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FragmenT:レコード  作者: うにゅら虫
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1_1 『出逢い_神代の継承_』

 出逢いとはいつも唐突である。

 

 仕事であれプライベートであれ、「どこで」「誰と」出会うかは偶然である。それが異世界ともなればその奇天烈さは増す。

 例えば、洞穴の中で異形のロリババアと出逢うとか。


 「‥‥なァ」

 「なんじゃ。小さき体躯に欲情する夫の血はなくなった子孫よ」 

 「ここから出る方法はねェか?」

 「脳が変態性で埋め尽くされた夫の血、ホントに継いでるのか!? 継承中何があったらここまで性に対して無関心になるんじゃ! お前の目の前にいるのは生まれたばかりの衣一枚も着ていない女児じゃぞ!?」

 「もォ一度聞くぞ? ここから出る方法はねェか? オレはあまり気の長ェ方じゃねェンだ」

 「継承毎に血は薄れるとは知っていたがここまで薄れるとは…」

 「‥‥‥‥‥‥‥はァ」


 恥じるフリをしていたロリババアに問うも、帰ってきた答えは見当違い筋違いのものであった。どんなボケ方を噛ませば、赤の他人を自身の子孫と勘違いできるのか。あまりの話の通じなさに青年は紫がかった黒髪をかき上げ、疲れた息を吐くことしかできない。

 そんな青年の様子を知ってか知らずか、ロリババアは話題を変える。


 「数代経た結果ワシになにも思わなくなったのは残念じゃが、ここに来たということは”その時”が近いということじゃな?」

 「あ?」

 「子々孫々まであの災厄を持ち越すことになるのは頭の下がる思いじゃが、邪龍の討伐はワシの役目。予言の日までやることは多いからの。早速じゃが宮廷まで案内してくれんか?」

 

 突然の展開に青年の動きが止まる。意味ありげな「その時」という単語に加え、追加される「邪龍討伐」の情報。どうやらこの洞穴の外は戦争状態らしい。

 青年の異世界転移先はのんびりおだやかな世界ではないらしい。前の世界では人類は侵略者()の戦争に巻き込まれながらも、人類同士の争いはほとんどない、まぁまぁ真面な世界だったというのにこの世界は苛烈さが増しているようだ。

 

 今の青年にとって、悪意に塗れた世界というのは邪魔なものである。


 案内される気まんまんの勘違いロリババアに青年は軽く息をつき、問い掛けた。


 「オレにとッちゃァどォでもいいンだが、その宮廷に行くにはどォすればいい? 外に出られるんらそれに越したこたァねェが」

 「なんじゃその言い方! まるで自身にとって邪龍討伐の戦争なんて関係ないという言い方! 最近の若者は社会問題に向き合う努力を怠っておるのか! 恥を知れ恥を! 仙龍の末裔がそのようなことを言ってはならん!!」

 「ちッ、話を最後まで聞け。オレは仙龍の末裔でもなければこの世界の住人じゃねェ。飛んだ先がここだッた。それでここから出る方法を聞いてンだよ」

 

 お門違いなことでキレられ、しかし感情的にならず冷静に状況を説明する青年にロリババアは最初は怒りを露わにしていたが、やがてぽっかりと口を開けた。


 「いやいや、なにをわけわからんことを言っておる。責任から逃れたいあまりそんな現実逃避を‥‥」

 「お前今さッきオレが先祖の血を引いてねェとか抜かしてた癖に掌返しがお粗末じゃねエか? 実際見てみろ。オレの腕にお前みてェな鱗はついてねェし、髪もトカゲの尻尾みたいなことにはなッてねェ」

 

 腕をまくりあげ、白寄りの肌色を見せつける青年にわなわなとロリババアが震えだす。


 「じゃ、じゃぁ別の世界からやってきたと? 無理があるじゃろ。この洞天にはワシか夫と同じ”目”を持つ血族しか入れん。どうやって入ったと言うんじゃ」

 「だァかァらァ、見てみろッつッてンじゃねェか。ほれ、オレの目はお前の言う”目”が入ッてンのかオイ」


 ロリババアの視線の高さまで腰を折って目線を合わせる。世の汚さを凝縮したような青年の目をロリババアは軽く視界に入れた後、すぐに顔を逸らす。


 「う、嘘じゃ‥‥」

 

 何を見たのか、はたまた何も見えなかったのか、再度ロリババアは青年の目を見る。だが結果は変わらず、どろどろと、負の感情が煮詰まったような青の目には、仙龍の血族が持つという”目”はなかった。


 「ほ、本当に他人じゃ。しかも他の龍の目もない」

 「本当もなにも最初から他人なンだよ。ンで、ここから出るにはどォすんだよ」


 がっくしと肩を落とすロリババアに青年は容赦がない。

 ロリババアは「仕方がない」と一旦目を伏せる。


 「仙龍の末裔が来る前に目を覚まし、しかも赤の他人に寝起きを見られるという醜態。全くワシも鈍ったな。恥じねばならぬ」

 「もッと恥じるとこあンだろ」

 「しかし早々に目を覚ましたことで予言への準備もより早く進められる。この身体なら全盛期の力を存分に奮えそうじゃ」

 「いちいち声に出さなくても聞いてねェから言わなくてもいいぞ」

 「ワシの覚悟にいちいち水を差すんじゃない小僧!」

 「少なくともお前より長生きしてンぞ。‥‥‥‥‥うン? どォしてこうも、いやいいか」


 ロリババアの言葉に突っこみを入れていた青年がふと首を捻る。正体不明の違和感が出てきたが、青年は首を振ってその疑問を遠ざける。

 そんな青年を横にロリババアは目を開ける。瞬間、深紅の瞳が淡い紺碧に内側から染められる。そして同時に口が開き、言葉が紡がれる。

 

 「開門。この世から隔絶されし不朽の寝台は今ここにて太陽の下に掲げられる」


 世界の色が変わり、呪文となった彼女の言葉が光となって洞穴内の虚空を縦に割る。空間を分断する音と共に洞穴内の薄暗さが外からのまばゆい光によって明るさを増す。

 やがて洞穴そのものが虚空へと消えてゆき、代わりに開かれた世界が青年と彼女の視界に広がった。

 途端、青年の感覚が鋭利になる。


 無理もないことだ。


 「――――な、ぁ」


 隣ではロリババアが絶句している。おそらく、この光景そのものが本来のこの世界の光景ではないのだろう。


 木々は枯れ果て、池のあっただろう場所には枯れた藻と巨大な穴、剥げたタイルは何百年と経っているのだろう、砂に近いほど風化しておりぎりぎり形を保っているだけの状態だ。

 もともとは緑の生い茂るデカい池のある公園だったのだろう。今やそれは見る影もない。


 「嫌な気配だ。本来は好きだが、今じゃァオレの視界を遮る壁にしかならねェ」


 青年は絶句するロリババアを置いてぐるりと公園を見て回る。想像通りと言うか、なんというか、公園以外も荒廃していた。

 元々高度な文明を持つ種族がいたのであろう、近未来的な建造物は崩れ落ち、錆び切った鉄骨を覗かせながらあちらこちらに散らばっている。有名な人物だったのであろう銅像も砕かれている。おそらくこの有り様はロリババアの言っていた「邪龍」とやらの仕業だろう。

 

 「落ちている残骸から推測するにこのあたりは大都市、…首都ッつッたとこか? 入念な破壊の仕方に見せつけるよォに図体のデカい建造物は側面を削られていやがる。邪龍がどォいう存在かは知らねェが、このあたりが一番奴にとッて自分の強大さを示す場所だッつゥわけか」

  

 淡々と見てきた情報から説を導き出す青年に、ロリババアは唖然としていた。


 「龍の者ではないというのに見ただけで分かるのか?」

 「分かるわけねェだろ。オレは悪意の残滓を見て判別してるだけだ。なンにせよ、その反応だと正解なよォだな」

 

 青年の確信に頷き、ロリババアは公園のアーチ”だったもの”を潜り抜けると北東の方面の指さす。


 「あっちにワシの言っていた王宮がある。この辺りは王宮の直轄領だったんじゃ。じゃがこの有り様じゃと王宮も同じ状況になっとるじゃろうな」

 「同じどころか、この手の自己顕示欲の高い奴は王宮とかなら手形つけてもおかしくねェ。ただ破壊するだけじゃなく、後から見た奴にも伝わるよォにする。その”邪龍”はかなりのキレ者みてェだな?」

 「あぁ、当時も封印まで漕ぎつけるのにかなり苦戦したからな」

 「封印だと?」


 昔の状況をありありと思い出すかのように、ロリババアは渋い顔をする。その台詞に反応したのは青年だ。


 「仙龍ッつゥ種族がどォいうモンかは知らねェが、聞く限りだと龍の長ッつッたとこか。そんな奴が封印してもしきれなかッたのはどォいうことだ? お前の口ぶりから手ェ抜いたとは考えられねェ」

 「実際小僧の言ってることは正しい。ワシはあの時全身全霊で封印を施した。洞天で眠るくらいにはな。じゃが奴は狡猾じゃった…」


 人差し指と中指で頭をぐりぐりするロリババアは北東方面へと足を向かわせる。その道は王宮へと続く道でもある。

 青年はその後ろをついて行きながらロリババアの言葉に耳を傾ける。


 「話しながらでも良いか?」

 「別に構わねェが、行ッても大して収穫はねェぞ。わざわざ倒壊した王宮見に行く意味があンのか?」

 「意味なら、あるさ」


 それ以上の言葉はなく、ロリババアはこころなしか速足で王宮へと歩いて行く。龍を統べる王としての責任感だろうか。はたまた邪龍への復讐、その覚悟を決める為だろうか。

 

 少し歩いていると、ロリババアはふと青年に声をかける。


 「聞くが、小僧は名をなんと言うんじゃ?」

 「オレの名を知りてェなら自分から先に名乗るのが筋だろォが」

 「可愛げのないガキじゃ。最近の若者は先達に対する敬意はないのか? こんなナリじゃが、ワシはこの龍邦の国の女王じゃぞ」

 「その女王とやらが統治してた国は壊滅状態だぞ。いまさら威厳なンざあると思ッてンのか敗戦国の末路が」

 「生物としての思いやりを捨てたすさまじい言いようじゃな⁉ 本当のことじゃから言い返せんわい…」

 

 少し威張った台詞を言った結果、青年の容赦ない口撃にあっさりと敗北するロリババア。彼女は「仕方ないわい」と項垂れ、

 

 「ワシの名はエル・ドラゴニア・サイフェルス・オンパージ・アンクレアじゃ」

 「長ェな。老人への尊敬がねェオレへの当てつけで正式名称言わせよォとしてンじゃねェ。言い慣れてねェ部分があるあたり、本名はエル・アンクレアか。さては平民の出身だな?」

 「ワシの思惑が見透かされた上、ワシが平民の出であることまで推理されててビビるわ! その通りじゃ! ドラゴニア・サイフェルス・オンパージは夫の姓じゃ。社交的な場以外ではエル・アンクレアで通しとる」

 「面倒臭ェ無駄なプライドに滅んだ国の威厳纏ッて、やることがオレ相手にマウント取りとは情けねェ」

 「えぇい、煩い煩い! ほれ、ワシが名乗ったんじゃから小僧も名乗れ!」


 余裕の態度を崩さない青年にロリババアもといエルは人差し指を突き付けて喚く。こっそりお菓子を食べている子供が親に見つかった時にする話のそらし方とほぼ一緒である。

 そんな子供っぽい仕草をするエルに青年はやはり淡々と応える。


 「ネロ。ネロ=ディクライン。名前に意味はねェ。好きに呼んでくれ」

 「ネロと言うのか。しかし名前に意味がないとな? 親から聞かなかったのか?」

 「聞いて何になる? 名前の後に人物が来るンじゃねェ。人物の痕跡に名前がついてくンだ。意味ある名前に価値はねェ」

 「深いようなこと言ってるがなんか暗めな過去がありそうな‥‥、いやまぁいい」

 「つゥかよォ」


 何か触れてはいけない闇を見たのか、エルは話を切り上げて前へと進む。青年ネロは大して気にした風もなく、しかし何か気になったところがあるのかエルを呼び止める。

 その視線の先は、エルの髪で隠れた薄紅色の皮膚を見ていて、


 「この世界の常識がどォなッてンのかは知らねェが、真昼間、…いや夜か? まァいい。外で真ッ裸で歩くのはどォなンだ?」

 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ちらり」

 「オレがさもいやらしい目で見ている前提で顔をわざわざ染めるのはやめろ。フリだッつゥのはもォ分かッてンだよ。それとも年老いてなお自分は若いし可愛いと勘違いしている結婚市場の売れ残りクリーチャーとして見てほしいか?」

 「くりーちゃーが何か分からぬが馬鹿にされてるのは分かるんじゃぞ! そして可愛いし実際若いじゃろうが!」

 「黙れ年増。外殻が若くてもその魂の熟し方は数百年モンだぞ」

 「魂の熟し方という単語はじめて聞いたわ!」

 

 シンプル悪口と蔑むネロの視線に、若作りエルが目を剥き叫ぶ。だが、肩を落とし、「確かにな」と自分の身体をぺたぺたと触る。


 「ワシは一応膨大な法力で身体の周囲に障壁を張っておるが、目に見えぬ者からすればすっぽんぽんの女王に見えるな。これでは変態扱いされてしまうわい。よいしょ」

 

 裸の王様のような言い分を並べ、エルは自らの身体に手を当てる。たったそれだけの動作で身体から光が溢れ、ローブのように彼女の身体全体を包む。目くらましで実質「服を着ている」状態にするかと思いきや、光の輪は収束し、真っ白のワンピースとなってエルの身体に纏った。

 麦わら帽子の似合いそうなワンピース姿のエルは「どうじゃ!」とネロを見る。自慢気な彼女の表情は見るからに「驚いてほしい」という念がひしひしと伝わってくる。


 「似合うじゃろ? ずっと着てみたかった服じゃ!」

 「ン? ‥‥あァ、まァ似合ッてンじゃねェか? それも法力とか言う力か?」

 「ちょっと想像の違う反応じゃが許そう。そうじゃな。法力に形と色を設定して固めるんじゃ。まぁ維持にも法力を使うから、早く普通の服を着たいもんじゃ」

 

 具体的にどれほど力を使うのかは分からないが、燃費が悪いのはよくわかった。色が一色しかないことやミニスカになっているのはそれが原因かとネロは思考する。

 法力という謎の力は気になるが、ネロの目的はそこではない。解析するならそれは目的が達成した後だ。それが顔に出ていたのか、エルはこちらを見ながら不満そうに頬を膨らませる。


 「なんかワシを見ながら別のことを考えていたじゃろ! 女じゃ女! ワシという初々しい女子を見ながら別の女を考えていたんじゃ!」

 「そォいう顔をしてたからな。あァ、気にすンな。お前よりずッと、ずゥッと、大事で大切な存在だからな」

 「そこはお世辞でも逆じゃろ! ワシはこれでも女の子じゃぞ! 暗黙の了解をしらんのか!」

 「なンで敬意もクソもねェ相手に世辞とか配慮が要ンだよ。自分がいつも配慮される側だと声高々に言うしかできねェ自意識の塊りが。義務も果たさず権利を欲するなンざ乞食と大して変わらねェ。息吸ッて吐くだけなら蛆虫の方が目につかねェだけマシだ」

 「むちゃくちゃボロクソに言うじゃないか! 泣くぞ!」


 「わーん!」と既に叫んでいるエルに、ネロは不快そうに頭を掻く。

 ここまで酷いことが口から出るというのに、完全に突き放す真似をしない。否、できないという事実に違和感を覚えているのだ。

 妙な親近感を抱くのは、決してネロの想う人とエルが似ているからではない。むしろ身体つき、背丈、性格、顔、思想、なにもかもが全く違う。ではなぜ、こんなにも親しい感情が湧いて出るのか。


 「‥‥チッ」


 答えの出ない思考に舌打ちをして、ネロはずかずかとエルの後ろをついていった。

 

 

 

 

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