第9話
法律事務所のバイトから帰ってきた後、いつものようにゆうちゃんにメッセージを送ると、ゆうちゃんが即音声チャットに切り替えてきた。
だいたいその日にあったことをお互い報告し合う感じなんだけれど、今日のゆうちゃんの話はちょっと重かった。
「同級生が万引きかぁ……」
クラスの子達は遊び感覚でやっているような感じがするけれど、ゆうちゃんとやっくんは考えて行動できる子達なので心配はしていない。ただ、巻き込まれないことを祈るのみ。
ゆうちゃんも調べているだろうけど、わたしも小学生の万引きや犯罪についてできるだけ情報を仕入れておこうと思った。バイト先の法律事務所は未成年が絡んだ案件があまりないけれど、誰かに相談したらいい知恵がもらえるかもしれない。でも、自分が直接関わっているわけではないから、雑談ぐらいで話せる時に話せばいいかななんて思っていた矢先……
今、わたしはコンビニで小学生らしき女の子が万引きしているのを目の当たりにしている。
今日は夕方からバドミントンなので、持参する飲み物を買おうと学校帰りに近所のコンビニに寄ったところ、店内に変な動きをする女の子がいたのだ。わたしの他にもお客さんはいるのだけれど、何故かその女の子の動きから目が離せない。好奇心からこっそり観察を始めた。
その女の子はレジの様子や他のお客さんの視線を確認しつつ何かをしようとしている。こちらが見ていることを感づかれないようにしていると、彼女は歩きながら一瞬で陳列されていた何かを手にして手提げバッグに入れた。
万引き!!
ひょっとしたらゆうちゃんのクラスの子かもしれない。万引きは犯罪だから、お店を出る瞬間に声をかけたいけれど、小学生は罪に問えないから話しかけたこちらが不利になる可能性もある。とりあえずゆうちゃんにこの子のことを知っているかどうかだけでも聞けるように、わたしは(これって盗撮になるのかしらと思いつつも)手に持っていたスマホで録画を開始して女の子の姿を追った。どうやらすぐにはお店を出ないみたい。彼女はお店の中を少しの間歩いて、それから外に出ようとした瞬間……
「お嬢さん、バッグに入った商品のお支払いがまだですよ」
と女の子に声をかけるパンツスーツ姿の女性が。わたしと同じように万引きの瞬間を見ていたのかもしれない。
「えっ……」
明らかに動揺し始める女の子。
「一緒にレジまで行きましょうか」
女性は優しく女の子に接しているけれど、女の子はレジに行きたがらない。
「あ、あたし……お金持っていない」
最初から万引き目的でお店に入ったのだから、それを買うお金は持っていないってことかしら?一瞬だったから何をバッグに入れたのかわからなかったけど、場所的にはスマホ関連商品の陳列棚だったから、ある程度高額の商品を手にしたのかもしれない。
「じゃあ、棚に戻しましょうか。バッグから商品を出してね」
女性は女の子をスマホ関連商品の陳列棚の前に誘導して商品を元に戻させようとした時、突然女の子がわたしを指差して言った。
「あ、あのお姉さんが、これを盗ってこいって言ったの」
えっ?
女性がこっちを見た隙に女の子が走って逃げようとしたけれど、万引きした商品はバッグの中にあるままだし、何か共犯にされそうだしで、思わず走ってその女の子が着ていた服の襟を掴んでしまった。
「ねぇ、わたしはいつ、今が初対面のあなたに『これを盗ってこい』って言ったの?」
彼女はまさかわたしが聞いていると思わなかったのだろう。そしてわたしの動きが他のお客さんや店員さんにも不自然に映ってしまい、目立つ羽目になってしまった。そして、その女の子はその場で泣き始める。あー、もう、そこで泣き始めたら、わたしが悪者になる可能性あるじゃない。
「とりあえず、バッグの中に入れた商品は元に戻しましょうか。それで私が店員さんに説明をしてきますので、一緒にお店を出ましょう。あなたも一緒にいてください」
女性がそう言うと、女の子はバッグから箱に入ったイヤフォンを取り出して陳列棚に戻した。盗ったのはイヤフォンだったのか、金額的に小学生は払えないかもしれないわね。
女性は店員さんに何かを見せて話をしているけれど、話の内容は聞こえてこない。わざわざ聞こえないように話しているのかも。わたしの隣にいる女の子は今は逃げる様子もないけれど、泣きっぱなしだ。この状況で話しかけていいのかどうかもわからない。
店員さんとの話はすぐに終わったようで、女性がこちらに戻ってくると、「では行きましょうか」と言って3人で一緒に外へ出た。
「あのままお店で話をしても目立つしお店の迷惑にもなりますから、場所を変えましょう。私が怪しい者じゃないということも証明できて近くて安全な場所……交番へ行きます」
「えっ?あ、あたし……捕まっちゃうの……?」
泣きながら女の子が言うけれど、全く無関係のわたしまで交番に行くことになったことに対して謝罪とかはないんかーいって心の中で突っ込みを入れた。
「お店を出る前に商品を元に戻しましたので、あなたがもし14歳以上であっても、14歳以上の教唆犯がいたとしてもどちらも今回は罪に問われません」
「えっと、わたしはこの子の嘘に巻き込まれただけで、さっきが初対面の全くの他人です」
「ええ、私もそう思いますが、高校の制服を着ているあなたをそのまま解放することはできませんので、一緒に来てもらうことになります。とばっちりだと思いますが、事情聴取は受けてもらいますね」
「すぐに終わりますか?今日、これからバドミントンクラブに行く約束をしているのですが」
「約束はできないので、先にごめんなさいって言っておきますね」
この女性は多分刑事さんなんだろうな。もしかしたらやっくんから話を聞いたおじさんが動いたのかもしれない。交番へ行けばそういうこともわかるかしら?
バドミントンクラブへ行けるかどうかわからないという連絡はしておきたいけれど、OKが出るまで使えない感じだ。
交番に到着すると交番勤務の警官さんに挨拶もそこそこに説明を始める刑事さん。警官さんの対応を見るからに顔見知りのような感じ。それから刑事さんらしき女性がどこかに連絡を入れて、女の子への事情聴取らしき対応が始まった。
「まずはあなたのお名前を教えてもらえますか?」
「……」
女の子は無言のまま俯いている。無実なのに拘束されているわたしはどうすればいいのやら。多分何か聞かれるまでこちらから勝手に話さない方がいいけれど、今の状況は理不尽極まりない。カツ丼が出てくるのも昔の小説や漫画の中だけだろうなぁ……
わたしはわたしの個人情報を聞かれた後、刑事さんや交番勤務の警官さんが女の子に色々話しかけているのをただただ見ているだけである。刑事さんもわたしがとばっちりを受けただけだとわかっているから、余計なことを聞いてくることもない。
小学生は犯罪に問えないけど証人にはなれるだろうから、表向きはわたしが教唆したという内容を具体的に確認したいという感じになっているのだろうか。そうじゃないと、女の子もわたしも拘束できないもんね。状況的に理解はできるけど、納得はいかない。
そんなことを考えながら目の前のやり取りを見ていると、誰かが交番に入ってきた。
「お疲れ様、いるか?」
「あ、警部。お疲れ様です」
聞いたことがある声と思ったら、やっくんのお父さんだった。
「あれ?星希ちゃんじゃないか。あぁ、教唆の疑いがある高校生って君のことだったのか」
「警部のお知り合いですか?」
「あぁ、息子の幼なじみだ」
「そうでしたか。その子ががまだ何も話さないので、国見さんも帰れない状況です」
「星希ちゃんは真っ白だと思うが、その子からはまだ何も聞けていないのかい?」
「はい。まだ一言も口をきいてくれません」
「そうか。もう少し待って何も話さないようなら、小学校へ連絡しよう。身元がわからないと自宅に送ることもできないからね」
「承知いたしました」
『小学校』というキーワードが聞こえてきた時、女の子がビクッとした。知らされたくなかったら、万引きとかしなければいいのにってすごく当たり前のことを思ってしまった。
「おじさん、やっくん経由でゆうちゃんに今日はバドミントンへ行けないことを連絡してもらうことは可能ですか?」
「あぁ、それは問題ないよ。私から大和にメッセージを送っておく」
「ありがとうございます。助かります」
「こちらこそ、星希ちゃんを帰せなくてごめんな」
とりあえず、ゆうちゃんと阿部さんを待ちぼうけさせずに済みそうだけど、女の子はまだ何も話さない。そろそろ時間的に女の子の親御さんが心配する頃じゃないかしら。
これから根比べになるのかしらと思った頃、また誰かが交番に入ってきた。
「こんばんは~?」
「はい、こんばんは。どうしたんだい?」
ゆうちゃんの声だ。じっとしていられなくて来ちゃったのかな?おじさんがゆうちゃんに話しかけている。
「祐希くんじゃないか。大和からメッセージを聞いて来てしまったのか?」
「あ、はい。何があったのか心配で来てしまいました。それで、のんちゃんは?」
「長尾くん!?」
「津田さん、こんばんは」
女の子がゆうちゃんに反応している。津田さんって言うのね。
「祐希くん、この子のことを知っているのかい?」
「はい、同じクラスの津田さんです」
「ということは、大和とも同じクラスか」
「そうです」
「えっ?もしかして、市原くんの……」
「私は市原大和の父で、一応県警の刑事をやっています」
「ってことは、この子はゆうちゃんのクラスの万引き遊びをしているうちの一人ってこと!?」
大体予想はしていたけれど、ほぼ確定だと思い無意識を装って言ってみた。わたしは無実なのに巻き込まれたのだから、それぐらいしてもいいよね!
「市原警部の仰るとおり、この高校生の子は濡れ衣を着せられた可能性が高いですね」
「うちの子供がこの子達の幼なじみで、そんなことをする子ではないって知っているからね」
おじさんがわたしのことを信用してくれているのが素直に嬉しい。
「津田さん、のんちゃんと知り合いだったの?」
「……ごめんなさい」
ゆうちゃんの問いに「ごめんなさい」としか言わず泣いている。ゆうちゃんは我慢しているけれど、手を握りしめてすごく怒っているのがわかる。
「もしかして、万引きしているところを誰かに見つかって、その場にいたのんちゃんに教唆犯として罪をかぶせようとした?」
ゆうちゃんに痛いところを突かれてしまったからなのか、津田さんという子は更に声を荒げて泣き始めた。今回は誰も罪には問えないけれど、泣けばいいってものでもない。多分、ゆうちゃんはこの子のことを一生許さないだろう。それぐらい、怒らせたゆうちゃんはヤバいのだ。
怒りを抑えようとしているゆうちゃんを見て、わたしは逆に冷静になってきた。
「もしかして、わたしとこの子を交番まで連れてきたその人は刑事さん?」
「はい。市原警部の部下です。巡回していたところに万引きの瞬間に遭遇して、その子がお店から出ようとした瞬間に話しかけたというところです。もし、その子が14歳以上だったとしてもお店から出る前であれば罪にもなりませんから」
小学生を逮捕することは出来ないけれど、事前に犯罪を阻止するべく警察も動いていたのかもしれない。おじさんがやっくんから話を聞いていたとしたら、絶対スルーしないと思うから。
それから刑事さんが津田さんという子から何とか言質を取って、わたしは巻き込まれただけであることが証明されたけれど、わたしの時間を拘束したのに津田さんという子はわたしに謝ろうともしない。うーん、わたしは二度と会わないと思うから気にしないようにもできるけれど、ゆうちゃんは同じクラスだからどうなるんだろう……
「今日のことは記録には残しておくが学校には通報しないでおくので、万引きなんて二度としちゃダメだよ。14歳を過ぎたら普通に逮捕される案件だからね」
「星希ちゃんは巻き込んでしまって悪かったね。祐希くんも、本当なら星希ちゃんと一緒にバドミントンクラブへ行く日だったんだろう?」
警察の皆さんはわたしのことを気遣ってくれているなぁと感じているところで、時折ゆうちゃんが強めの言葉を津田さんに発していた。まぁ、警察の皆さんの前だからまだぬるめの言い方だけど。
外はすっかり暗くなり、津田さんとわたし達は家まで送ってもらうことになった。一応、保護者には今回の件を説明するのね。それで反省してくれればいいのだけれど……
ゆうちゃんとおじさん…やっくんのお父さんと3人で今日のバドミントンの話とか、今回の件とかやっくんのことなどを話しながらマンションまでの道を歩いていたけれど、話が盛り上がっていたからなのか、もうマンションまで帰って来た。
おじさんは玄関前まで送ってくれようとしたけれど、わたしは知佳さんに心配かけたくないから断ると、ゆうちゃんも断っていた。わたし達の棟のエレベーターの前でおじさんと別れてエレベーターに乗りゆうちゃんと少し話をした後、家の中に入った。
明日、ゆうちゃんは高確率で津田さんを正論という名の言葉の暴力でボコボコにしそうなので、ゆうちゃんにメッセージを送る前に、やっくんに今日あったことや明日ゆうちゃんがやりそうなことをメッセージで送っておいた。やっくんからは「のんちゃん、よくわかってる。俺は祐希が暴走しないよう見ておくよ」って返事が返ってきた。
津田さん、明後日からもちゃんと学校行くかなぁ…