなく残念な形で始まったのだった。




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