第11話
夏休みが終わってすぐ、お父さんたちは転勤でアメリカに旅立った。
一応、わたしがまだ高校生ということで、おじいちゃんとおばあちゃんが時々様子を見に来てくれることになったけれど、基本は一人暮らし状態。
お父さんが知佳さんと再婚して奏ちゃんが生まれてからは、うちに人を呼ぶことも減っていたけど……数ヶ月経った今では、唯衣とやっくんもしょっちゅう遊びに来るようになった。
そして祐希――ゆうちゃんに至っては、ほぼ毎日。ほんの数分でも理由を作って、必ず顔を出す。
まぁ、わたしとしてはいつでもゆうちゃんを抱っこできていいんだけどね。
ゆうちゃんは「逆がいい」って言うけど、残念ながらまだ身長はわたしの方が高いんだよね!
「はぁ~、やっぱりのんとゆうくんとやっくんといるのが一番落ち着くわ~」
今日も自然と4人がうちに集まって、期末試験の勉強や宿題をしながら、最近あったことを話している。
「美術科ってさ、やっぱり独特だよね」唯衣がぽつりと言った。
「ん? 何かあった?」
「美術科の子たちって、美大目指してるから、周りを全員ライバル視してる感じ。友達って言いながら、裏で蹴落とそうとしてるっぽい動きする子もいてさ……」
「うわ、それしんどいね」やっくんが顔をしかめる。
「うん。最初は『孤立してた方が楽かも』って思ってたんだけど……」
「“思ってたんだけど”?」
「この前、一人で運動部の練習風景をスケッチしてたら、バスケ部の2年生の先輩が声かけてくれて。同じ美術科で、話してるうちに仲良くなって」
「おぉ」
「そしたら、その先輩の後輩で普通科の1年生とも話すようになって、同級生の友達……できたっぽい」
「“ぽい”って(笑)」
唯衣の笑顔を見て、ちょっと安心した。
「やっぱ、高校生って青春って感じだな」やっくんがしみじみ言うと、ゆうちゃんも「うん、小学校とは違う世界だね」と同意。
「いや、あんたら普段の発言も含めて、小学生っぽくないから!」唯衣が突っ込む。
……確かに。この二人は、普段からわたしたちと遊んでるせいで、中身はもう完全にこっち側だ。
ゆうちゃんの見た目は小学2~3年生だけど、やっくんなんて、下手したらうちらの同級生でも通じる。
「のんの方は友達できた?」唯衣が逆にわたしに聞く。
「うーん……クラスメイトと会話はするけど、“一緒にいてホッとする子”は、まだ見つかってないかな」
「のんちゃんの学校って県トップの進学校でしょ? やっぱみんなピリピリしてる?」やっくんが首をかしげる。
「そう。少なくとも、うちのクラスはみんな『競争』って感じで、教え合いなんて絶対ない。“教えた相手の成績が上がるのは嫌”って雰囲気」
「うわ、それは怖い」やっくんが即答した。
「ね。教えることって自分のためにもなるのにね」
「祐希にはいつも助けられてるよ」やっくんが言うと、ゆうちゃんはちょっと照れた声で答えた。
「大和はちゃんと説明を聞いてくれるから、教えるのも楽しいよ」
「祐希、ほんと教え方うまいよな。比較対象が学校の先生とのんちゃんしかいないけどさ」
「……最後の一言いらなくない?」
「だって、のんちゃんの教え方、独特すぎるし。ついていけるの、祐希くらいだよ」
「なにそれ、わたしって教えるの下手?」
「「下手!!」」と唯衣とやっくんがハモった。……ひどい。
「そっかぁ……じゃあ、ゆうちゃんが二度手間にならないように、人に伝わる教え方、ちゃんと学んでみるよ」
「ぼくは今のままで大丈夫だよ。ちゃんと理解できてるし」
――ゆうちゃん、ほんとありがとう。こういうとき、必ず肯定してくれるの、ずるい。
「そろそろ夕飯の時間だから帰るね」唯衣が立ち上がる。
「俺も帰るわ。のんちゃん、祐希、また明日」やっくんも続く。
二人を見送ったあと、ふと視線を感じる。
祐希が、わたしをじっと見ていた。
「どしたの?」
「のんちゃんは、ファーストキスって何歳でしたいと思う?」
――……はい??
「ちょっと待って。それ、今ここで聞く質問?」
「ファーストキスの年齢をネットで調べたら――」
「うん」
「日本人の平均は18歳って出てきて」
「うん」
「思ってたより遅いなって」
「うん」
「でも、ぼくが中学生になってからだったら、のんちゃんも平均くらいになるから――」
……あー。なるほどね。迷走の果てにここにたどり着いたわけだ。
「ゆうちゃん、たぶんシチュエーションとか雰囲気、大事にしたいんでしょ?でもね、成り行きでいいんだよ」
「そうなの?」
「小学生がキスしちゃいけないって法律もないし!大事なのは“後悔しないタイミング”かどうか、それだけ!」
「……なるほど」
でも、まだ考えてる顔してるな。
「いい?他人の目とか平均値とか、そんなの気にする必要ないよ。一番大切なのは“自分がどうしたいか”! と、相手がいるなら、その相手が嫌がらないこと! それさえ守ればOK!」
「……うん」
「他人に迷惑かけないことなら、なんでもやってみるべし!」
「う、うん……」
「あ、そろそろゆうちゃんちもご飯の時間だよね」
「うん。また明日」
「またね!」
玄関で見送ったあと、わたしはちゃちゃっと夕飯を作った。
みんながうちに来てくれるのはうれしい。
でも、一人になったとき――ほんのちょっとだけ、寂しさが胸に残る。
だから、スマホを手に取って「一人暮らしを楽しむ方法」を検索している自分がいた。