傾向と対策
観ないと人生損する! と大袈裟なくらい話題の超大ヒット映画を観に来た。
正直興味はなかったが、それだけ話題だとさすがに気になる。
自分の感性を信じるべきだった。
観て損した、時間と金返せ。
我慢の限界だ、映画好きとしてあるまじき行為だが途中で席を立つ。途中退席なんて初めてだ。
入場者特典として入場時にもらった冊子は隣の席の人に、
「これどうぞ、差し上げます」
と押し付けた。
戸惑いながらも小声で、
「ありがとうございます!」
と喜んでもらえたのが救いだ。
重い扉を開けてロビーに出ると、
「やっぱり…」
という声が聞こえる。
スタッフがいた。
よく見かけるバイト君だ。
勝手にバイト君と呼んでるけど社員かもしれない。
もぎりやってたり、売店入ってたり、清掃したり、館内放送やったりしてる。
なんでそんなに知ってるかって?
俺、この劇場の常連だから、会員だから、スタッフの顔は大体覚えてる。
俺より確実に年下だと思う、大学生か?
そんなことより、やっぱり?
やっぱりとはなんだ?
自分で声を発したことに今更気付いたのか、慌てて口をつぐむがもう遅い。
やっちゃった…という顔したが、開き直ったらしい。
「つまんないですよねえ」
と話しかけられる。
「はい、とても」
「やっぱり」
つまんねえよ、マジでつまんなかった。
俺の映画史ワースト1に躍り出たよ。
でもその、やっぱりってなんだよ。
「やっぱりってなんですか?」
清掃用具を持ったまま、クククと笑う。
「だってお客さん、絶対この映画嫌いだと思ったから」
「は?」
「お客さん、よく来てますよね?
常連さんってスタッフたち覚えちゃってるんですよ。
あのお客さんまた来てくれてる! から始まって、新作の上映スケジュールが出るとスタッフたちで、あのお客さん、これ絶対好きだよね? 観に来るよね!って予想したりして、その予想が当たったり外れたりで一喜一憂してます」
客で遊ぶな。
「で、俺はこの映画嫌いそうだと?」
「はい、これまでの傾向からして、絶対嫌いなはずなのになんで観るのかなあって不思議でした」
「……」
「そしたら予想通り出てきたから、笑っちゃいました。すみませんw」
「…そんなに俺の好み把握してるなら観る前に止めてくれよ」
「無茶言わないでくださいよ、お客さん、ネット予約ですよね? 止められませんよ」
「劇場来た時に『これは観るな』って止めてくれ」
「いやいやいや、その当たり外れも映画の醍醐味ですよ」
「金と時間の無駄だろ?」
「確かにそれはそうですけど」
ふん、面白くない。
くそ映画もスタッフの遊び道具になってたことも。
「俺の好みがわかってるなら、口直しのお勧め教えてくれよ」
途中退席したので脳が未消化して気持ち悪い。
うーん…とそのバイト君は箒を持ったまま考える。
腕時計をチラッと確認すると、
「4番スクリーンのレイトショーですね、あと30分で始まります」
「俺の好みは把握してるんだよな?」
ニヤッとバイト君が笑う。
「俺、もう上がりなんでそのレイトショー予約してます」
「道連れってことか?」
「違いますよ、普通に好みに合うだろうなと思って勧めてます」
「タイトルは?」
「『北の果ては南の果て』」
「あー…」
「ほら、チェック済みですよね?w」
「時間合わなくてまだ観てないやつだ」
「絶対気に入りますよ」
「断言できるのか?」
「俺、もう3回観てます。今日で4回目です」
「いや、君が気に入ってても俺が気にいるとは限らないだろ?」
「俺らスタッフたちの洞察力侮らないでください」
洞察力というよりただの統計だろ?
「じゃあそれ観るよ。君も観るんだろ?つまんなかったら勧めた責任取れ」
「ええ…そんなのどうにでも言えるじゃないですか」
「嘘ついても意味ないだろ」
「なにしろっていうんですか?」
「時間を無駄にさせたってことで一回分奢れ」
「ケチくせえな」
「なんか言ったか?」
「グタグタ言ってないで見てから言え…」
「なんか言ったか?」
「予約どうぞ」
と腕時計を指差す。
チェックしていた映画だし、このまま帰るのも癪だから観るか。
レイトショーだから空いてる。
席も選び放題。
俺はいつも一番後ろの通路側に座る。
予告が数本流れ、本編が始まる。
この映画は観たい映画をチェックしてる時に偶然知った。
子どもの時に感じた違和感の正体を大人になってから確かめに行くロードムービー的な映画らしい。あまり情報がなくてそれくらいしかあらすじがわからなかったが、公式で観たPVの雰囲気とかカメラワークとか映像が好みだった。ただそれだけで興味を持ったのだ。
二時間後。
エンドロールが流れる。
放心状態だった。
一般受けはしないかもしれない、所謂大ヒット映画とは違う。
それでもなんだこの清々しさは。痛快。
感動という言葉のなんと陳腐なことか。
どう表現したらいいのかわからないが、とにかく俺の映画史ベスト3に食い込んできたのは確実だった。
まさか口直しでこんな映画に出くわすとは…
エンドロールが終わり、劇場の明かりが点く。
のそのそと立ち上がると通路を塞ぐやつがいる。
例のバイト君だった。
制服じゃないから一瞬わからなかった。
俺の顔を見てニヤッと笑うと
「ほらね、俺の言った通り、気に入ったでしょ?」
と勝ち誇った顔をする。
悔しいがぐうの音も出ない。
俺が黙っていると、
「奢りませんからね」
と賭けの勝ちを宣言する。
そんなことはどうでもいい。
この満たされた心と感情を解き放ちたいんだよ。
「なあ、君、もうバイト上がったんだろ?」
「そうですけど、君じゃないです、望月です」
「望月くん、このあと時間あるか?」
望月くんはまたニヤッと笑うと、
「わかりますよ、語りたいんですよね?
俺もそうなりましたもん」
「望月くんは未成年か?」
「いえ、21です」
「時間あるなら飲みに行かないか?」
ははっ!と高笑いすると、
「奢りなら行きます」
「奢らせてくれ」
「行きます」
「俺は直井だ」
「直井さん」
改めて、どうもと会釈し合う。
早く帰れという顔をしたスタッフさんたちの無言の圧に急かされる。
「ありがとうございましたー」
と声をかけられながら劇場を出る。
望月くんはスタッフなので、
「お疲れ様です」
と声をかけている。
「直井さん、先に行っててください」
「わかった表で待ってる」
「ういっす」
…………
「っしゃ!」
スタッフ3人とハイタッチ。
「田中、マジでリサーチ助かった!」
「いやあ、傾向と対策がハマると気持ちいい!」
「野口さん、急遽変わってくれて本当にありがとう!」
「チャンスは逃しちゃダメよ!」
「村上さんは…お疲れ様w」
「なんだよそれ! 俺だって頑張ったんだぞ!」
「そうですね、感謝してます」
「お前待たせてるだろ? 早く行け」
田中が急かす。
「そうよ、これ逃したらこっちが報われないわよ」
と野口さんも急かす。
「行け!」
村上さんがダメ押し。
「ありがとう! 行ってきます!」
「行ってら!」
ずっと気になってた。
俺と映画の好みが似ている常連のあの人のことが。
話してみたい、もっと知りたい、そう思ってた。
俺の態度はわかりやすいようで他のスタッフにすぐバレた。
彼が好みじゃない作品に来場した時、
田中が、
「チャンスかも」
と言い出した。
他のスタッフたちも、
「ああいうタイプは好みじゃなかったら自分が許せなくて絶対途中で出てきちゃうはず」
という読みが的中。
みんな凄え。
そこからは自力だった、実はかなり緊張してた。
このチャンス、絶対逃さない。




