第10話
祐ちゃんが小学校で津田さん達を責め倒したという内容のメッセージがやっくんから届いた。わたしに謝罪をしないでスルーをしようとしていたのが許せなかったらしいのだけれど、わたし自身は面白い経験をさせてもらったなぁって思っていて、あまり理不尽さとか感じていない。
わたしは犯人じゃないって初めから信じてくれていた人がいるから安心しきっていたところもあるのだけれど、事情聴取なんて一生に何回もあるものじゃないし…あ、でもカツ丼は出なかったなぁ。
祐ちゃんは普段はただただすっごくかわいいし、祐ちゃん自身に何かあっても怒ることはほとんどないんだけど、わたしのことになると本人より怒ることが多い。祐ちゃんはいつもわたしを守ろうと頑張っているのがわかるから、祐ちゃんの行動自体を否定することはないけれど、祐ちゃんってキレると周りがドン引きするほど怖いのがちょっとだけヤバさを感じる。
わたしのことを思って怒ってくれる祐ちゃんのことをわたしが怖いと思うことはないけれど、怒った祐ちゃんを知っている人は皆、二度と祐ちゃんに逆らわなくなるほど、相手を追い詰める。追い詰めて恐怖を植え付けている感じ?
きっと今回、津田さん達も祐ちゃんに追い詰められて、一生に一度あるかないかぐらいの恐怖体験をしたのだろう。やっくんからのメッセージに「相手がちびらなくてよかった」って書いているぐらいだもん。やっくんもいつもお疲れ様です。
わたしのナイト様?は普段は穏やか、でも怒ると過激派なのかも。
この件はこれで終わりにしたいから、わたしから祐ちゃんに詳細を聞くことはしないし、祐ちゃんもわたしに話してくることはないと思っていたところ、数日経って津田さんがうちまで謝りに来た。後ろには祐ちゃんとやっくんもいる。
「あ…あ、あの…こ、この前は本当にごめんなさい」
と、津田さんはうちの玄関前で、手をぴーんと伸ばしてお辞儀をするように菓子折を差し出してきた。ここに来るにはものすごく勇気が必要だったと思うんだけど、後ろの祐ちゃんの顔を見る限り、何となく祐ちゃんが脅したんじゃないかって気がしてきた。津田さん、ご愁傷様です。
「わざわざ謝りにきてくれてありがとう。これはありがたく頂戴しますね。それから、あんなことは二度としないこと、それで水に流しましょう」
「水に流す……?」
津田さんは意味がわからないのか、緊張で強ばっていた顔が不思議そうな顔に変わった。
「今回のことはなかったことにするってこと、家に帰ったら辞書やWebなどで確認するといいわ」
「は、はい…あ、ありがとうございます?」
祐ちゃんは何で疑問形って顔をしてる。何か思うところあるみたいだけど、こうして謝りにきただけでも凄いって思うから、わたしは水に流してスッキリさせる。
そして津田さんもやっくんも帰って、祐ちゃんと二人きりになった。
「のんちゃんはやっぱり凄いね。今回のこと、水に流せちゃうんだ」
「あぁ、津田さんのことについては全てにおいてなかったことにするっていう意味で、今後は会ったこともない体で1mmも関わらないっていう意味も込めて言ったのよ」
「そっかぁ…」
どんな状況であったとしても、人に罪をなすりつけようとする人と今後仲良くやっていきたいとは思わないもの。祐ちゃんみたいに相手を追い詰めるようなことはしないけれど、距離は置かせてもらう感じかな?
◇◇◇◇
その後は何かトラブル等も起きることはなく、すっごく平和に過ごしていたある日のこと……
お父さんが夕飯時を食べながら、「大事な話があるから、夕食後全員リビング集合」と言ってきた。お父さんがそんなことを言うのは初めてなので、何か重大な事でも起きたのかと少しドキドキしてきた。
「実は、会社で辞令が出てトーランスに転勤になった」
「トーランスって、アメリカ?」
「そうだ」
「いつから?」
「8月から」
「あら、あと2ヶ月ぐらいしかないわ。単身赴任で行くつもりですか?」
「いや、出来れば皆も一緒に来て欲しいと思っている」
お父さんの会社はもともと海外への出張や転勤も多いけれど、お母さんが生きていた頃は全部断っていた分、今になって辞令が出てしまった感じなのかも。うーん、長期休みで遊びに行くぐらいならいいけど、わたしは日本に残って高校を卒業したいなぁ。
「わたし、こっちに一人で残っていい?」
「海外へ行きたくないのか?」
「ううん、そうじゃないけど、高校も大学も日本の学校に行きたいから」
「そうか……なぁ、もう少し考えてみないか」
「大丈夫。1ヶ月後も同じ答えだから。だから3人で行くといいよ」
「星希は一人暮らしするつもりなのか?」
「もう就職していてもおかしくない年なんだから、一人暮らしでも問題ないと思うよ。何かあったら、おじいちゃんおばあちゃんを頼るし」
お父さんが再婚してからは、母方のおじいちゃんおばあちゃんは我が家に訪問することを遠慮するようになって頻繁に会えなくなっていたけれど、また昔みたいにちょくちょく来てくれるようになると嬉しい。おじいちゃんちってそんなに遠いわけではないけれど、ものすごーく田舎で車がないと行けないところにあるから、高校生が頻繁に遊びに行ける場所ではなかったりする。
お父さんは4人で行きたかったみたいだけど、「わたしは行かない」とはっきり宣言をしてこの話は終わった。知佳さんと奏ちゃんは勿論お父さんについていく。
わたしは部屋に戻ってこの話を祐ちゃんにしようと思ったけれど、一人暮らしを心配される可能性もあるからしばらく黙っておくことにした。一人暮らしなんて一生しないんじゃないかって思っていたけど、こんなタイミングですることにはるとは自分でもビックリだ。