目覚めた先に起きたこと
目が覚めると白い天井が見えた。古民家を改修した聖の自宅ではないことは確かだ。
それにひどい頭痛。聖は自らにかけられていた布団を剥がしてゆっくりと起き上がろうとする。と、同じベッドに若い男が寝ているのを見つけた。
色が白く痩せているその男は全裸だ。ふと自分の身体に視線を移すと、なにもまとっていないことに気がついた。
ズキンズキンと脈打つように痛みが襲ってくるのを我慢しながら、聖は昨夜のことを思い返そうとする。
スナックメロディに智大と出かけたこと。
そこで金髪のカオルという若いママに接客をしてもらい焼きそばを食べたこと。
ビールの他にウィスキーも飲んだこと。
(そうだ。最後にカオルから差し出された酒を飲んだ。あれだ。度数が高くて思っている以上に酔いが回ったんだ。でも、この男、昨夜あの店にはいなかったはずだ。誰だこいつ)
パズルのピースを一つひとつはめ込んでいくように、記憶を整理したが、どうしても自分の隣で眠る男性の素性だけが思い出せない。
(記憶が飛んだ後に出会い、意気投合して飲み明かしたのか。でも、僕はそんな酔い方はこれまでしたことがない。いや、もともと酒は強くない。歳のせいでさらに弱くなってしまったのかもしれない)
いくつか仮説を立てて自分なりに検証したが、どうしてもしっくりとくる答えを見つけることができなかった。
「う〜ん、おはよう。聖」
ようやく目覚めたその男は腕を大きく伸ばした。
「お前は誰だ」
「聖。いきなり、誰だ、はないだろう? 昨夜は一緒に楽しんだじゃん」
そう言いながら起き上がると聖の肩を抱こうとする。聖は、自分に触れようとするその男の腕を振り払う。
身体を動かすたびに頭に激痛が走ったが、今はそれどころではない。
「なんだよ。そんなに冷たくしなくたっていいじゃん」
男はふてくされた顔をして、軽く聖を睨みつけた。
「昨夜、お前もあの店にいたのか?」
痛みをこらえながら、聖は尋ねる。
「あの店? メロディ?」
「そうだ」
「いたよ。ずっといた」
「ずっと?」
「そうずっと」
「じゃあ、僕が酔いつぶれた後に、あの店に来たってこと?」
「いや、だからずっといたって」
「ずっと……?」
彼は終始笑顔で答えるが、対する聖の顔は曇ったままだ。
「よく見てよ、俺のこと。誰かに似ていると思わない?」
その男の言葉に従い、聖はまじまじと彼の顔を見つめる。
「あっ、カオルさん?」
「…………」
「いや、似ているけどやっぱり違う」
金髪に白い肌、笑った顔の雰囲気。
確かに昨夜自分と智大の相手をしていたカオルに雰囲気はよく似ていた。
だが、彼女は確かに女性だった。細身なのは、目の前にいる男性と同じだが、柔らかな女性特有の肌の質感を彼女は持ち合わせていた。胸のふくらみも自然に見えた。
「似ている? 当たり前じゃん、本人だもん」
心の中で自問自答をして思い悩んでいる聖のしかめっ面を見て、彼は笑いながらそう言った。
「本人?」
大きな声を出すとこめかみに痛みが響き、聖の表情はますますゆがんだ。
「酔いつぶれちゃったからさ。ここに連れてきてあげたわけ。そしたら、聖ったら俺のことをほしがったじゃん。まあ、確かに、おじさんだけどタイプだなって思っていたから、まあいいかなって思ってさ」
男は、すべて言い終わらないうちに、聖の肩に腕を回そうとする。
「ちょっと待てよ」
聖は彼の腕を振り払おうとしたが、身体が鉛のように重く俊敏に反応することができない。まだ昨日の酒がたっぷりと身体の中に残っている。
「なんで拒むの? 俺の中で射精してから、まだ数時間しか経っていないって言うのにさ」
彼の言葉を聞いて、聖は自分の顔が真っ赤になっていくのを感じた。身体の力が抜けていく。
するとすかさず、その男は、聖に覆い被さりその口を自分の唇で塞いだ。
抵抗する間もなく、彼は聖の口の中に舌を入れてきたが、聖は柔らかな舌とは異なるモノが自分の口に入ってくるのを感じて身体中の力を振り絞って男を引き離そうとした。
が、遅かった。
男は、舌をうまく使いそのなにかを聖の喉にまで押し込むと、瞬時に聖から身体を離して目の前にいる彼の顎を手で押し上げるようにしながら顔を上に持ち上げる。
思わず、ゴクンと聖はそれを飲み込んでしまった。
異物が喉から食道へと流れていくのを感じたが、もうどうすることもできない。
ようやく男を押し返す。いや、彼の方が力を緩めて聖から身体を離す。
「なにを飲ませた」
聖は男を睨みつける。
「えっ、知りたい?」
おどけた様子で答える。
「当たり前だろ」
「そんなに怒らなくても大丈夫だよ。毒じゃないから」
そう言いながら微笑む男が聖にはなんだかとても憎らしく見えた。
「じゃあ、なんだよ」
「しょうがないな、教えてあげるよ」
男は、ベッドサイドテーブルの引き出しを開けるとピルケースを取り出し、そこから白いカプセルを手に持って聖の目の前に突きつける。
「今、聖の身体の中に入っていったのは、これだよ」
「なんの薬なんだよ」
聖は、同じ質問を繰り返した。
「俺もね、昨日はこれを飲んでたの。だから、胸のふくらみもあったし、身体に脂肪もついてた。あっ、その代わり、その間、こいつは消えてたけどね」
そう言って、彼は自分の股間に視線を落とす。
聖は、男の話の意味がまったく飲み込めなかった。
「まだわかんない? だから、この薬を飲むと女になるんだよ」
自分の目の前で首をかしげる聖の姿がおかしかったのか、彼は吹き出した。
「女に? 男が女に?」
注射や服薬でホルモン療法を行うと男性でも女性のような身体つきになるとは聞いているが、薬だけでは男性器は消えない。それに手術をしてしまえば、元に戻ることはできない。
だが、聖と会話をしている男は、どこからどう見ても男性そのものだった。
「納得できないって顔をしているね。でもね、事実なの。この薬を飲むと男性が女性に変身することができる。ただ、さすがに身長を縮めることはできないんだけどね」
そう話す彼は、ベッドの上に座っているからはっきりとはわからないが、確かにカオルと似たような背格好かもしれない。
「君の話が本当だとすると、この薬を飲むと女性の身体つきに変わるってことなのか?」
「そういうこと」
相変わらずの笑顔だ。どこかうれしそうな表情にも見える。
「じゃあ、僕の身体も女になるってことか。えっ……」
聞き慣れている自分の声じゃない気がした。
慌てて腕をあげて自分の手を見つめ、そして視線を下に落としていく。
「あっ!」
肌質がなめらかになり、そして、胸が少しずつ突起していくのが目に入る。さらに視線を落とすと、胸が膨らんでいくのと反比例するかのように、男性器が小さくなっていく。
「えっ、なにが起きているんだよ。止めろよ、おい!」
「止まんないよ」
男は腹を抱えて大笑いをしている。
聖はなにもできずに呆然と自分の身に起きていることをすべて受け入れるしかなかった。
数分とかからないうちに、聖は、いや、聖の身体は女性化していた。形のいい乳房を触ってみると、これまで触れてきた女性のそれと質感はとてもよく似ている。
ウエストにくびれができ、下半身にあるのは女性器のようにも見える。聖は自分の股間を必死に眺めた。
上から見ると確かに女性になったようだ。しかし、実際は違うかもしれない。そんな期待を持つ。
「大丈夫だよ。ちゃんと女になっているから。それにしてもいいケツしてるな。こりゃいい子を産めそうだ」
昨夜、カオルだった男はそう言いながら聖に覆いかぶさる。
とっさに聖は力を振り絞って男を拒もうとしたが、自分が思うほどの力を出すことができなかった。
「えっ、なにこれ、力が入んない」
聖があげたその声は、キーが高く女性そのものだ。
「よかった。立派な女性になれたからね。男の力にはかなわないんだよ」
男は聖を押し倒して馬乗りになり濃厚なキスをしながら乳房に触れる。と、それまで感じたことのない感覚を聖は味わった。
それは、自分で自分の胸に触れているときとはまったく違うもので、自分の身になにが起きているのかまったくわからなかった。
ただ、彼に身体の至るところを触れられるうちに、どんどん力が抜けていき、自然と相手に身を委ねてしまう自分自身が悔しかった。抵抗しようがなく、流れに任せるだけだった。
男の言う通り、聖の身体は女性になっていた。自分の中に男性器が入ってくるのを感じるとさらに興奮が高まり、そして、それから数分と経たないうちに迎えたエクスタシーが聖をよろこばせた。