崩壊する精霊界
世界樹が蕾を付けたことは、精霊女王【ルーン】のもとに届けられた。
「それは、真の事ですか?」
報告をする風の精霊【フーカ】。
「はい、今は、他の精霊たちが見守っています」
「そうですか・・・・・」
この事実、天使や悪魔に、知られるわけにはいかない。
「いいですか。くれぐれも極秘にするのです。
決して、天使族や悪魔族に知られてはなりません」
精霊女王は、精霊たちに通達するように伝えた。
だが、既に買収されている精霊がいたのだ。
悪魔族に憧れる光の精霊【ライム】。
彼は、光の精霊の中の落ちこぼれ。
癒しの力も使えず、歪んだ性格の為、精霊たちから避けられていた。
だが、プライドだけは、高かった。
「俺は、特別なんだ。
あいつらのような有象無象とは、わけが違うのだ!」
その傲慢さを悪魔に付け込まれ、今では、悪魔の下僕となっていた。
そしてもう一人。
闇の精霊【マム】。
彼は、ライムとは、真逆の存在。
闇の精霊たちの中では、群を抜いて優秀な精霊。
そして、天使に憧れていた。
「いつか、僕は、天使になりたい・・・・・」
毎日にように天界に赴き、天使たちの話を聞いていた。
そんな二人に、伝えられた極秘の話。
『世界樹が蕾をつけた』
ライムは、喜び、マムは悩んだ。
━━この事を、【バエ】様に伝えなければ・・・・・・
ライムは、悪魔バエに伝える為に、魔界に向かった。
偶然、その様子を見てしまったマムは、焦る。
「どうしよう・・・・・
このままでは、争いが起きる・・・・・」
悩んだ末、この事を天使族の一人、【マリスィ】に相談することにした。
こうして、世界樹が蕾を付けた事実は、瞬く間に広がったのだ。
しかし、天使族も悪魔族も、すぐには動かなかった。
『まだ、花が咲いたわけではない』・・・・・
両陣営の思惑は、生まれた子を手中に収めること。
まだ、時期ではない。
天使族はマム、悪魔族はライム。
この二人からの報告を待つことにした。
そして、1年の歳月が過ぎる頃、世界樹の蕾に変化が起こる。
白かった蕾の色が、七色に変化したのだ。
━━もしかして・・・・・・
世界樹に精霊たちが集まった。
「ねえねえ、そろそろかなぁ?」
蕾の周りを、飛び回るフーカ。
「大人しく待っていようよ」
世界樹の枝に座り、様子を見守る【ソイル】。
「あんたは、いつもそうやって・・・・・真面目よねえ・・・・・」
火の精霊【フレア】も、世界樹の枝に座り、
大きな欠伸をしていた。
「不謹慎だよ、今は、警備の最中なんだから!」
ソイルは、フレアを窘めた。
世界樹の周りには、ロープが張られ、一定の距離から、近づけないようになっている。
その為、ロープの中に入れるのは、警備を任されていえる四体の精霊。
風の精霊フーカ。
精霊女王に、忠誠を誓っている精霊。
だが、間が抜けている。
つまりドジっ子。
地の精霊ソイル。
真面目で、融通の利かない精霊。
でも、弱虫。
怖いことが大嫌い。
火の精霊フレア。
マイペースだが、いざとなったら頼りになる精霊。
水の精霊【ミズナ】。
皆のお姉さん的存在。
癒しを与えるやさしい一面と、世界を飲み込むほどの憤怒の一面を持つ。
四体の精霊は、精霊女王からの依頼で、毎日、世界樹の警備をしている。
だが、蕾が色を付けたこの日、精霊界に、悪魔族が襲撃を仕掛けてきた。
世界樹の周りに集まっていた精霊たちの前に、
ガーゴイルを従えた悪魔たちが姿を見せる。
「今まで、ご苦労だったな」
一際目立つ格好の男、バエが、声をかけてきた。
世界樹の前に立ち、守る姿勢を見せる精霊たち。
「ここは、精霊界、この世界の中立の地。
今すぐ立ち去れ!」
権威を表すような、髭を蓄えた木の精霊【モンス】が、声を荒げた。
しかし、バエは、気にも留めず笑っているだけだ。
「ジジイ、貴様の出る幕ではない。
引き下がれ・・・・・」
そこに、割って入った悪魔族の【マルバ】が文句を言う。
マルバは、ライオンの頭を持つ悪魔。
モンスを一飲みにしそうな勢いだ。
だが、モンスは、怯まなかった。
「貴様のような小僧の脅しなど、怖くもなんともないわ!
とっとと尻尾を丸めて帰れ!」
「グヌヌヌ・・・・・貴様、言わせておけば・・・・・」
マルバは、命令を下す。
「精霊どもを始末しろ!
世界樹の蕾は、我らのものだ!」
「「「グアァァァ!」」」
津波のように押し寄せる悪魔族。
「僕たちが、小さいからって舐め過ぎ!」
土の精霊たちが、地面を割り、悪魔族たちを奈落の底に落とす。
しかし、空から攻め込むガーゴイルには、効かない。
「こっちは、僕たちに任せて!」
風の精霊たちが、突風を巻き起こし、ガーゴイルたちを吹き飛ばした。
「ニヒヒヒ、残念でした」
悪魔族たちは、何度も襲い掛かるが、その度に、精霊たちによって阻まれた。
その光景を、黙って見ているバエ。
その姿は、あからさまに、何かを待っているように見える。
━━頃合いか・・・・・・
バエの言葉が、引き金になったかのように精霊界にもう一つの部族。
天使族が姿を現す。
「助けに来てくれたのね」
精霊女王は、安堵の表情を見せる。
しかし、その思いは、すぐに裏切られた。
「世界樹の子を、悪魔の手に渡してはならん。
あの方は、我々が保護をするのだ!」
天使族も世界樹の子を狙い、ハーピーを従えて、精霊界に殴り込んできた。
「どうして、こんなことを!」
精霊女王の嘆きの声は、誰にも届かない。
挟み撃ちにされる精霊たち。
その時、眩い光が、世界樹を包んだ。
その光景に、全ての者たちの動きが止まる。
そして、蕾が開き始める。
ゆっくりとゆっくりと・・・・・
七色の花びらが完全に開き終えると、
その花の中心に、男の子の赤ん坊が、眠っていた。
光を含んだ銀色の髪。
真っ白な肌。
精霊女王は、そっと抱き上げる。
「この子を守ります!」
精霊女王は、その場から去ろうと飛び上がる。
しかし、誰かに足を掴まれた。
悪魔族に寝返っているライムだ。
「その子を渡せば、俺は、悪魔族に迎え入れられるんだ!」
ライムの行動を止めようと精霊たちが、精霊女王を助けに向かう。
しかし、ライムは、隠し持っていた猛毒のナイフを、精霊女王に突き刺した。
「ウグッ!」
「ルーン様!」
精霊女王は、赤ん坊を抱いたまま倒れ込む。
「頂いて行くぜ」
ライムは、赤ん坊を、精霊女王から取り上げようとしたが、
精霊女王は、残った力で、赤ん坊を抱きしめて離さない。
「あなたには、渡しません!」
毒が回り、意識を失いかけても、抱いた手の力を緩めない。
そこに、押し掛けてきた精霊たち。
「ちくしょう!」
その場から、逃げようとしたライムだったが、風に切り刻まれた。
「逃がさない・・・・・」
怒りに身を任せるフーカ。
体中に切り傷を負わされ、羽をもがれたライムに、逃げ道などない。
「お、お前たちは、いつもいつも俺の邪魔をしやがって!」
フーカを睨みつけるライムの前に、フレアが立つ。
「お前・・・・・バカだろ」
「へっ!?」
「精霊が、悪魔になれるわけないだろ!」
「そ、そんなことはない!
バエ様が、なれると言ったんだ!」
「バエってあれか?」
フレアの指が示した場所で、笑いを堪えているバエの姿があった。
「ククク・・・・・本当に面白い。
あんな世迷言を信じる者がいるとは・・・・・」
その声は、ライムにも届いた。
「嘘・・・・・だったんだ・・・・・」
「当然だろ、考えればわかる事だったんだよ!」
フレアは、精霊の警備隊に、ライムを引き渡した。
フレアは、精霊女王の傍に寄り、膝をつく。
その傍らに、他の精霊たちも集まった。
「ルーン様・・・・・」
薄っすらと目を開ける精霊女王。
「フレア・・・・・この子をお願いします。
・・・・・・地上に、逃げるのです・・・・・頼みましたよ・・・・・」
精霊女王は、そのまま息を引き取った。
「ルーン様!」
悪魔族と天使族は、この好機を逃さない。
「今だ!
この地の力は、弱まった。
赤ん坊を奪い取るのだ!」
悪魔族も天使族も、精霊女王の死を嘆くものなどいない。
ただ、目の前にいる赤ん坊を奪い、種の発展だけを考えている。
「こんな状態だから、この子が生まれたのかもね・・・・・」
ミズナの呟きは、精霊たちに聞こえていた。
今なお続く、悪魔族と天使族の襲撃の中、フレアの傍にモンクが近づく。
「フレア、ルーン様のお言葉、確かに聞いたな」
「はい・・・・」
「なら、急ぎ、この地を離れよ」
「でも・・・・・」
モンクは、赤ん坊の頭を撫でた。
「この子は、最後の希望だ。
頼んだぞ」
モンクは立ち上がり、そのまま、戦火の中に消えて行った。
赤ん坊を抱くフレアの傍に、フーカ、ミズナ、ソイルが近づく。
「行くわよ」
声をかけたのは、ミズナ。
ミズナの言葉に、フーカ、ソイルが頷く。
「フレア、一緒に行くから!」
赤ん坊を抱いたまま立ち上がる。
その間に、その場にいた精霊たちが、全精霊力を注ぎ込み、
自身の命と引き換えに、地上への道を作った。
「あまり持たないから、急いで!」
「その子をよろしく」
「頼んだよ!」
苦しい筈なのに、笑顔で見送る精霊たち。
「みんな・・・・・」
フレアたちが、道に向かって歩き出す。
しかし、バエが気付いた。
「止ろぉぉぉぉぉ!」
その声で、天使族にも見つかってしまった。
「精霊たちは、あの子を地上に逃がすつもりだ!
急げ!急いで止めるのだ!」
襲い来る天使の前に、立ち塞がるマム。
精霊力を使い、障壁を作り上げた。
「何をするんだ!
直ぐに解除しろ!」
マムに怒号を浴びせる天使たち。
だが、マムは、障壁を解こうとはしない。
「みんな、ごめんなさい。
僕が、天使たちに教えたんだ。
でも、こんな事になるなんて、思っていなかったんだ。
本当にごめんなさい」
涙を流しながら、謝罪をするマムの障壁が、とうとう天使たちによって砕かれた。
「邪魔をするなぁぁぁ!」
一太刀で、天使に命を奪われるマム。
「マム!」
思わず足を止めそうになるフーカの手を、ソイルが握った。
弱虫のソイルは、フーカの手をしっかりと握りしめると、
皆の後を追う。
「急いで!」
道を作った精霊たちの声に従い、
四体の精霊は、地上界への道に飛び込んだ。
本日2本目です。