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啼く鳥の謳う物語

新人奮闘

作者: フタトキ

都心に位置する高層ビル。50階まであるこのビルの約80%を占めるのは労働関係の役場。残りは一般の人も入れる食堂、休息所、ホール等だ。

そして、48階に公務員達が忌み嫌う職場があった。




「俺…じゃなかった。え~と…、私は今日からここで皆様と一緒に仕事させていただきます、司野由宇麻(しのゆうま)です。育ててくれたじっちゃんの影響で大阪弁になってしまうかもしれへん、じゃなくて大阪弁になるかもしれないですが、宜しくお願いします!」

緊張で昨晩徹夜して作り上げたカンペの4割程抜け落ちてしまったが問題はないだろう。俺のヤル気満々の魂を欠片ぐらいならぶつけられたはずだ。

「……別にいい」

「はい?」

何がいいのだ?

顔を上げた俺は声の主を探して半回転する。目に映ったのは大窓からの絶景を背にして椅子に座り、こちらを見ずに煙草をふかす男だった。

俺の自己紹介を聞いていた他多数の人がその男を見て口を閉ざす。

「別に大阪弁でかまわない。仕事が出来ればいい」

静かになった47階フロアに低い声が響く。

「ホンマですか?」

俺は大阪弁に戻っていることに気付かないで聞き返していた。

「あぁ」

「ありがとうな」

反射的にお礼を言っていた。なんやかんやで俺は大阪弁には愛着があるのだ。

そんな俺の暖かなハートとは真逆に場の空気が一気に零度に近付く。俺を見る先輩方の目が冷たい。

ただ一人、あの独特の雰囲気を纏う男を除いて。

…………………ふっ。

気だるそうに開閉する瞳。ボサボサの黒髪。弛く締めたネクタイ。

その笑みは正直胡散臭い。

男はよいしょと爺臭い言葉と共に徐に立つとゆっくりと俺に近付いて…

唐突に殴られた。

衝撃。平衡感覚が怪しくなる。

この男、強い。なんて少年漫画のこうあの思いってやつ?を目線に込める前に次の声に圧倒されていた。

「上司には敬語使えよ。常識だ」

それが鬼教育者、逆仕事人、冷血指導者等の多数の異名を持つ上司、瑞牧夏輝(みずまきなつき)との出会いだった。



新人としてここ監査部に勤めて一週間。

死にそうや。

「……おはようございます」

「葬式みたいに暗いな」

瑞牧さんはいつもと変わらずに新聞片手に煙草をふかす。

「もうギブアップか」

んなわけあるか。

なんて口答えしたら即クビだ。

「そんなわけないです」

俺は虚勢を張って応える。

「ふ~ん」

瑞牧さんは直ぐに興味なさそうに窓の方を向いた。


「おはよーなー、司野」

「おはようございます、原田(はらだ)さん」

すっからかんの頭は思考を停止して口の筋肉がつらつらと言葉を重ねる。

「ございます?原田さん?どうしたんだ司野?」

そう言われてはっとする。

同僚に敬語を使ってしまったようだ。とうとう仕事の疲れが無意識の領域にも来たらしい。

「おはよー、原田。今日もつんつんなんやな」

癪だから一応言い直しておく。

序でにそのかっこよく決めたらしいムースで固めたつんつん頭の嫌味も添えてだ。

原田とはこのビルで研修生として右往左往していた頃からの付き合いだ。

年は俺より一つ上。

だからといって尊敬はしない。社会に出たら年なんて関係ないからだ。

というわけでなく、原田の性格、醸し出す雰囲気から尊敬の人より友としての印象の方が強いのだ。

「で、どうしたんだ?随分とお疲れ気味に見えるぞ」

「お疲れや。今日の昼、原田の奢りな」

「あぁ。って何決めてんだよ」

それつまらんで。

俺はボケに厳しいんや。と、心の中で突っ込みをいれる。

「A定食650円な」

「一番高いの選ぶな!お前のちっこい体にはカレー一食150円で十分だ。小太りになるぞ」

「いいんや!エネルギーが無きゃこの仕事はやってけんのや」

ちょっと上司振ってみる。それが不味かった。

「ほ~、面白いこと言うじゃないか。よし、俺がA定食奢ってやるから午後にある俺の監査の仕事ついてこい」

瑞牧上司直々のご指名。初めての監査。

マジで!?



俺は瑞牧さんの監査について行くことになった。場所はある小規模の御菓子会社。キャッチコピーは『食べよう、笑おう、楽しもう』だ。

事件の始まりは衛生管理等々の監査項目を1から潰し回っている最中だった。

監査―といっても俺は淀みなく歩く瑞牧さんの後ろをそさくさとついて歩くだけだったが―で30項目目を終えた後、残りの20項目の前に休憩と言うことで近くにある自動販売機の前で屯していた時だ、一息ついた俺の前方の微かなドアの隙間から覗く白衣の男が見えたのは。

背中を向ける男が何をやっているのかなんて分からない。

「怪しい」

ふと瑞牧さんは煙草をふかしながら言った。

「何処がですか?」

「動きが」

言われてみれば焦っているように見えないでもない。

「そんなことよりちゃっちゃと終わらせましょうよ」

「仕事を舐めんな、この新米ほやほや野郎」

瑞牧さんは煙草をくわえて俺の頭に鉄拳をふらせた。彼は言葉に厳しい。

「休憩終了。お前のご希望通りぱっと手のひら打つ感じで終わらせるか」

「瑞牧さんの方が仕事舐めてるやん」

俺は瑞牧さんの立ち上がり空けたコーヒーの缶を捨てる音に合わせて囁く。

と、俺も缶を捨てようとドアに背を向けた。

「司野、退け!」

瑞牧さんの必死の声。

「なんっ!?」

ドンッ

誰かに背中を押された。振り向き様に何か黒光りする物を持った白衣の男が眼前を通るのが見えた。

俺はカッコ悪く尻餅をつかずにどうにか体勢を保つと男を確認した。

曲がった背中は微かに震えていて、虚ろな目は何も捉えておらず、だらしなく開いた口からは涎が垂れ、その手にはナイフが握られていた。

瑞牧さんが突き飛ばさなかったら俺は今頃あの金属片の餌食だった。男はゆっくりと顔をこちらに向けた。ナイフが向きを変える。

コイツハキケン。

頭を警告音が大音量で響く。しかし、

「動けん」

足がすくむ。

俺の両足は歩くことを忘れたように動かない。


「司野!」


カラン

金属片の床を滑る音。

瑞牧さんが狂っている男を組臥せる姿がスローモーションで見えた。

「麻薬だ!証拠押収してこい!」

マヤク

その声が俺にかかった金縛りを解いた。

「は、はい!」

俺は堂々と部屋に駆け込んだ。先程男に隠されて見えなかったが、山積みにされた段ボールの一つから覗くのは黒い小袋。その内の一つが開けられ中身が床に散らばっていた。

白い粉、それを包んだと思われる紙。テレビでしか見たことのなかった物が目の前にある。俺は一袋ハンカチでくるむと乱暴にズボンのポケットに押し込んだ。序でに監査用に持ってきていたデジタルカメラで写真を撮る。

「瑞牧さん、段ボールに大量の麻薬が入っていました」

「個人の楽しみ…なわけないか。まさか会社ぐるみとわな」

「この人どうするんですか」

「警察呼べ」

俺は自動販売機の横にあった公衆電話に飛び付いた。

ツーツーツー

「瑞牧さん、電話繋がりません」

ジジジジ

警報器が鳴り出した。

……………………………。

「俺達は邪魔者になったらしい」

「俺達殺されるんですか!?そんな非常識…」

「非常識もへちまもあるか」

へちまは絶対ない。

「出んぞ」

「仕事は!?」

あと20項目と言い掛けたところで鉄拳を食らった。

「殺されたくないんだろ?アホ」

「…はい」


と、まぁ…正当防衛と正義を掲げて瑞牧さんは男を昇天させると俺達は走り出した。

俺達はアクション映画さながらの体験をした。会社の目がキラキラした猫みたいなイメージキャラクターが鉄筋片手に追ってくるのは反則だ。着ぐるみが重いらしく、よたよた歩きで意味なかったが。他数名のヤクザらしき奴等はマジで死ぬかと思った。

俺は会社の色々を監査する只の公務員や!!

地上。受付のお姉さんの何事だと驚きの顔を尻目に走った。逃げるように、否、逃げて入った裏路地。

「電話しろ!」

瑞牧さんの怒鳴り声に俺は恐縮しながら震える手で近くの公衆電話のボックスに駆け込んだ。

「警察ですか?俺達は労働課の監査部なんですが―」


「司野!あぶねぇ!」


何度目かの瑞牧さんの声。



刺された。瑞牧さんが俺を庇って刺された。ゆっくりと瑞牧さんの体が地に吸い込まれるように倒れた。

冷たい濡れた地面へと…

何でや…

「瑞牧さん…っ!?」

ヤクザの一人だ。男はナイフ片手に呆然としていた。

何でそんな顔してん?

「人を刺して怖いんか?」

男は答えない。

俺は今どんな顔してんのやろうか。

「なぁ、その刃が人の肉を切り裂く感触が生々しかったんか?」

男は沈黙を貫く。

ボックスを出た俺の頬を雫が打った。雨が降り始める。

「なぁ?」

俺は一足一足踏み出していた。有り得ない程俺の頭は冷静だ。

「し……の」

瑞牧さんの声は俺に届かない。冷めた目で男を見据えた。

「なぁ?」

パシャ

滑り落ちた刃物が男の足元の水を跳ねらせた。

あぁ、怖いんやな。

そう、俺は血に染まる物を掴んだ。

男は俺が拾ったナイフを見て後ずさった。

「司野馬鹿なことはやめろ」

瑞牧さん、口出さんといてや。

この世に平等に接する神がいないなら俺は…

俺は腰を屈めると男に飛び掛かった。体重を込めて肩から倒す。

男と俺の身長差、体重差、どちらも俺は不利。しかし、掲げたナイフは俺の立場を逆転させた。

する事は決まっている。

俺は腕を振り上げ…

「司野由宇麻、やめろ!!!!」

手が止まる。

男は咄嗟に逃げる機会だと踏んで、俺を突き飛ばすと何やら喚いて走り去った。



俺のせいや。

「瑞牧さん」

突如崩れた天気のせいで俺は上から下までびしょ濡れだ。スーツに吸い付く雨は徐々にシャツを通して体温を奪っていく。

「瑞牧さん」

苦痛に歪む瑞牧さんの顔からは血の気が引いていた。

「お前のせいじゃねぇよ」

「そんなこと」

言ってる場合じゃない。

俺は、濡れているのに火照る頭を振った。

「“そんなこと”じゃない。仕事中に毎回そんな顔されたらこっちが辛い」

不覚にもその言葉を聞き入ってしまう。しかし、状況が重くのし掛かって直ぐ様現実に引き戻される。

「だから…」

まだ瑞牧さんは話そうとする。

合間から吐き出される息が暑く俺の頬に掛かった。

「しゃべらんといてや!!止まらんのや、止まらんのや……だから…しゃべらんで」

暖かい。痛いぐらい暖かい。

血は瑞牧さんのシャツを深紅に染めている。俺がどんなに強く押さえても止まらない。

目尻に感じる暖かさは涙なのか汗なのか。俺は乱暴にそれを拭った。


ぽん


「!?」

「…上司には敬語使えよ。……常識だ」

肩に置かれた手は力なく握り込まれていた。瑞牧さんは笑みを浮かべながら掠れた声で言う。

「その笑み正直胡散臭いです」

「生意気な奴だな、司野……」

瑞牧さんの手は俺の肩を滑り落ちる。

「瑞牧さん!?」

そして、瞳が閉じられた。






チチチチチ……

暢気な鳥の囀り。

…ピッ…ピッ…ピッ…

「………………」

あぁ、俺はまだ生きているんだな。

白い壁を見ながら状況整理に努める。

ここは多分病院だ。何処かの研究所も有り得るが、有り得るだけでまずないだろう。

頬に柔らかな春風を感じて首を動かした。ミシミシと骨が軋み、あのヤクザ野郎に刺された脇腹が疼いた。

ふわっ

首を窓に向けたと同時に白いレースのカーテンが舞い上がり、その間から青空が見えた。綺麗だ。

暫く見とれると視界の隅に男の頭を捉えて呼んだ。

「おい」

男はピクリと肩を跳ねらせると本に落としていた視線をゆっくりと上げた。

「随分としぶといんですね、夏輝」

夜鷹(よたか)

幼馴染みであり総務官であり親友…仲都(なかと)夜鷹。

彼は本を閉じて苦笑した。

「貴方といると驚きと心配が絶えませんよ。気が滅入ります」

「すまん」

その一言でしか返せない。それ以上の言葉が見付からなかったからだ。俺はばつが悪くなって顔を叛けた。

「謝るなら、あの子達に」

あの子達?

俺は夜鷹が指差す方向を首だけ向かせた。

見えるのは白い区切り用のカーテン。夜鷹は椅子から立つとそれをスライドさせた。

司野と原田。

「司野…どうかしたのか!?」

司野はベッドに横たわっていた。

「大丈夫ですよ。司野君はどしゃ降りの中、救急車がやって来るその瞬間まで貴方を介抱していたようで風邪を拗らせてしまったようなんです。司野君、生まれつき体弱いようで肺炎になるかもしれないからここで貴方と一緒に入院させました」

こいつが体が弱いなど初耳だ。否、回されてきた新人の資料をまともに読まなかったせいかもしれない。

「自分も苦しいはずなのに目を覚ます度に貴方のことばかり心配して……昨夜から熱が引いてきて、お医者さんの話だと肺炎の心配はないようです」

「…………」

「原田君も司野君と貴方を心配して付きっきりだったそうですよ。お医者さんに私が怒られてしまいました。心配なのは分かるがだからといってここで寝ていては体に良くない。とね」

夜鷹は肩を竦めて見せた。

俺はスヤスヤと寝息を発てる二人をじっと眺めた。

悪いことをしたようだ。

「手術は成功。だけど傷痕は完全には消えないし、時々疼くかもしれないと言っていました」

「そうか」

それぐらい構わない。命とは比べものにならない。

「あ、二人を起こしましょうか?」

俺の目がそう訴えているように見えたのか、はたまた、二人のリアクションを見たくてか夜鷹はそんな提案をしてきた。

「いい」

「そうですか。司野君は休みでしたが、原田君はそうはいきませんからね…仕事にも手付かず、臨時の上司、十塚(とつか)さんに怒鳴られて。でも、ノルマは何故か誰よりも早く終わってここに通っていたそうですよ。十塚さんが褒めていました。…夏輝、すっかりなつかれましたね」

なつかれた。

「では貴方の意識が戻ったようですし、彼方(かなた)さんに伝えておきますね。明日は大事を取って、明後日元気な姿で出勤してきてください。そうそう、麻薬所持の件…あの会社、ある組織と組んでいたそうです。後は警察の仕事ですね」

夜鷹はひらりと手を振って病室を後にした。


静けさが身に沁みてくる。


俺は一息浸くと、少しずつ体を動かした。

まるで長い間放置されていた機械が軋んだ音を発ててゆっくりと昔の感覚を取り戻すようだった。一体何日間寝ていたんだろうか。

指が全て動いた所で精一杯の力を腹筋に込めて体を起こした。

「……………!!!!!!!!」

先程の痛みとは馬鹿にならない激痛。声にならない悲鳴を上げた。

その時咄嗟に手で脇腹を押さえた為、腕に刺さっていた点滴の針が外れ点滴の台が…

ガシャン!

盛大な音を発てて倒れた。

「!……な、何だぁ?」

真っ先に反応したのは原田だ。司野のベッドに埋もれさせていた頭を上げるとこちらを向いた。スライドされていたカーテンのせいで俺と原田の寝惚け眼が直に見詰め合う。

……………………………。

「み、みみ、瑞牧さん!?」

「みみってお笑いか?」

「ん~?何や?…」

続いて司野だ。目を擦るとこちらに顔を向けた。

「み、みみみ、瑞牧さん!?」

「みみみってお笑いか?」と言いかけて止めた。馬鹿らしい。

「あぁ、この倒れた点滴起こしてくれるか?」

『はい!』

ぴしっと背筋を立てる―司野は身を固める―と元気に返事をした。原田が椅子から立ち、司野がベッドから立とうとした時、司野はよろけてベッドに倒れた。

「な、…!!」

「司野、ずっと寝てたんだから無理すんなよ」

「そうやな」

顔を布団に埋め、くぐもった声で司野は返す。原田は司野の腕を掴むとベッドに戻した。


「仲都総務官と、瑞牧さんって幼馴染みだったんですね」

原田は遠慮なしに司野のベッドに腰かけていた。

「まぁな」

そう、夜鷹は今も昔も変わらない。あの敬語も仕草も。

「その他にも色々聞けたよな、原田」

司野が不適な笑みを浮かべて身を捩る。

「瑞牧さんの10歳の誕生日の時のこと、一番面白かったな」

10歳の…誕生日……。夜鷹が家に来て……………。

「!!!!」

身に覚えがある。あれは不可抗力だったんだ。なんて言っても聞きはしない。

「夜鷹に何て言われたんだ!」

「言えないですよ」

原田は平常の顔の奥に溢れんばかりの笑顔を内包して言う。

総務官の方が偉いからか!!

夜鷹のことだから何処かで誇張されている畏れがある。否、誇張されているはずだ。

数分前に颯爽と帰った友人を憎んだ。

「もう、いい。帰れ、帰れ」

「俺達心配したんですよ」

俺が手をしっしっと払うと原田が異議を発した。「謝るならあの子達に」夜鷹はそう言った。

「そうだな」

俺は小さく呟いた。

「すまん」

言ってから思ったことがある。恥ずかしい。司野と原田は顔を合わせると小さく笑った。




原田が帰って、今は俺と司野だけ。明日には退院。そして、短い休日だ。上司と部下。仕事先で刺された上司と介抱してたら風邪引いた部下。

「明後日から出勤だ」

俺はする事無しに司野に話し掛けた。現在、午後9時半。

「………違うで、俺は一週間後なんや」

上司には敬語。ではない。そんなこと言わない。

「すみません、瑞牧さん。俺は大丈夫やゆうたんやけど、医者が駄目ゆうて…根回しいいのかもう職場には診断書送ってんし……」

生まれつき体が弱い。

肺炎の心配はない。それだけではないようだ。

「俺は有能な部下を欲する」

司野は向けた顔を子供のようにくしゃりと歪ませた。

「俺は有能やない」

「欲してなかったら明後日から出勤なんて俺は言わねぇよ。1週間原田をこきつかっておくさ」

「ははは。原田可哀想やな」

渇いた笑い。司野なら理解できるはずだ。

「あの…瑞牧さん……俺、あの男殺そうとしたんや」

ぽつりと司野は言った。

「…………」

「冗談やのうて、本気で…」

「………………俺の言葉を聞いた。それでいい」

司野にあんなことをさせたのは俺のせい。

「瑞牧さん…」

「まだ言うのか?俺はもう忘れた」

司野は不思議な表情をして黙った。

「止めてくれてありがとうな」

背中を向けて小さくはっきりと彼は言った。

「あぁ…敬語」

「はい、瑞牧さん殿」



俺はいい部下を持ったようだ。





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