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すりガラスの向こう

作者: 弦'04

羽が折れた。つい先日のことだ。


仄かな光に包まれたソファに腰かけ、私はテーブルの上の破片を見つめる。

ほんの一瞬の出来事だった。力強く踏み込み、飛翔した私は、いや、飛翔などしていなかったのかもしれない。


とにかく、気がついたら私は自室にいた。羽は先から半分ほどが消えてなくなり、どうやら私の身体からも離れてしまったらしい。


もはや羽とは呼べない”それ”を見て、私は思い出す。

一体私の身に何が起こったのかを。


過去を整理しよう。

私は階段を昇っていた。

なぜ昇っていたのか。

それは目の前に階段があったから、としか答えようがない。

あるいは、この目の前の鉄屑を使って飛翔するためだったのかもしれない。

なにか、昇らされていたような感覚がないでもないが、今となってはその正体は掴めない。


その階段は踏みしめている感触がまるでなかった。自分がなぜ昇ることができているのかも分からないまま、私はただひたすら足を前に出し続けることで、昇り続けた。


昇った先には、何も無かった。いや、それは正しくない表現だ。昇った先には、階段の最後の一段があるのみだった。

そして、私はそれを飛ぶための台だと、そう信じた。


眼前に広がるのは、昏くも輝く神秘の空。

目指すのは一等星も霞んで見えないほどの光を放つ一番星。

そう、信じた。

そして、堕ちた。


そうだ、思い出した。

私は堕ちたのだ。無様に。滑稽に。

一番星ですらない、路傍の星に、焼かれ、溶け、堕ちた。


そうして我に帰すると、えらく視線が低い。

気付かぬうちにもたれかかってしまっただろうか。

立ち上がろうと下を見やると、どうやら脚がない。

混乱している。

今一度確認しようと、脚に手を伸ばす。

が、その手もない。

なんだこれは。パニックになり周囲を見渡す。そうできる目が残っていることは確かだが、その他は何も視認できない。今、私はどうなっている。一体、私には何が残っている。


これが、代償だろうか。

あの階段を、踏みしめることができなかった。

なぜ昇るのか、分からぬままに昇った。

神秘の空で、図々しくも一番星に手を伸ばした。

その、代償なのだろうか。


だとすればそんな私に、唯一目だけを残すなんて、それはまるで罰のようにも思える。


だってそれは、今まで信じてきたものだから。

それだけでは足りないと、今まさに突きつけられたものだから。


目だけがあっても、目に見える「私」はもういないのだから。

階段を踏みしめられなかった私から、「私」を取ったら、私は何を信じればいいのか。何に縋ればいいのか。


私を救うのはー

そんな思いで天窓を見ると、外はすっかり暗くなっていた。


すると、視線の先の天窓が、ひとりでに開く。

いや、ひとりではない。幾多もの手が、腕が、天窓を開け、暗闇からこちらに手を伸ばし、手招きをする。

逃げ出そうにも脚がない。

目を閉じようにも瞼がない。

私は、逃げ出したい一心でひたすらに目を逸らす。


逸らした先はある種の定位置で、私が先ほどまで見つめていたテーブルの上だった。

そこには既に折れた羽はなく、代わりに光輝く一つの箱があった。

その箱は、外の暗闇を掻き消すほどの強い光を放っていた。


私は、縋る思いで箱を見つめる。

しばらく経ってその明るさに目が慣れた頃、漸くその箱の輝きの正体を、この目で捉えることができた。


それは、エールだった。

それも、大量の。

私の現状に対して応援し、励ます沢山の言葉たちだった。


違う。

私と何の関係もなく、私のことを一片も理解もしていない者たちの無責任なエールでは、私は救われない。

本当に救いたいのなら、その脚をくれ。

その手をくれ。

その羽をくれ。

覚悟も責任もない言葉では、たとえ私でなくとも救うことはできない。


喧しく錯綜する箱の光に心底失望した私は、次の目のやり場を探す。


そうして何時間経っただろうか。

時計は既に日の出の時間を過ぎていた。

しかし、カーテンを閉め忘れた窓を見ても、外はまだ暗いままだ。


「あぁきっと、私がこの部屋から出ないと、この夜は明けないのだろうな。」

そんなことを直感的に感じ、そしてまた根拠もなく信じてしまうぐらいには、私は疲弊していた。


ふと、ぼんやりとした思考のまま、外に出ようとドアに目を向ける。


……向こうに誰かいる。


すりガラス越しに影が見えるのだ。

私は驚きの声すら出せず、ただただ影を見つめる。

そして次第に、祈りにも似た問いが、遂に私を支配した。



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