婚約破棄が始まらない
「エリーゼ・マルソー伯爵令嬢! 貴様とは今日で婚約破棄だ!」
王立学園の卒業パーティーで、セルジオ第三王子の声が響き渡った。
「……私?」
いや、確かに私はセルジオ殿下の婚約者ですが、十年も婚約してたのにまともに話した事も無いですよね。
やっとした会話がこれですか……。
婚約破棄の理由は、その腕に絡みついているミレディ・ハルト男爵令嬢ですね。
「承知いたしました」
さっさと終わらせよう、と返事をしたら追撃がありました。
「貴様は私に相応しく無い! 私に相応しいのはこのミレディのような美しい女性だ!」
すいませんね平凡顔で。
「そのような醜い傷のある顔で私の横に立とうだなど、図々しい!」
ミレディ様と一緒にクスクスと笑うセルジオ殿下を唖然として見る。
確かに、私の左目の横には5センチほどの傷があるけど……。
「貴様のような女は」
「そこまでですわぁ」
優しい女性の声が響いた。
王子の言葉を遮るなんて、そんな命知らずな事をするのって誰?、と振り向いたら公爵令嬢が優雅に歩いてくる。
な、何? 何が起こってるの? 私たちお付き合いなんてありませんよね?と、パニックになっていると、反対側から
「エリーゼ様、これ以上愚か者の茶番に付き合う必要は無くてよ」
と、厳しい言葉と共に侯爵令嬢がカツカツと靴音高くやって来た。
え? お二人、対立派閥のお家ですよね?
さすがに国でも指折りの名門の公爵令嬢と侯爵令嬢に挟まれた私に、セルジオ殿下は何も言えない。ミレディ様は睨みつけているが。
「これ以上ここにいても無意味ですから、もうお暇いたしましょう」
公爵令嬢が穏やかに微笑む。
「こんなくだらない所に一瞬たりともいる必要は無いわ」
侯爵令嬢の目線はお怒りだ。
あれ? あれ?と理解できぬまま、私は、殿下に退出の挨拶も出来ずにお二人に拉致されて会場の出口に向かう事になった。私、今婚約破棄の途中なんですが。
すると、私たちの後ろに令嬢たちが続いた。彼女たちの婚約者やパートナーも続く。
自分のパートナーが出ていく理由がわからずパートナーと王子の間をキョロキョロと見ていた男性たちも、どんどん人がいなくなる会場に残されるのは嫌だと後に続いた。
彼らは後で教えられるのだろう。
「エリーゼの顔の傷は、セルジオ王子が付けた」と。
貴族の幼い子息子女の交流のために定期的に行われる、王宮の交流会。
そこに参加した八歳の私は、男の子たちを引き連れて走って来た綺麗な服を着た男の子に突き飛ばされた、と気付く間も無く転んでいた。運悪く、転んだ先に枝があって、私の顔を抉った。
顔から血を出した私に周りの子供たちはパニックになって泣き叫び、交流会は修羅場となったのだが、当の私を突き飛ばした男の子はとっくに走り去っていた。
その子がセルジオ第三王子と知ったのは、王家から謝罪と婚約の打診が来たから。
王家は、私に傷を付けた責任をとるために、セルジオ王子との縁談を決めた。被害者と加害者を結婚させて何が責任だ、と内心怒り狂っても、一介の伯爵家がそんなことを王家には言えないのでありがたく婚約となった。
私と婚約したセルジオ殿下は、大いに不満そうだった。
それから十年、予想通りセルジオ王子は自分勝手で我儘で、私のことなど無視して放ったらかしだった。
交流のための約束はすっぽかされ、プレゼントの類をもらった事も無い。パーティーでエスコートされる事も無く、だからと言って、代わりのパートナーを用意すると怒られるので私は壁の花になるしか無かった。
まあ、彼と仲を深めたいなんて思って無いこちらとしては願ったり叶ったりだったけど。
願わくばそのまま他の女性と出会って、私との婚約を無しにしてくれないかなぁとすら思っていた。
だが、セルジオ王子のやらかしと、被害者である私への反省も無い態度は、誰も口には出さないが令嬢ネットワークでしっかり広まっていたので、そんな男に近づきたがる女性はいない。……と、諦めかけていたら、セルジオ王子にぐいぐい接近するミレディ様登場!
忠告してくれる友達がいないのか、教えてもらったけどそれでもいいと思っての事か知らないけど、私としては大歓迎だった。
だから、まさか婚約破棄されるとは思わなかった。普通に穏便に婚約解消されるとばかり……。
しかも、「私が醜いから」という理由だなんて……。
卒業パーティーを退場した皆は、玄関エントランスホールで立ち止まった。
「エリーゼさん」
「はっ、はいっ!」
公爵令嬢が優しく語りかけてくれるが、私はいっぱいいっぱいだ。
「あなたは何も心配しなくていいわ。今日あった事をそのまま乃父にお伝えして。セルジオ王子が何を言ったか、全て」
「は……はい!」
「私はこれから、母がお茶会をしているので、そこで『お友達が婚約破棄されましたの』と悲しんで招待客の皆様に相談しますわ」
お、おおう、公爵夫人のお茶会ということは、招待客もさぞかし……。
「私は伯母のサロンに卒業報告に行くわ」
わあ、侯爵令嬢の伯母様のサロンって、あの梁山泊と言われている切れ者揃いの……。
「私の家は新聞社をやってますの」
「うちはゴシップ誌です」
「私の祖母は平民の学校の学園長をしてますわ」
「うちは……」「私は……」
次から次から出て来る。全員が一斉に取り掛かったらセルジオ王子とミレディ様なんて消し炭にされちゃうんじゃなかろうか。なるんだろうな。
「私たちが勝手に動くので、エリーゼ様は気にしなくていいですからね」
「私たち、セルジオ殿下の下劣な振る舞いにずっと憤りを感じてましたの」
「女性の顔に傷を付けたというのに、エリーゼ様にいつも無礼で! 何なのあの方!」
「ミレディ様を好きになったのを隠そうともしないし!」
「しかも二人してエリーゼ様を『醜い』ですって?」
「許せない!」
わ、わあ、皆が怒りで一致団結してる。
……どうしよう。
「私この傷、全然気にしてません」
なんて、今更言えない。
怪我をした時、駆けつけた医者に
「眼球が無事で良かった」
と言われて、頭の中に目玉に枝が突き刺さったショッキングな図が浮かんでしまって傷の事なんて吹っ飛んでしまったんです、なんて言えない。(いやーあれはトラウマものだった。しばらく夜にうなされたものね)
この傷、化粧を厚塗りすれば隠せるけど、プルプルお肌が自慢なので薄塗りメイクなんです〜。……なんて、とても言えない。
「傷が醜い」と言われた時も、「覚えてないなんて、とことん私に興味が無かったんだな〜」と呆れてただけなんです。とは、絶対に言えない!
え、えーっと、それじゃあ私はお先に失礼しますね。
盛り上がっている皆さんにご挨拶して、すたこらさっさと逃げ出す。
セルジオ殿下、ミレディ様、後は頑張って!




