猫の泣ける話
1.
僕は8歳の時、親父が勤める会社の寮に住んでいた。
それは西袋池にあり、今とは全く違い、空き地が多く、木造の汚い建物が周りに混在していた。
そもそも、その寮はどこかの旅館を解体して、運んできて組み立てたらしい。
だから南向きの部屋もあれば、北向きの部屋もあった。
庭は地面で、草が伸び放題になっていた。
踏むたびにざわざわと音がするその草むらは、僕にとって小さな冒険の舞台でもあった。
周りは商店街で環境は悪いが、僕は勉強などしなくてもクラスで2、3番であった。
そんなことで少しだけ自信を感じ、毎日元気に遊びまわることができた。
昼間は工場の機械音が絶え間なく鳴り響き、どこか遠くから「南無妙法蓮華経」と誰かが唱える声が、風に乗って聞こえてきた。
僕はその不思議な声も、全く気にせず、遊びに没頭していた。
塀の上にはいつも猫が一匹いた。
毛は少し乱れていたが、気高く堂々としているように見えた。
家には鰹節の入ったケースがあり、僕は好奇心に駆られ、猫を鰹節で誘ってみた。
するとその猫は縁側に上がってきて、鰹節をむしゃむしゃと食べた。
目を細めて味わう様子は、まるで僕に信頼を示しているかのようだった。
その猫はもう来なくなった。
塀の上で日向ぼっこしている姿を見るだけになった。
僕は隣のボロ家に誰かが住んでいて、猫に餌を与えているのだろうと察した。
当時は野球ブームで、ほとんどが巨人ファンであった。
僕も弟も、毎日ボールを追いかけていた。
ボールはテニスの軟球で、打ったボールが猫のいる家の庭に入ってしまった。
僕と弟はボールを取らせてもらいに、隣の家に行った。
「ボール、取らせてください」
隣に住んでいたのは、50代か60代のお婆さんであった。
小さな体からも感じられる孤独感は、僕には初めて触れる大人の寂しさだった。
お婆さんは一人暮らしで寂しかったのだろう。
僕と6歳の弟を快く家に入れてくれ、庭に落ちたボールを拾わせてくれた。
2.
それからしばらく経ってのことだった。
猫が再び寮の庭に入ってきた。
僕はまた鰹節を食べにきたのかと思った。
だが庭に鰹節を撒いても、なぜか猫は食べなかった。
ニャーニャーと泣くだけである。
うるさいやつだと思い、僕は猫を追い払おうとした。
すると猫は一目散に逃げ出した。
いつものように塀に飛び乗るのではなく、隣のボロ家に玄関から入っていった。
扉の隙間から見ると、前にボールを拾わせてくれたお婆さんが血を吐いて倒れていた。
猫はお婆さんの頬を舐め、必死に慰めようとしているかのようだった。
僕は心臓が早鐘を打つのを感じながら、母親を呼びに戻った。
「お母さん。隣の菅原さんが血を吐いてるよ」
母も様子を見に行き、すぐに救急車を呼んだ。
救急車は菅原さんを搬送したが、そのまま入院となった。
それから1ヶ月すると、隣のボロ家の取り壊しが始まった。
菅原さんは亡くなったらしい。
飼い主を失った猫は、うちの寮の庭に来るようになった。
僕が鰹節を与えると、ニャーニャー泣きながらむしゃむしゃ食べた。
よほど腹を空かせていたのだろう。
その小さな体が震えているのが見えた。
だが僕の両親は、こんな雑種の猫を飼うのに反対した。
僕は鰹節をこっそりやっていたが、次第に猫はやせ細っていった。
ある朝、庭を見ると、うちの軒先で猫が死んでいた。
小さな体は冷たく、もう動かなかった。
「お母さん。猫が死んでるよ」
「保健所に電話すると、飼い主とみなされお金を取られるのよ」
「へえ、そうなの」
「仕方がないから、庭にお墓を作ってやりましょう」
「あの猫は菅原さんが以前、飼っていた猫だよ。いつも塀の上にいた」
「じゃあ、塀の下にお墓を作ろう」
母はシャベルで穴を掘り、猫の死骸を埋めた。
その辺に転がっていた大きめの石を持ってきて、その上に載せた。
僕は時々、鰹節をこっそり猫の墓に撒いている。
猫の小さな命を、心の中でそっと思い出しながら。




