人族の襲撃
カイのいる森に向かって歩きながらバルドは、考えていた。
━━誰が、あんな奴に知らせたんだ・・・・・
昨日、村長の家には、大勢の村人が集まっていた。
その中に、領主に知らせた者がいることは間違いない。
先頭を歩きながら、バルドは、後ろを振り返る。
すると、領主の乗る馬車の御者に目が行く。
「あいつ・・・・」
同じ村の【カルマ】。
いつもコバンザメのように、領主に引っ付いている男だ。
バルドは、カルマと目が合った。
すると、カルマは、『ニヤリ』と笑った。
「クソッ、あいつが知らせたな」
カルマは、領主と取引をしたようで、
笑みを浮かべながら、御者をしていた。
森に入ると、目印に従いながら、カイの住処に向かう。
しかし、途中で強力な魔物が現れ、村民が犠牲になった。
領主は、魔物や魔獣が現れるたびに、村民を囮に使った。
バルドに、ついてきたことを後悔し始める村民たち。
「このままでは、わしらが先に死んでしまう・・・・・」
足取りが重くなる村民たちだが、引き返すことをデラ ウェールが許さない。
「何をしているのです!
さっさと歩きなさい」
後方から、武器を持つ兵士たちが、村民を追い立てる。
その光景を見ている、森に棲む下位の精霊たち。
━━フーカ様に知らせよう・・・・・
下位の精霊は、一足先に、カイたちのもとに戻る。
「フーカ様、人族が攻めて来ます!」
その報告を聞き、フレイがため息を吐く。
「あ~あ。なんか思った通りだな」
「どうしたの?」
訳が分かっていないカイに、フレイが説明をする。
「カイが、人族の男に果実を与えただろ」
「うん」
「その果実が欲しくなって、ここを襲いに来たのさ」
「果実が欲しいの?」
ミズナが付け加える。
「それだけじゃ無いわよ。
ここには、作物などもあるから、奪いに来たのね。
もしかしたら、カイの命の狙っているかも・・・・・」
「僕の命?」
「そうよ、あの人間たちにとって、カイは邪魔だからね」
「そうなんだ・・・・・」
カイは、精霊たちから、色々と学んでいるが、
人族が、そこまで身勝手な種族だと思っていなかった。
「僕は、この地を渡さないよ!」
カイの言葉に、答えるように森の木々が揺れ、風が吹く。
カイ8歳。
初めて、人族との戦いに挑む。
カイたちのもとに報告が届いた頃、デラ ウェールの部隊は、
カイたちの住処に近づきつつあった。
「止まってください」
バルドが部隊を止め、デラ ウェールの馬車に向かう。
「デラ様、この先に『楽園』がございます」
「そうか、ならば斥候を向かわせよ」
兵長【ギグス】は、デラ ウェールの命により、
斥候をカイたちの住処『楽園』に送った。
『楽園』に辿り着いた斥候は、目を疑う。
「これは凄い・・・・・本当にあったのだな・・・・・」
「ああ、豊かな土地だ」
草木は、青々と茂り、木には、果実が実り、田畑には、作物が育っている。
その光景に、見惚れてしまった。
「おい・・・・・」
「ああ、悪い。
報告に戻らないとな。
だが、子供の姿が見えないぞ」
「構うもんか。
ガキの一人くらい、問題にも、ならないだろ」
斥候の兵士たちは、待機している部隊に戻る。
そして、報告を受けたデラ ウェールは、進軍を開始した。
「さぁ、新たなる我が領地を目指すのです!」
嬉々として命令を下すデラ ウェールだったが、一瞬にして状況が変わる。
先陣を務めていた兵士たちが、地に飲み込まれた。
「えっ!?」
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
底なしの泥沼に足を取られ、飲み込まれる兵士たち。
斥候に出ていた男が叫んだ。
「そんな、さっきは無かったぞ!」
「迂回だ、迂回して進め!」
ギグスの声が響く。
その声に従う兵士たち。
しかし、今度は、風に舞った木の葉が、刃となって、兵士たちを切り刻む。
「うぎゃぁぁぁぁ!」
「た、助けてくれ!」
防具も切り裂かれ、次々と倒れる兵士たち。
「ひぃぃぃぃぃ!」
村民たちは、慌てて逃げ出す。
しかし、森は、何人も逃がさない。
来た道を引き返そうとするが、木々の枝が、道を塞いだ。
この様子に、村長は、気が付く。
「やはりか!
ここは、精霊様の村だ・・・・・
わしらが、攻めて来たので、お怒りなのじゃ」
「そ、そんな・・・・・精霊の村・・・・だと・・・」
ギグスは、声を震わせた。
その瞬間、ギグスの首が飛んだ。
「な、なんだ!何が、起こったんだ?・・・・・」
デラ ウェールの声も震えている。
ギグスの首を飛ばしたのは、木の枝。
近くの木が、突然襲い掛かったのだ。
血だらけの木の枝に、戦慄が走る。
「ほ、本当に精霊の村なのか・・・・・」
先ほどまで、意気揚々としていたデラ ウェールだったが、
今は、馬車の中で、動揺している。
その近くで、土下座をし、許しを請う村長と一部の村人。
「精霊様、どうかお怒りをお鎮め下さい」
村長の声が届いたのか、風が止み、森が静けさに包まれた。
そして、目の前に、一人の少年が現れる。
バルドには、見覚えがあった。
「あの子だ!
あの子供が、あそこに居た少年だ!」
バルドが、カイに駆け寄ろうとした。
しかし、蔦が伸び、バルドの四肢を捕らえる。
「おじさん、これは何の真似?」
バルドは、命が惜しくなった。
「き、君に会いに来たんだ。
森は物騒だから、兵士に護衛をしてもらっただけだよ」
━━このままでは、殺される・・・・・
そう思い、生き残る為に、嘘を吐いた。
しかし、カイに嘘は通用しなかった。
精霊たちが、森に入った時から見張っていた為に、会話を聞かれていたのだ。
「おじさん、嘘つきだね」
「うぎゃぁぁぁ!」
バルドは、蔦に四肢を引き千切られた。
残った胴体が、地に落ちる。
兵士たちの心が、恐怖で埋め尽くされた。
「無理だ・・・・・精霊様に勝てるわけがない」
武器を捨て、その場で跪き、謝罪を口にする兵士たちと村民。
しかし、デラ ウェールは、プライドが邪魔をした。
「何をしている。
たかが子供一人、殺してしまえ!」
その命令に、従う者はいない。
フレイは、姿を現す。
その途端、『精霊様だ』という声が、兵士や村民の間で囁かれる。
フレイは、デラ ウェールを睨む。
「カイを殺すと言ったね。
あんた、命は無いよ」
「えっ!?」
デラ ウェールは、訳が分からぬ間に、炎に包まれた。
「うぎゃぁぁぁ!
あ、熱い、助けて、助けてぇぇぇぇ・・・・熱いぃぃぃぃぃ!!」
しばらくは、炎の中で暴れていたが、
最後には、灰となり、この世から消えた。
「領主様が、死んだ・・・・」
「デラ様・・・・・」
「間違いだったんだ・・・・・」
後悔をする兵士たち。
各々が、再び謝罪を口にする。
「申し訳ございません。
お許しください」
「ごめんなさい・・・・・」
懇願する兵士や村人たちの前に、他の精霊たちも姿を見せた。
「許すわけないじゃん。
カイを殺そうとしたんだよね」
殺気に満ちた風を纏うフーカの前で、
兵士たちは、成す術がない。
「覚悟してね」
無慈悲に飛び交う、木の葉の刃に、命を奪われる兵士たちと村民たち。
「うぎゃぁぁぁ!」
「ヒィィィ!」
成す統べなく蹂躙される。
暫くすると、森に静けさが戻った。
兵士は全滅し、生き残っているのは、村長と一部の村人たち。
その中に、カルマの姿もあった。
武器を携えていなかったカルマは、
戦闘が始まると同時に、逃げようとしていた。
そして、逃げるタイミングを見計っていたのだ。
しかし、下位精霊がカルマを見つけ、カイに伝えた。
「カイ様、カイ様、こいつが兵士を呼んだんだよ!」
バルドの話を覚えていた下位精霊が、カイに告げると、ミズナが前に進み出る。
「あなたが、この地に災いを運んだのですね・・・・・」
氷のような冷たい目が、カルマを射抜く。
「ヒィ!」
後ずさりをしようとしたが、足が凍り付いてる。
「助けて・・・・・」
「嫌です」
一瞬にして、カルマの全身が凍り付いた。
氷の彫像と化したカルマを放置して、ミズナは村民たちのもとに向かう。
平伏したまま動かない村長。
「お前たちは、戦意が無かったように見えましたが・・・」
ミズナの問いに、村長が答えた。
「はい、村で話を聞いた時から、疑問に思っておりました。
しかし、私には、皆を止める事が出来ず、ここまで来てしまいました。
この度の事、誠に申し訳ございません」
村長が謝罪を伝えている最中、誰も動こうとはしない。
この場に残っているのは、村長と女性と子供だけ。
ミズナのもとに、フレアが近づく。
「ミズナ、こいつらから人間の事を聞き出そうぜ。
それに、人族の常識を、カイが学ぶのに、丁度良いと思うけど」
その話を聞いた村長が、提案をする。
「恐れながら、私は昔、城で教育係を務めておりました。
故に、カイ様のお勉強のお力添えが、出来ると思います」
「へぇ~、それならカイの為に、なりそうだな」
いつの間にか集まっていたフーカとソイル。
「僕もフレアに賛成」
「うん、いいと思う」
ミズナも、皆の意見に賛成だ。
「わかりました」
ミズナは、村長に伝える。
「この地に住むことを許します。
ただし、二度と外の世界に出ることは、許しません。
あなたたちに、守ることが来ますか?」
ミズナは、一生ここで暮らせと言っている。
村長は、それでも構わない。
だが、子供たちの事を考えると、おいそれと返事が出来なかった。
しかし、逆らえば『死』が、待っている。
この地では、食べるものに困らず、生活ができることを考えれば、
悪い話とも思えなかった。
それに、この場所を、秘匿しなければならないことも考慮すれば
当然の判断だった。
村長は頭を上げ、村民たちに向き直った。
「お前たち、精霊様の話は聞いたな。
この地に住まうということは、そういうことだ。
各自で、判断してくれまいか」
子供のいない者たちの返事は、早かった。
飢えることもなく、与えられた仕事をする。
何も問題はなかった。
「この地で、暮らします」
「私も・・・・・飢えることがないのであれば、精霊様に従います」
各々が、自身の言葉で、この地で生きていくことを決める。
その中には、子を持つ親の姿もあった。
だが、全員が賛同したわけではない。
一部の親は、反抗した。
「子供には、将来、商人になる夢があります。
一生この地で暮らすことは、出来ません」
彼らは、村で話を聞いた時から、考えていた。
『楽園』で採れた作物を売り、お金を稼ぐ事。
それは、今でも変わらない。
━━ここの作物を売れば、大金持ちになれるんだ・・・・・
子供の事は言い訳。
金の成る木を目の前にして、抑えられない気持ち。
そんな欲望を秘めたまま、村に住むことを許す筈がない。
「では、聞こう。
貴様は、この地の作物を、勝手に売り払おうというのだな?
そして、再び、災いを、もたらそうというのだな」
ミズナの冷たい視線が、突き刺さる。
「それは・・・・・」
返答に困る。
同時に、ここに永住することを決めた者たちの視線が、突き刺さる。
ここに生き残っている女性の中にも、この度の事で、
夫が死んだ者もいる。
その為、二度と巻き込まれたくないという思いが強い。
金を稼ぐために、この地を危険に晒す。
許される事ではない。
「お前たちは、ここから去れ!」
ミズナから伝えられた『死の宣告』。
「そこから、一歩でも前に進めば、お前たちの首を飛ばす」
普段と違い、言葉使いも変わり、怒りを露わにしているミズナ。
商売をしようと考えていた者たちは、その場で立ち尽くす。
「村長とやら、立て」
「はい」
村長が立ち上がると、ミズナは伝える。
「貴様に賛同する者のみを連れて、先に進め。
フーカ、案内を頼みます」
「わかった。
行くよ」
ゆっくりと『楽園』に向かって歩み始めた、村長に賛同した者たち。
その姿を見送る残された者たち。
「あの・・・・・私たちも・・・・・」
「駄目だ。
この場から、立ち去れ!」
ミズナの氷槍が、残された者たちの前に、突き刺さる。
「ひぃぃぃぃぃ!」
あたふたとしながら、森の中に逃げ出した。
ただの村民が、この森で生き残るのは難しい。
目印も、下位精霊たちが消している。
それに、駆け出した村民たちの後を追う魔物の姿もあった。
ミズナは振り返ると、カイの傍に飛んで行く。
「お待たせしました」
「うん、いいよ。
それより、フーカのところに行こう」
「はい!」
カイは、ミズナたちと一緒に、『楽園』に向かった。
不定期投稿ですが、宜しくお願い致します。