第3話
祐ちゃんの願いが簡単に叶えられるものではないと分かったところで、話題を切り替えることにした。
「祐ちゃんは今年クラス替えだったよね?やっくんと同じクラスになれたの?」
やっくんは同じマンションに住んでいる祐ちゃんと同じ学年の男の子で、柔道を習っているからなのか、体格が大きく年齢よりも年上に見られがちなので、よくわたしの同級生に間違えられている。そのたびに祐ちゃんが横でふくれっ面になっているけれど(笑)。
「うん、今年は大和と同じクラスになれたよ。唯衣ちゃんも入学式、今日だった?」
「唯衣も今日だったよ。これ、さっき唯衣から送られてきた制服姿の写真」
わたしはさっきスマホに送られてきた唯衣の制服姿の写真を祐ちゃんに見せた。
「のんちゃんの制服姿の写真もあるの?」
「うん、唯衣と送りあったのがあるよ」
「ぼくもその写真ほしい!」
「唯衣のはいいの?」
「のんちゃんのがほしい!!」
こういうところはほんとにはっきりしている。唯衣のが欲しいって言うようだったら、あげてもいいか唯衣に確認するところだけど、わたしが一緒に写っている写真以外で欲しがった試しがないのよね。
わたしは祐ちゃんのタブレットに写真を送ると、タブレット(というか高校の制服姿のわたしの写真)をじっと眺めている。
「唯衣の高校はセーラー服だけど、うちの高校は地味なブレザーだしあまりかわいくないよね」
「のんちゃんがもてたら困るからちょうどいいよ」
県内一位の偏差値を誇る高校の制服は本当にかわいくない。勉学にオシャレは不要なのは分かるけれど、かわいい方がわたしはヤル気が出るのに。まぁ、クラスの女子を見たところギャルっぽい子は皆無だったし、いわゆるガリ勉って感じの子が多かったかも。
「やっぱり遠いな…」
わたしの写真をまだ見ていた祐ちゃんがぽつりと言った。「いや、うちの高校は徒歩15分かからないから」って突っ込みたくなったけれど、そういうことじゃないのは分かってる。
「ほーら、思考がマイナスになるとネガティブおばけが仲間を連れてきちゃうよ。気持ちを切り替えて、一緒におやつでも作ろっか」
「あ、うん、ぼく、レモンのパウンドケーキが食べたくて材料買ってきてあるんだ」
「じゃあ、早速作ろうよ!」
祐ちゃんが両手で持っていたタブレットを没収してテーブルの上に置いた後、二人で台所に向かい、レモンのパウンドケーキを作り始めた。祐ちゃんと一緒にご飯やお菓子を作るのも、もうすぐ5年目になる。祐ちゃんもだいぶ手際が良くなったと思う。
わたしは小さい頃からおばあちゃんと料理やお菓子作りするのが楽しかったし、たまーにだったけれどお母さんがおいしそうに食べてくれるのがとても嬉しかったから、祐ちゃんともこうして一緒に料理をしたりお菓子を作ったりしている。
祐ちゃんのお母さんはなぜか祐ちゃんと距離を置きたがっているようで、祐ちゃんの弟の拓くんの方ばかりかわいがる?かまっている?イメージが強い。その分、祐ちゃんのお父さんがいつもフォローしているから、祐ちゃんは寂しい思いをしなくてすんでいる感じ。よその家庭の事情に首を突っ込むのはよくないとは思うけれど、いつかその理由を知りたいって思っている。
「レモン汁、しぼり終わったよ」
「じゃあ、こっちのボウルに入れて、他の材料と一緒に混ぜてね」
「うん!」
パウンドケーキの生地を型に流して輪切りのレモンを乗せて、あらかじめ加熱しておいたオーブンに入れて焼き始める。
「じゃあ、次は生クリームを泡立てよう!」
祐ちゃんが氷水を用意して、生クリームにグラニュー糖を加えて泡立てている。彼は頭もいいし、何をするにもすごく手際がいい。このまま大人になって欲しい(笑)
年下だけど、祐ちゃんと一緒にいるのは居心地がいい。一緒にいるのが当たり前で、自分が自然体でいられる感じ。まぁ、たまに祐ちゃんがネガティブになりそうな時があるので、意識を別のものに向けるよう誘導はしているけどね。ネガティブはダメ!小学生はそんな気持ち知らなくていい!いや、大人でもネガティブ思考は持っちゃダメ。
これは、亡くなったお母さんが教えてくれたこと、ずっと大切にしたい。
数十分経ってパウンドケーキが焼き上がり、二切れ分切って皿に盛りホイップしたクリームを乗せる。
「焼き立てのパウンドケーキ、おいしいね」
祐ちゃんがパウンドケーキを食べながら私の顔を見て、満面の笑みで言った。はぁ、この笑顔がめっちゃかわいいのよねぇ、なんて思っていたら…
「のんちゃん、好きです。ぼくの彼女になってください」
パウンドケーキを食べ終わった祐ちゃんが、パウンドケーキをまだ食べているわたしに向かって言った。祐ちゃんからの『好き』はもう数え切れないほど聞いているけれど、『彼女になってください』は初めて聞いた。
とうとう言ったかぁ、というのがわたしの感想だった。
すみません、最後数行追加しました。