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FragmenT:レコード  作者: うにゅら虫
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1_0 『転移_龍の洞天_』

 制御を脱した暴発はその威力もさながら、理を超克した速度で全方位へと散らばっていく。しかしそれを青年は黙って見てはいなかった。


 「――――クソが」


 エネルギーのいくつかが自分の身体を貫通し、構成物質のいくつかが飛ばされるが構わずに青年は混沌を進み続ける。

 毒づくが状況は変わらず絶望的であり、エネルギーの粒子を掴み取ろうにも法則を飛び越えた速度を抑えるどころか逆に引っ張られるようだ。


 侵略者()達の掃討作戦は結果的には成功したが、世界の知らないところで膨大な犠牲が払われた。そして今、その犠牲を最小にとどめようと青年が自らの全てを賭して―――。


 「クソが」


 今度はしっかりと毒づいた。それは安心によるものではない。むしろその真逆であり、世界の歯車にガムがくっついた合図でもあった。

 

 突如、ワームホールのような光景が青年の身体を包み込み、そのすぐ先でまばゆい光がその上を覆うようにワームホールを白く染め上げる。


 一種のワープのようなものだと理解した瞬間に、青年の目には全く別の光景が映っていた。


 「どこだァ、ここは…」


 空中浮遊の感覚から切り離され、視界の刺激の後に遅れて足が地面の上に立っているということを知覚する。


 「ジメッとしてやがンな。妙な磯臭さと言い、海底洞穴つッたところか」


 じろりと周囲を睨みつけるように一瞥し、青年は声帯の死んだような声で状況を確認する。道らしい道がり、安定しないの声の反響から計測するに、狂気を美とする神(ハスター)が作った迷路でもなければ、海に巣食う神(ハイドラ)の棲み処でもない。完全な自然の産物であることを確信した。

 だが同時に何故こんな所に飛ばされたのかはこれっぽっちも分からないようで、青年は少し顎に手を当てながらその場をうろうろする。


 鍾乳石から水の滴る音。そこらにびっしりと生えたコケ。壁を這うウミムシ。だがそんな環境は答えをくれない。


 様々な可能性を踏まえていくつか推論を立てたようだが、「違うな」とばっさり切り捨てる。


 「オレァ確かに”アレ”を追いかけて時空の裂け目に飛び込ンだ。ここに飛ばされる寸前まで、”アレ”の一部をオレは強く感じていた。だが今、そンな気配も全く感知出来ねェ」


 目的の為にした行動が裏目に出ることはあれど全く違う結果をもたらしたことに、未だに脳の処理が追いついていないのか、青年は長いため息を吐いた。

 

 「ここでウジウジしてても仕方がねェ。ついさっき起こった事象の解析はするとして、現状把握はしておかねェと…」


 そう言い、青年は軽く壁をさすり、そっと目を閉じる。


 知覚意識を研ぎ澄ませて、洞穴の道に通る風の音やそれ以外の音を拾おうと、地面を軽く蹴る音の反響を利用して調べるという、蝙蝠の超音波のような芸当をする青年はやがて眼を開けて、自身の手を当てた壁とは真反対の壁に近づいていく。

 

 「この先か。これくらいの厚さなら、…崩落の危険性はねェな」


 何かを感じ取ったのか、その答えを確かめるべく青年はその壁を手の甲でノックする。個室トイレの扉を叩く強さよりも少し強めに叩く動作にどんな意味があるのか。その答えは直後に轟音と共にぽっかりと穴の空いた壁が物語っていた。

 華奢な身体から放たれたとは想像できない衝撃力。それによって抉られた壁の穴の先には暗闇が広がっているが、構わず青年は暗闇に足を踏み入れる。


 ずかずかと歩いた先は先ほど青年がいたところのように、六畳ほどの小さい空間が広がっていた。


 「これか…」


 その空間の隅に向かい、青年は暗闇の先を見据える。常人では何があるのかも分からない真っ黒だが、青年は慣れたように自身の感じ取った存在を見据え、つま先で地面を軽く叩いた。


 トントンと、すぐに消えるような靴音が洞穴内に響き渡ったかと思えば、驚くべきことにぼんやりとその洞穴内部の壁が光り出したのだ。

 同時に青年が見ていた存在の全貌が明らかとなる。


 ―――デカい、卵であった。


 卵と言っても硬い殻に覆われている、ダチョウや鶏の卵ではない。ぷにぷにした半透明の青白い殻とその内側に静かに脈動している何かしらの生物。宇宙人映画に出てくる異形の卵のように、赤黒い粘液が獲物にまきついた蜘蛛の糸のようにその卵と壁とを縫い合わせている。


 「根源を貪る神(ダゴン)の幼卵に似てるが気配は全くの別物だな。形だけで言えば鳥類だが、この環境とこの粘性の糸と言い、どちらかと言えば魚類か両生類か…?」

 

 むしろエイリアンに近い宇宙人の卵を見ながら、青年はアテが外れたと言わんばかりに落胆する。ある程度の知能を持った生命体であれば、青年の持つ経験で意思疎通は可能だがそもそも生まれてすらいないとなると話す口もない。

 感知した際は、プルプルと震える何かという認識だったが実際は生物の卵であったという話。


 「いくらオレとて卵に通じる言語は持ち合わせてねェし、聞いても分かる可能性低ィンだよな」


 古今東西あらゆる言語には特定の法則性があり、青年にはその法則を理解できる頭脳がある。しかし卵との意思疎通は難解極まるものであった。

 青年は首を掻き、別の道を行こうと背を向ける。この世界の最初の出逢いが卵であることは悔やまれるが、青年にとって出逢いというものはさして重要なことではない。


 「他に言葉通じそォな生命反応はねェンだよな…。洞穴から出た方が良いかァこれ?」


 息を吐き、青年はゆっくりと歩み始める。


 が、その歩みも五歩で止められた。


 ―――真後ろで脈打つ卵から、水風船を割る音が響いたのだ。


 生命の誕生は尊いものだが、こんな薄暗く不衛生な場所で、しかも他に何かがあるわけでもない状況での生命誕生は恐怖すら覚える。

 青年は再び歩み出そうとしながらも後ろの存在が気になり目線を向ける。


 「――――あ?」


 今度こそ本当に青年の足が止まった。


 ぴたりと視線が卵膜を破り、外に這い出た存在に釘付けになる。無理もない。魚類か両生類の卵で子ども並みの大きさを持つ生物に関して、青年は良い思い出がない。だが、羊水らしき水たまりに浸かるその生命体は青年の持つ経験とは全くかかわりがない。

 

 ―――人だ、と。


 しかし青年のような人間的特徴の他に腕や脚に鱗がついており、頭には珊瑚のような角が二本生えている、いわば人魚のような存在であった。


 「鱗に角、掌は人間のそれだが水かきがあるな…。海洋生物系人類ッつゥところか。髪の毛どォなッてンだこりゃ。頭皮に近づくほど線がハッキリしてるが先端はトカゲの尻尾みたいになッてやがる」


 人型の”なにか”を観察する青年は素手で触ることに躊躇がなく、腕や髪を平然と持ち上げたり角を触ったりする。好奇心は猫をも殺すというが、この青年の場合、触っても安全だと確信しているか何かあっても対処できる力を持っていることの証左とも言える。

 ひとしきりその人型を触った後、青年は卵膜から零れ落ちた羊水を片手で掬い口に含ませる。ぎょっとするような奇行だが、青年は何も変態的なヘキを持っているわけではない。


 「考えてはいたが塩分はほぼねェな。だがこうも栄養の無ェモンか? 軟水に近ェがこの妙な安心感を感じさせるあたり、魔術的なシステムがありそォだな」


 育てる機能というよりは、仮死状態を継続させるための装置。その為の卵なのではないか、と青年は結論づけた。青年の知る、侵略者()の持ち込んだ”魔術”とは概念が異なるものだが、似た術が練り込まれているこの羊水こそこの生命体を今日まで存続させたものだと。

 経験を糧とする青年としてはこの世界にあるだろう謎の力について知っておきたいが、それよりも優先することがあるのも事実だ。

 

 「長居は無用だ。ここで謎の生命体のヒトモドキと関わッてる暇なンざねェ。さッさとこの薄汚れた洞穴から出ねェと…」

 「仮にも古き時代の神龍たるワシの洞天を「薄汚れた」とはな。最近の若者は角がないだけでなく先祖を敬う心まで失ったか」


 自らの怠惰を叱咤する言葉だったはずが、誰かへの悪口となったらしい。青年の言葉に反応するように”誰か”の声が薄明るい洞穴内に響いた。

 

 この場には目つきに殺意が滲む青年と、生まれたばかりの子ども大の生命体しかいない。ともすれば、青年の目の向かう先は必然と真下になる。


 「なんじゃ、そんな怖い顔をして。まさか死んでるとでも思っとったか?」


 青年の顔は元から怖いが、驚きなのは生まれたばかりと思わしき人型の生物が言葉を発したことだった。

 それだけにとどまらず、その人型は平然とその場に立ちあがる。それから自らの掌、髪の毛、身体を見て、最後に青年を見上げてそのまな板を精いっぱい張る。


 「どうじゃ、前の老いた身体とは打って変わって生まれ変わったワシの姿は! この希望が詰まった身体に対して、なにか思うことはないかの? 仙龍の象徴たる角がないとはいえ、子々孫々受け継がれていた”目”があればワシのすばらしさが分かるはず!」


 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


 無いものを張ってふふんと鼻を鳴らす幼女姿の生物に返されたのは圧倒的な無言であった。可哀そうなものを見る目とでも言おうか。

 青年の目は「やべぇの起こしちゃった」と言わんばかりの面倒くささを放っていた。

 幼女姿の生物もうすうすとその気配を感じてか、そっと恥部を手で隠す。


 「‥‥‥‥‥‥えっち」


 「遅ェよ」


 いまさらながら、頬を染めてその幼女姿の生物は恥じらいを見せる。そんな様子に青年はただただ、息を吐いて目を伏せるのみだった。

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