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出自の値札

オワンクラゲは緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子を持っており、この遺伝子を大腸菌などの他の生物に導入すると、その生物も蛍光を発するようになる。また、研究室では、同様の原理でホタルの発光遺伝子を組み込んで、暗闇で光るマウスが作られている……ウェブで読んだそんな話を基にアイデアを広げ、ChatGPTと共同で書いています。

 渋谷の交差点は、深夜0時の「消灯令」までが本番だ。耳たぶがやわらかく点滅し、鎖骨の粒が首筋へと流れ、爪の三日月が呼吸に合わせて脈を打つ。いまの若者がまとうのは服や装飾品だけではない。身体そのものをアクセサリーにするのだ。

 僕は「光彩鑑定士ルクス・アプレイザー」——光る身体の出どころを見抜く仕事をしている。胚段階で組み込まれ、代々受け継がれる“生まれ灯”。大人になってからベクターで入れる“パッチ灯”。どちらも表示義務と消灯令を守らないと、たちまち炎上する時代だ。

 その日、人気ブランド〈Aureole〉の広報が事務所に来た。

「新作ランウェイの顔、ミオの“生まれ灯”に疑義が生じています。鑑定を」

 疑義、という言葉は便利だ。嘘か過剰演出か、たぶんそのどちらかだ。 リハーサル会場は暗く、舞台袖だけが低い月のように光っていた。 ミオは肩甲骨に沿って細い文字列を走らせている。母語でも英語でもない、グリフのような走り書き。許可を得て、低照度に落とし、反射を殺して角度を変える。距離は一メートルを切らない。「家系灯ハウス・シグネチャ?」と僕は尋ねる。

「曾祖母から続く紋様です」とマネージャーが答える。けれど、光の立ち上がりが速すぎる。胚起源の発光は、目が暗順応するようにじわりと出る。ミオの光は、音に合わせたスポットライトのようにぱっと点く。

「音で同期してる?」

「サウンド・リンクは入れてません」

 近づいてもいいかと確認して、一歩踏み込む。鼻先で環境臭に混じる補助基質ルシフェリン由来の苦味を拾う。生まれ灯はこんな匂いを出さない。

 リハが終わると、ミオは背を丸めた。

「頭の奥が少しチカチカして」

「昨夜は消灯推奨時刻、ちゃんと守った?」

 彼女は目を伏せる。ブランドの“顔”には、夜でも光っていてほしいスポンサーがつく。


 今から四世代ほど前、はい編集が許可された時代があった。胎内で光遺伝子を組み込まれた子らの発光は「生まれうまれとう」として受け継がれ、現在の家系灯ハウス・シグネチャの起源になった。だが十余年の許可期間ののち、安全指針の改訂と倫理審査の崩壊で胚編集は全面禁止となり、当時の系譜だけが“血統”として残った。

 いま合法なのは体細胞に後から導入する「パッチ灯」だけだ。高額で、保険適用外。初期ベクター、定期メンテ、そして継続する補助基質代まで、光の維持には現実の請求書が付きまとう。だからこそ、スポンサーは“夜でも光る顔”を欲しがる。

 消灯令の運用は二層構造。二十二時は消灯推奨時刻、二十四時が法定の消灯時刻だ。


 手がかりは匂いと反応の速さ。僕は新大久保の地下、通称クラゲ横丁へ向かった。「パッチ灯」が主食の夜市だ。耳殻に彗星、二の腕に光の雨粒。行き交う男女がさまざまな光を放つ。ここで売っているのは光ることそのものではなく、使い方のインストラクションやメンテに必要な材料、さまざまなオプションだ。屋台の主、波多野は昔からの顔見知りだ。

「胚ものの真似をする音同期?簡単じゃないが、できなくはない」と彼。

「副作用は?」

「使い込めば免疫が抗う。においでバレる」波多野は肩をすくめる。「でもさ、観客は“本物”なんて気にしない。綺麗に光るかどうかだけだ」

 波多野は小瓶を一本、カウンターに置いた。「よく似た匂いだろ」

 僕は蓋を開け、鼻先で波をつかむ。これだ。

「誰に売った?」

「言えないさ。お前さん、探偵だろう」 波多野は笑って、天井のクラゲを指さした。薄い膜のようにぶらさがった照明がゆっくり明滅する。「光は海を見るふりをして、客席を見る。どっちが主役か、いつの間にか逆転するのさ」


 翌朝、ミオから直でメッセージが来た。「相談に乗ってほしい」

 彼女は駅裏の喫茶でコーヒーに砂糖を落とし続けた。 「“生まれ灯”じゃないの。二十歳のときに“パッチ”で入れた。モデルに必要だと思って。でも、ブランドは家系灯の顔が欲しいと言って…」

「虚偽申告した?」

「うん。私が綺麗に輝けば誰も困らない、と思った」

 彼女の声は、豆を挽く音に混ざって小さく震えた。

「昨夜、頭がチカチカしたのは過負荷が原因だろう。補助基質を増やして、夜間点灯を続けてるからだ」

 辞めれば?と言いかけて、飲み込む。光は生計だ。彼女は食べるために光っている。契約には二十二時の推奨消灯時刻の遵守、二十二時以降の夜間点灯の追加手当を入れるべきだ、と僕は言ったが、彼女は小さく首を振った。彼女はハンカチで指先を拭いた。爪の三日月の発光がわずかに薄まる。

「本当のことを言ったら、全部失う」

「全部って?」

「私の努力」

 それは正直な言葉だった。胚で与えられた光が“血統の輝き”なら、パッチは“努力で得た輝き”だ。 世間はしばしば、前者を上品に、後者を格下のものとして扱う——生まれつきのラグジュアリーと、後天的なまがい物。でもランウェイで、観客の瞳孔が開く基準はひとつ、綺麗かどうかだ。


 その夜、〈Aureole〉のショーは雨上がりの旧貨物駅で行われた。 モデルたちの足音がレールを渡り、客席のスマホが暗黙の「黒」に落ちる。 ひとり目が出た瞬間、会場は息をのんだ。光温度が低い。金でも銀でもない、湿った白。 続いてミオが現れる。脊椎に沿って、家系灯の紋様がゆっくり点き——途中で、滑った。 音がわずかに遅れ、光の波形がカクッと段差をつくった。胚灯は環境にゆるやかに従う。パッチは素早く変化に従う。スピーカーの遅延一つで正体を晒す。僕はインカムで舞台監督に言った。「音止めて。照度を会場から上げる」 観客席の頭上に設置された環境光がふわりと広がり、音のラインが切れる。ミオは一瞬、暗くなりかけて——自分の呼吸に合わせて光り直した。 観客がどよめく。そこにあったのは、演出ではない生身の調光だった。彼女は歩き切った。足を止めず、背筋だけで嘘と本当の境界線を引いた。

 ショーがひけた後、広報は蒼ざめて僕に詰め寄った。

「どうして勝手なことをしたの!」

「勝手じゃない。連続点灯の過負荷サインが出ていた。音同期の遅延で発光パターンが暴れていた。健康被害が出ればあなたが責任を負う」

「家系灯という設定が——」

「設定に人間を合わせるのはそろそろやめたほうがいい」

 僕は鑑定書に二つのスタンプを押した。 真偽:混合/美学:一貫。「“生まれ”ではないが、“生き方”として成立している。そう書く」

 広報はしばらく黙っていた。やがて、肩の力が抜けたように笑った。「新しいコピーになりそう」


 翌週、街には〈Aureole〉の広告が貼られた。 “Inherited or Earned. Either way, you shine.”

 輝くような意志的な眼差しのミオの写真の左上に、彼女がパッチ灯であることを示す光由来表示のマークを大きく表示してある。胚編集か、体細胞編集か。補助基質の必要量、推奨の消灯時間、音同期の有無を示す識別子だ。プライベートを貼りだすなんて、夢のない話だと誰かは言うだろう。 けれど、透明性は自由の前提だ。

 ミオは個人のSNS配信で、自分の経緯を語った。誹謗も賞賛も押し寄せたが、彼女は夜十時に自分の手で光を落とした。

「明日も歩くから。おやすみ」

 視聴者はコメント欄を閉じ、画面の向こうでそれぞれの夜に落ちていった。


 僕は仕事帰りに、神宮前の裏道を歩く。 舗道の割れ目から、草が針金のように細くのびている。通りの反対側で大学帰りの二人が笑っている。 一人は耳の輪がやわらかく光り、もう一人は反射材の指輪をねじっている。片方は与えられた光、片方は選んだ光。どちらも、きれいだ。 ポケットの中で、薬指の小さなリングパッチがうっすらと点いた。僕は十時の鐘に合わせて、その灯りを落とす。街の光が順番に薄れていく。暗いわけじゃない。見えるものが、ちゃんと見えるだけだ。

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