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男村  作者: 五郎八まなみ
6/6

身も心も変わった

 そこからの八ヶ月はあっという間だった。

 二人の言う通り、至れり尽くせりの生活で、聖は大きな不安を感じることのないまま妊婦生活を送っている。

 カオルは本当に医者らしく振る舞い、診察に行くたび、腹の中の子のエコー写真を手渡してくれた。

 最初は実感がなかった聖だが、その写真を見るだけで自然と父性が、いや母性が湧き上がってくる。胎動を感じ始めると愛おしくてたまらなくなった。

 陣痛はとてつもない痛みで仮に男性がそれを経験したら耐えられずに死んでしまう。

 そんな都市伝説みたいな話を昔聞いたことがあった。それを思い返し、急に不安になりカオルにそれを打ち明けたことがある。だが、彼は笑って、「聖はもう女性だからなにも心配することはないじゃないか。それに、何度も言うが俺は名医だ。安心しておけ」と、自信たっぷりに語った。

 聖は、カオルにすべてを委ね、あとは運を天に任せるしかないと腹を括った。


 突然、その日はやってきた。予定日の三日前に陣痛が始まった。なにかあってはいけないからと一週間前から、診療スペース内に備え付けられたベッドで聖は寝泊りをし、カオルもそこに付き添っていた。

「ウァー、助けて!」

 テレビドラマで妊婦役の女優がとんでもない声をあげるのを見ながら、『嘘っぽい』と、どこか冷ややかな目で見てきた聖だが、あれはかなりリアルな出来上がりなんだと今さらながら感心する。

 こんな痛みを経験するから、我が子のことが可愛くてたまらなくなる。

 それはわかる気がした。でも、痛い。痛すぎる。

「聖、がんばって頭が見えてきたから!」

 カオルは、分娩台の上で大股を開いている聖の股間を覗き込みながら、大声で叫ぶ。

「ほら、呼吸を整えて、ヒッヒッフーって練習しただろ!」

 そうだ。これもドラマでやっている呼吸法だ。本当にやるんだと思いながら、カオルと一緒に呼吸に気を配る。

「そう、そこでいきんで!」

 カオルの言葉に従うと、ツルッとしたものが膣を通っていくのを感じた。

「聖、よくやった。男の子だよ!」

 生まれた瞬間から大泣きをしている赤ん坊の身体を抱えたカオルが泣きながら枕元にやってきた。

 やっぱり男の子だと思ったが、そのくしゃくしゃの顔を見た聖の瞳には涙が浮かんだ。可愛かった。

 出産後、自分の乳首に薄っすらと白いものが滲み始めたのにも驚いた。

「これが母乳?」

「そう、母乳。栄養価が高いからね。赤ちゃんにたっぷり飲んでもらわないと。でも、俺も飲みたくなってきたな」

 カオルは相変わらず軽口を叩く奴だ。だけど、案外憎めない男であることに、ようやく最近気づくことができた。

 乳首を咥えて一生懸命に乳を吸う我が子は本当に愛おしい。

 十ヶ月前の自分がこんな姿を見たら驚くだろう。男だった自分が母性に目覚め、こんなに子どもが可愛いなんて思う日がくるなんて想像すらしていなかった。

 人生、なにが起こるか本当にわからないものだ。

 カオルと智大の言っていた通り、村の人が入れ替わり立ち代わりやってきて、子どもの面倒を見てくれている。

 男村。

 確かにそうだった。聖と、その子どもの世話を焼きに訪れてくるのは、すべて男性だ。中には、あの店のレジのじいさんもいる。いつも人の顔もまともに見ないし、笑顔すら見せないのに赤ん坊にはデレデレだった。

 みんな我が子でも孫でもないのに心から可愛がってくれる。

 子は宝。まさにその通りだ。

 聖は、ずっと男村に住み続ける覚悟を決めた。将来に対する不安もない。そばには可愛い子もいる。そして、今、腹の中には三人目の子の命が宿っている。

 そろそろ胎動を感じられる頃だろう。

了 


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