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あおむしクロンと柚子実ちゃん

作者: 菜種油☆

みかんの葉っぱの先っちょで揺れる、ぷちんと黄色くちいちゃな卵。

やがて生まれたちびっこくろむしは、ひとりの女の子と出会いました。

挿絵(By みてみん)


あおむしクロンと柚子実ちゃん



さわ さわ さわ さわ


もうすぐ もうすぐ まぶしいせかいが まっているよ


黄色いベッドの中でねむるボクに、遠くで聞いたそよ風の声は

もうすぐボクも、広い世界に出られるよ教えてくれた。


広い世界ってどんなところ?

黄色いベッドがゆらゆらと風にゆれる。

雨上がりの空の下。夏の暑い日に、ボクは生まれた。


ボクのお家は黄色いベッドから黄緑色のつるつるカーペットに

変わっていた。ボクのお家はみかんの木。ボクのお家はりっぱ

なお家で、とってもおいしいご飯にもなる。


ボクのお家の木は『中学校』という大きなお家のお庭にあって、

白と黒のもようの皮を着た男の子や女の子が、毎日ボクのお家の

前の道を何度も通り過ぎて行く。みんな元気でいつも楽しそうだ。


ボクは昨日お外に出たばかりだけど、みんなの声はずっと前から

黄色いベッドの中から聞いていたから、お外は一体どんなところ

なのか、ずっとずっと楽しみだった。


「あ~! 生まれとうやーん!!」


とつぜんボクのお家がグラリとゆれた。わわ。なんだ??

ボクの目の前いっぱいに見えたのは、とってもとってもおっきな顔。

ふわふわとしたくせのあるかみの毛に、くりっとした目をパチパチ

させて、指先でボクがつかまっているお家のくきをつまむと、その

おっきな顔の人間の女の子は、ボクをじいっとのぞきこんだ。


こ、こんにちは・・?


ボクがビクビクしながら少しおしりをふってあいさつをすると、

その女の子はほっぺを赤くして、大きくぽかんと口を開けた。


「ふわぁ、動いた・・糸くずっちゃ。ちいさか~」


クロンが生まれてくるの、柚子実、ずっと待っとったんよ~。


女の子はそう言うと、指の先っちょでボクの頭をちょんと

さわった。


くろん?

くろんってなに?


そう思って女の子の顔を見上げたら、女の子はとつぜんボクの

お家のくきをにぎって少しねじると、ぶちっと木からちぎって

しまった。


・・え? あれ? あれ!?

お家がとちゅうから、なくなっちゃった!?


あわあわしているボクをながめて、女の子はニッと笑い、ボクの

お家の木から、他の枝もぶちぶちとちぎってふくろに入れると、

女の子が着ている白い皮にボクのお家のくきをさして、口笛を

吹いて歩き始めた。


とっても楽しそうに歩き続ける女の子の口笛を聞きながら、

ボクはころげ落ちないように、必死にお家につかまっていた。


女の子が歩くたびにぐらんぐらんにゆれるお家の上で、ボクは

すっかりよっぱらってしまって、目を回してじっとしていると、

女の子はボクが動かないのに気が付いて、ポケットからボクの

おうちのくきを取り出すと、ボクの顔をのぞきこんだ。


「もう少しで柚子実んがたば着くけんね~」


女の子はしばらくすると、とうめいな入れ物の中にボクのお家を

下ろしてくれた。少しだけ空気がぬるいそこには、ボクのお家と

同じみかんの木の葉っぱが、若い枝ごと置かれていた。


「ここがクロンのお家たい」


・・ここ、どこ?


ボクのおうちが動かなくなってしばらくしてから、ボクは

そうっと頭を持ち上げて、まわりのものを見わたしてみた。

とうめいな箱の外には、見たことのない色々なものが見える。

なんだかボクにはよくわからないものが、いろんな場所に、

とにかくたくさんあるのが見えた。


ふ~ん?

なんかよくわかんないけど、面白い所に来たなぁ、ボク。


頭のぐらんぐらんが治まってしばらくすると、ボクはものすごく

おなかがへっていることに気がついた。とりあえず、自分が乗って

いるお家をむしゃむしゃ食べ始めると、女の子がまたじいいーっと、

ボクの食べている様子を見ている事に気が付いた。


・・?


口いっぱいに、やわらかい葉っぱを入れてもぐもぐしていると、

女の子がごくんとのどを鳴らしてつぶやいた。


「クロン、柚子実もご飯ば食べち来るけん! ごっはん、ごはんっ!」


・・ボクが、クロンで、あの女の子が柚子実ちゃん?


本当はボクにはちがう名前があるのだけど、柚子実ちゃんは勝手に

ボクをクロンと呼ぶことに決めたらしい。


柚子実ちゃんは、ボクにごはんの葉っぱをくれる時には『中学校』

であったことをいろいろ話してくれたけど、ふだんはボクのようす

を外からじーっと見る以外はほとんど自分の好きなことをしていて、

部屋の真ん中に置いてある大きな四角いものに、細い枝をこすりつ

けていることが多かった。


「市のてんらん会に出すけん、クロンの絵ば描きよっとよー」


柚子実ちゃんがぺたぺたちょんちょんと細い枝を動かしながら

ボクに言った。


柚子実ちゃんが持っている細い枝は面白かった。枝の先っぽに、

細かいふさふさがついていて柚子実ちゃんが枝をびゅーっと

ひっぱると、そこからいろんな色が四角いものにくっついてゆく。


ボクは“てんらん会”も”絵を描く”も、なんだかよくわからな

かったけど、柚子実ちゃんがじいっとボクをいっしょうけんめい

見ているのがなんだか楽しくて、ボクもじいっと柚子実ちゃんの

ことを観察することにしたんだ。


このとうめいな“クロンのおうち”にやって来てから、ボクも

どんどん体が大きくなってきて、自分の着ていた皮がきゅうくつ

になってくると、着ていた皮をぬいで、きゅうくつになるとまた

ぬいで。をくり返した。


柚子実ちゃんはとっても不思議だ。朝と夜と、毎日着ている皮を

ぬいで、新しい皮に取りかえているみたいだった。ボクはぬいだ

皮はもう着られないのに、柚子実ちゃんは朝になると、また昨日

と同じ皮を着て、どこかにいなくなる。


「じゃあね、クロン。学校ば、行ってくるけん」


柚子実ちゃんは本当はもっとすてきな皮を何枚も持っていたけど、

それは白と黒のもようの皮を着ない時にしか使わないみたいだ。

今日も柚子実ちゃんは、白と黒の同じ皮を着てボクがいる部屋に

帰ってくると、足にかぶせていた白い皮をふたつとも、ポイポイ

と放り投げた。


なんか、ボクが来たときよりも物がだんだんふえてる気がするよ?


たまに、足にかぶせる白い皮がなくなる時があって、そうすると

柚子実ちゃんはいろんな皮がしまってある箱のおくまでのぞいた

後、部屋に落ちている白い皮をかき集めて、バタバタと部屋の外

に走って行くんだ。


「ねー!! ばあちゃん、ゆずのキレイかくつ下ば知らんとー?」


あらぁ~、柚子実はー。こげんかためち、柚子実のはせんたくき

にかけんにゃもうなかねぇー。和裕のがあっちゃないと?


いやじゃー! なんでオレが、かさんならんとや!?

姉ちゃんいっつもオレのはいていくけん、オレのがねえやっか!

どうせそんくつ下ば、昨日もはいとろうが? 

ほんなら後一日、はいとったらええごた!


遠くで男の子の声がする。男の子は柚子実ちゃんに大きな声で

しばらくの間ワーワー文句を言っていて、少したつとほっぺを

ふくらませた柚子実ちゃんが、ボクのいる部屋に戻って来た。


「くつ下一足くらいなんか、あん男は。せわしか男たい」


柚子実ちゃんはぶつぶつ言いながら手に持って戻ってきた白い

皮を足にかぶせると、ひょっとボクのお家をのぞきこんだ。


「・・あれ? クロン?? おらんごとなった!?」


ボクはついさっき小さくなった皮を脱いだところで、今までとは

ちがう緑色の皮をボクは着ていた。ボクが葉っぱのかげからのこ

のこ出て行くと、柚子実ちゃんは目を丸くした。


「おおお~!! クロン、もう青虫になったとねー・・」


ちょうちょになるんも、じきやんねー。


柚子実ちゃんはとうめいな箱の上から手を入れて、ボクの背中を

そっとなでてくれた。なんだか背中が少しむずむずしたけど、

ボクはじっとしたまま柚子実ちゃんの顔をながめていた。


「そうだ! クロンの変身お祝い、せんにゃいかんばいねー」


柚子実ちゃんはそう言うと、ボクが乗っている葉っぱの枝を

ひょいと持ち上げた。

ボクはまた全部の足に力を入れてしっかり葉っぱにしがみつくと、

柚子実ちゃんはボクのお家の根元のくきを丸い入れ物にさして、

またどこかへと歩き始めた。


うわ。ど、どうなっちゃうんだボク? またお引っこし??


しばらくすると、コトン。と音がして、ボクのお家のゆれが

ぴたっと止まった。


・・あれ?


ガタ。


ポン、ポーン♪


なんだかきいたことのない音がして、ボクがそろそろと回りを

見わたすと、柚子実ちゃんがボクを見上げてニッコリ笑った。


「たん生祝いばせんかったし、それもいっしょに歌うけんね」


さっきの不思議な音がまた始まって、ボクのお家の枝も少しだけ

ビリビリふるえてきた。


“たんじょういわい”ってこの音のこと?


この音が何なのか、ボクにはよくわからなかったけど、ボクより

下に頭がある柚子実ちゃんの顔を眺めていると、柚子実ちゃんは

ボクを見上げてとても楽しそうに口を大きく開けて歌い始めた。


“きょーうは クロンの たんじょうびー げんきなあおむしに 

なりましたー クロンのひみつ すてきなひみつ おてんとさー

まも なないろぐもも みーんなみんな・・”


「姉ちゃん、歌もよかばってんが、今日も校門のあいさつ係ば

せにゃいかんめぇ? もう出らんば、ちこくやなかと?」


気がつくと、部屋の入口に男の子が立っていた。


「え、今何時? いやー! ちこくやーんっ! カズくん、クロン

箱に戻しといてっ」


「はぁー? クロンちなんかー?」


「そん青虫たいー! 姉ちゃんの部屋ば、持ってっといて~」


わぁぁ、いってきます~!


あっという間に柚子実ちゃんは姿を消してしまって、後に残った

男の子がボクのお家が入った丸い入れ物を持ち上げた。


「あ~。なんね、また姉ちゃんこげん虫ば取って来たとか。

おまえがクロンか?」


あの・・本当はちがう名前があるんですけど・・。


ふぅん。


つぶやいた男の子はボクをじっと見下ろした後、ボクのお家を

持ってずんずんと歩き始めた。


わわ。またどっか行くの?


ボクがまた必死に葉っぱにつかまると、ボクの頭の上で男の子の

声がした。


「柚子実姉ちゃんは、部屋ん掃除やらもようせんで、いつでん

てれーっとしよるばってん、絵だけは、ほんなごて上手かやろ?」


さっきの曲は『たんじょう日のひみつ』いうんやぞ。

おまえ知っちょっとか?


男の子はボクをもとのとうめいな箱の中に下ろすと、辺りを

見わたして、か~。相変わらずばりきたなかやなぁ、と

ため息をついた。


「オレもそろそろ学校行くけん、またな。クロン」


コンコン。と、とうめいな箱をたたいて、男の子は部屋を出て

いった。


それからしばらくの間、ボクはこのとうめいな箱の中で、

柚子実ちゃんに毎日おいしい葉っぱをもらいながら、お家の枝を

行ったり来たりしてすごした。


柚子実ちゃんはいつも、ボクに向かっておしゃべりしながら

絵を描いている。柚子実ちゃんの持つ細い枝が動くたびに、

少しずつ少しずつ、ボクの目の前で四角いものはきれいな色に

変わっていって、ボクも毎日そんな柚子実ちゃんをながめている

のが、とてもとても楽しかった。


そして、何日かたつと大人になるためのじゅんびをする時が来た

のがわかって、ボクはもう葉っぱを食べるのをやめて、口から

白い糸をはいて、自分の体をくきにしっかりと結びつけた。


たぶんもうすぐ、柚子実ちゃんともお別れなんだ。


ボクがウトウトと眠り始めたころ、柚子実ちゃんがなにか歌って

いるのが聞こえてきた。


柚子実ちゃん、ボクは上手にちょうちょになれるかなぁ・・?


ボクはしっかりとした温かいさなぎの中、朝が来て夜が来て、

また朝が来て。何度も何度もくり返している間、ねむりつづける

ボクの体はさなぎの中で、少しずつ変わっていった。


眠りから覚めた時、お外は少しずつ明るくなってきているところ

だった。

目が覚めたんだから、もうさなぎから出なくちゃ。ボクは体中に

力をこめて、さなぎからぬけ出すことにむちゅうになった。


さなぎから出るのはとても苦しい。でも出ないといけないんだ。

なぜかはわからなかったけど、ボクはそう思いながら、少しずつ

体を動かしてなんとかさなぎをからぬけ出した。

ボクの体はずぶぬれで、自分が出てきたさなぎにつかまって

しばらくじっとしていると、少しずつ体がかわいてくるのが

わかった。


よし。もう大丈夫かな?


ボクのせなかには、今までなかったすてきな羽が出来ていた。

今はくしゃくしゃに折りたたまれているこの羽がうまく広がら

ないとボクは飛ぶことが出来ない。ゆっくり、ゆっくり、集中

して羽を動かして広げてゆく。


気が付くと、さっきまでねていた柚子実ちゃんが起きて来て、

とうめいな箱におでこをくっつけたまま、ボクのようすを

じいっとながめていた。


柚子実ちゃん。ボクのかっこう、おかしくない?


今まではただの青虫だったのに、あまりにも姿を変えてしまった

ボクに柚子実ちゃんは目を丸くして、羽を広げてゆくボクを

じっと見ていた。

ボクもちょっとだけ恥ずかしかったけど、きれいに広がった背中の

羽をゆっくりと動かして、しわが出来ないようにのばしていった。


とつぜん、柚子実ちゃんの指先がボクの目の前に伸びてきた。


・・?


くるくるとまかれたボクの口で、柚子実ちゃんの指先をつついて

みる。柚子実ちゃんはボクがつかまっているくきをとうめいな

入れ物から出してくれた。


「ほら、見て? クロンの絵よー」


柚子実ちゃんとボクの目の前には、一本の大きなみかんの木が

描かれていて、そこには黄色い卵と、黒と白の皮を着た赤ん坊の

ボクとあおむしになった子どものボクと、さなぎになって眠る

ボクと、羽をつけて空に舞い上がる大人になった今のボクがいた。


「クロンには、一番に見てもらおうって思うとったんよ。

は~、間に合ってよかったー」


柚子実ちゃんは絵から離れると、まどをうんと大きく開けた。


「クロンは、柚子実の中学校の、みかんの木で生まれたんよ。

あそこならかわいいおよめさんば見つかるかも知れんけん。

元気でね」


柚子実ちゃんはそう言って笑うと、ボクの枝をまどの外に

差し出した。



さわ さわ さわ さわ


ようこそ ようこそ まぶしい世界が 待っているよ



――柚子実ちゃん、さようなら。元気でね。


ボクを呼ぶなつかしい声に、ボクは羽を広げて風に乗せると

柚子実ちゃんが手に持つくきを思い切り足でけった。

体がふわりと、ちゅうに浮くとボクはあわてて何度も羽を

羽ばたかせた。

ボクはちょっとだけ柚子実ちゃんの回りをヨロヨロと飛んだ後、

こつをつかんでまぶしい空に向かって羽ばたいた。


「ばいばーい!! クロンー!!」


柚子実ちゃんの姿がどんどん小さくなっていく。ボクが家の

屋根を飛びこえると、柚子実ちゃんの姿はすっかり見えなく

なってしまった。


さあ、今度は自分でご飯を探さなくっちゃね。


花の香りとみかんの木をさがして、ボクはぐんぐん高い空に

まい上がった。


それから何日かして、ボクは道を歩いている柚子実ちゃんの姿を

見かけた。柚子実ちゃんは相変わらず白と黒の皮を着ていたし、

髪の毛もやっぱりふわふわだった。


そうそう、柚子実ちゃんに話しておかなくっちゃ。

ボクみたいに人間のお家で生まれたり、大きくなったりする

仲間に出会うと、みんなでそのお家のようすを話し合うんだ。

そこではいろんな楽しい話を聞くけれど、青虫にたんじょう日の

お祝いを歌ってくれたのは、柚子実ちゃんだけだったよ。

みんな、柚子実ちゃんのお家を見に行って、柚子実ちゃんのこと

も、こっそり見ているんだって。


いつかまた、ボクの仲間が柚子実ちゃんのお家に遊びに行ったら

その時は、どうぞよろしく。



おしまい

お読みくださりどうもありがとうございました☆(^^)

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