第2話
「ただいまぁ」
「おかえりなさい。お父さん、入学式に間に合った?」
「うん、大丈夫だったよ、知佳さん」
「ねーたん、おかーり」
「奏ちゃん、ただいま」
自宅のリビングで、父の後妻である知佳さんとわたしと血が半分つながっている弟の奏汰が迎えてくれた。お父さんはわたしが中学1年生の時に再婚をして、弟は今年3歳になる。
わたしにとってお母さんは自分を産んでくれたお母さん一人なので、知佳さんって呼んでいるけれど、仲が悪いわけじゃない。むしろ再婚を勧めたのはわたしだし。
「ねーたん、えほんよんでぇ」
奏ちゃんがお気に入りのロボットの絵本を持ってわたしに近づいてきた。姉バカって言われそうだけれど、うちの弟めっちゃかわいい。将来は絶対イケメン!!だと思う。奏ちゃんに絵本を読んであげたいと思うけれど…今日はゴメンっ。
「奏ちゃんゴメンね、今日は約束があって、着替えてお昼ご飯を食べたらすぐに出かけるの」
「あら、そうなのね。奏汰、おかあさんが後で絵本を読んであげるから待ってて」
「ぶー」
奏ちゃんはちょっと不貞腐れたようにほっぺを膨らませた。はぁ、かわいい…
わたしは奏ちゃんをぎゅっと抱きしめた後自室へ行き、私服に着替えた。
「祐ちゃん、もう帰ってきているかなぁ?」
今日は小学校も始業式なので、帰宅しているかもしれない。わたしは、スマホのメッセージアプリで祐ちゃんにメッセージを送ってみた。
『わたしはもううちにいるから、祐ちゃん帰宅したら教えてね。』
祐ちゃんは小学生ということで、スマホはまだ持たせてもらえず、勉強用のタブレットも子供向けにカスタマイズされたものしか持っていなかったので、こっそりわたしのお古(と言っても一世代前だけど)を渡している。確かに子どもの教育上よろしくない機能やアプリは使えない方が親は安心だけど、使えるけど使わない方が良い機能があることを教えたり、インターネット情報の何が良くて何が悪いのかを教える方が重要だとわたしは思う。というわけで、わたしが祐ちゃんにあげたタブレットには何の制限もかかっていないし、ご両親はそんなタブレットを祐ちゃんが使用していることすら知らないと思う。そもそもダウンロードできるアプリも年齢制限に引っかかって限定されちゃうし、祐ちゃんはちゃんと考えて行動できる子だから何も心配いらないって、わたしは思っている。
なんて思っていたら、祐ちゃんからの返信が届いた。
『もうおうちにいるよ。今、お母さんはいないし拓も外へ遊びに行っちゃったから、こっちにくる?』
わたしは返信もしないでさっさとお昼ご飯を食べた後、自宅を出て隣の部屋のチャイムを鳴らした。中から祐ちゃんが出てきて、いつもの子供部屋に案内された。拓くんと二人でこの部屋を使用している。
祐ちゃんはオレンジジュースを2本持ってきて、1本をわたしに渡してくれた。そして既に座っているわたしの股の間に座った。誰かが見たら、小学5年生にもなって未だにそれはどうかと思うかもしれないけれど、二人きりの時はそれが当たり前のようになっている。元々は祐ちゃんがまだ小学1年生だった頃、小さくてかわいかったものだから抱っこするように座らせちゃったのを祐ちゃんがとても氣にいっちゃって、今でもそのまま続いている感じなんだけれど…
最近は「ぼくのほうが大きくなったら交代だからね!」と、言ってくるようになって、その顔がとても真剣なんだけどかわいさしかないものだから、思わず「うんうん」と頷きながら祐ちゃんの頭を撫でてしまい、子供扱いは嫌だと怒られるのがパターン化している。
「そういえば、何かわたしに言いたいことがあるんだよね?」
二人でオレンジジュースを飲みながら祐ちゃんに尋ねると、祐ちゃんはオレンジジュースをテーブルの上に置いてわたしの前に正座で座り直した。
「ぼくの願いが叶う方法を一緒に考えて欲しい」
いつもよりも真剣にまっすぐわたしの目を見つめている。軽い気持ちでの願いじゃなくて懇願という言葉の方があっているかもしれない。
「祐ちゃんの願いって何?」
あ、ストレートに聞きすぎちゃったかしら…?
「ぼく、のんちゃんと同級生になりたい」
んんんんんんんん???
普段から祐ちゃんは自分の見た目が実年齢より幼いことを氣にしているから、やっくんぐらい老けて見られる方法を相談されるのかと思ったら、同級生になりたいですと!?
「のんちゃんの…高校の制服姿を見たらすごく年の差を感じて…のんちゃんが好きなラブコメマンガみたいに同じ学校で一緒に過ごすことができないのが悲しくて…」
「確かに5歳差だと、小学校しか被らないよね」
「しかもたったの1年…」
大人になってからの5歳差はそれほど感じなくなるかもしれないけれど、学生時代の5歳差はとても大きいのはわたしにも分かる。それに、見た目の年齢差を埋めたいんじゃなくて、同級生になって一緒に学校生活を送りたいってことだよね。
「大学ならもしかしたらって思ったんだけど、5年は大きすぎるって思って。あれこれ考えてみてものんちゃんに待っててもらう以外の方法が思いつかなかった…」
付き合っているわけでもないのに、祐ちゃんはずっとわたしと一緒にいるつもりでいるんだって思うと、わたしってすごく愛されてるんだなぁってほっこりしちゃったけれど、本人にしてみたらそれどころじゃないよね。きっと高校の制服姿を見て焦っちゃったんだろうね。
「同級生になるのは難しいかもしれないけれど、同じ会社に就職するっていうのもありじゃない?」
「就職先が一緒なのはもちろんだけど、一緒に学生生活したい…」
あ…同じ会社に就職するのは前提なんだ。心のなかでちょっとくすっとしてしまった。
「とりあえず、すぐに叶いそうな願いじゃなさそうだから、どうするのがいいかゆっくり考えていこうよ」
わたしは自分の股の間に祐ちゃんを座らせて、きゅっと軽く抱きしめた。あっ、これが余計に恋情をこじらせる原因かぁ。