ウェールの街
ウェールの街の教会。
最近は、今まで以上に、祈りを捧げに来る者たちが多い。
シスターである【ユーリシア】は、幸せを感じていた。
━━神様、本日も多くの人々が、教会に足を運んでくださいました。
神を信じる者が、日に日に増える事を、嬉しく思います・・・・・
祈りをささげるユーリシア。
だが、この日は、いつもと違う出来事が起きた。
祈りを捧げているユーリシアの脳内に、聞いたことのない声が響く。
『神の巫女たる器を持つ者よ、聞きなさい。
精霊の力を持つ者を探し出し、教会にて確保せよ』
ユーリシアは、『ハッ』として目を開ける。
「今のは、神の声でしょうか・・・・・」
感じた事のない幸福感。
ユーリシアに、信じる以外の選択肢は無い。
━━神よ、貴方のお言葉、必ずお伝え致します・・・・・・
祈りを終えたユーリシアは、神父のもとに足早に駆け出した。
倉庫で、整理をしていた神父のもとに、
ユーリシアが慌てた様子で、姿を見せる。
「なんですかユーリシア。
もう少し、落ち着きなさい」
神父に窘められたユーリシア。
「申し訳御座いません」
いつもは、落ち着いているはずのユーリシアの様子から、
何か、重大な要件だと理解した。
「ユーリシア、何があったのですか?」
やさしく問いかける神父。
「神父様、先程、祈りを捧げている時、神のお声を頂戴しました」
「えっ・・・・もう一度、言ってくれるか?」
「は、はい、先程、祈りを捧げている時、神のお声を頂戴しました」
自身の耳を窺う余地は無い。
「それで、神は、なんと?」
「はい、『精霊の力を持つ者を探し出し、教会にて確保せよ』との
お言葉でした」
神父【エマーソン】は、その言葉を聞き、この人間界に、
精霊王が、降りて来ていると思った。
世界の現状。
自然が崩壊し、人々は、食糧難に喘いでいる。
それは、精霊の力が弱まったからだと、教会関係者は、考えていた。
そこに、『神の啓示』にて、精霊王の降臨が知らされたのだ。
「これは、世界の一大事。
急いで、本国に知らせなければ・・・・・」
エマーソンの行動は早かった。
同じ教会で、生活している神父見習いの男に、
本国に届けるように手紙を渡す。
「良いか、1日でも早く、この手紙を司教様に届けるのだ」
「はい、必ず届けさせていただきます」
見習いの男は、エマーソンに一礼をすると、その場から、駆け足で去って行った。
この出来事により、カイを『精霊王』だと誤解したまま、話しが進み始める。
その頃、カイたちは、ウェールの屋敷で、寛いでいた。
「今日も、行くんだよね」
果物に食いつきながら、フーカが聞く。
同じように、ナタリーに切ってもらった果物を食べているフレイが答える。
「それが約束だから、仕方ないでしょ。
それとも、人間みたいに、約束を破る気なの?」
「そんなつもりは、無いけど・・・・・」
「なら、何なの!?」
フーカは、気まずそうに話す。
「僕たち、ソイルについて行っているだけでしょ。
だから、物足りなくて・・・・・」
単純に、役目が欲しい。
ただ、それだけだった。
「では、やり方を変えてみましょう」
話を聞いていたミズナは、そう言うと、『後は、その時に』と続けた。
そして、その日の深夜。
いつもより、街から離れている畑に、カイたちの姿があった。
今日は、ミズナの指揮で、作業が行われる。
「ソイル、いつものようにお願いできる?」
「うん」
ソイルが、下位精霊を呼び出し、カイが、緑で畑を埋めた。
「フレイ、炎で、この草花を焼き尽くしてくれる?」
「ああ、いいけど大丈夫なのかよ?」
「ええ、任せて頂戴」
フレイは、ミズナを信じて、全てを灰に変えた。
次に、ミズナが水を撒き、地面の温度を下げる。
ミズナは、ナタリー ウェールに声をかけた。
「例の物は、持って来てくれたかしら?」
「はい、こちらに」
ナタリー ウェールは、小袋を取り出し、ミズナに渡す。
「フーカ、この袋の中の種を、風に乗せて、畑に蒔いてくれる?」
「了解!」
フーカの起こした風に乗せ、畑に種が、ばら蒔かれた。
「ソイル、もう一度、お願い」
「うん」
ミズナに従い、ソイルとカイは、再び、畑に精霊力を流し込む。
すると、先程蒔いた種が発芽し、ぐんぐんと育ち始めた。
「すごーい!」
フーカが、手を叩いて喜ぶ。
「これは・・・・・・」
目の前の畑に実っているのは、先程蒔いた種からできた作物。
育ち終えたところで、ソイルは、力を流す作業を止めた。
畑に出来上がった作物。
薩摩芋。
ルードルは、畑から作物を抜き取り、ナタリー ウェールに手渡した。
渡された薩摩芋は、実が大きく、上場の出来栄えだった。
「素晴らしい出来です。
これなら、高値で取引されます。
しかし・・・・・」
ナタリー ウェールの顔色が優れない。
「駄目なの?」
「いえ、その逆で、出来が良すぎるので、
庶民が購入できる値段では、取引が難しいです」
「え・・・・・」
最近の畑は、栄養が少なく、良いものが出来ない。
しかし、手元にある薩摩芋は、大きく、出来が良い。
その為、流通させると、どうしても高値がついてしまう。
この畑の持ち主は、ウェール家。
まだ、夜が明けていないが、急いで使用人たちを連れて来て、
薩摩芋を回収させて、倉庫に隠した。
先に、屋敷に戻っていたカイたちは、悩んでいる。
「出来が良すぎると、駄目なんて・・・・・」
「どうする?」
「わからないよ」
皆が、悩んでいるところに、監視の為、残っていたナタリー ウェールが戻って来た。
「あっ、お帰り」
「戻りました・・・・・」
ナタリー ウェールの顔には、疲労が現れている。
「どうしたの?」
「ええ、使用人たちに作業をさせたのですが、薩摩芋の大きさもさることながら、
一つの根に、大量に実をつけておりましたので、予想以上の収穫が出来ました」
「なら、どうして、そんな顔を、しているの?」
「それは、販売先が無い事です」
「えっ!
ナタリー、友達いないの?」
フーカの質問に、ナタリー ウェールは、頭を悩ませる。
「そうではありませんが・・・・・」
物が良すぎて、流通させれば、直ぐに問題になり、出荷元を探られる。
その為、今後の販売について悩んでいたのだ。
「そうだったんだ」
「ええ、それに、予想以上の収穫ですから・・・・・」
ナタリー ウェールは、最悪、作物を腐らせてでも、精霊たちを守るつもりでいる。
しかし、街の貧困も、解消したいと思っているのも事実だ。
ナタリー ウェールは、カイに頭を下げる。
「カイ様、もう一人だけ、精霊様の事を話させて頂けませんか?」
「あまり広まって欲しくは無いけど、どうして?」
「勿論、この薩摩芋を売り捌く為です。
その者は、口は堅いですし、私の友人ですので、
心配は、無いかと思います」
「本当に、信頼できるの?」
「はい、今は、商業ギルドのギルドマスターを務めておりますので
今後、何かと便利になるかと・・・・・」
「わかった、ナタリーを信じるよ」
「有難うございます」
翌日、ナタリー ウェールは、
ルードルに手紙を持たせ、商業ギルドに向かわせた。
商業ギルドのギルドマスター【サーシャ ルマンド】は、
ルードルの持ってきた手紙に、目を通す。
内容は、『当屋敷にて、相談したいことがある。
直ぐにでも、来てほしい』ただ、それだけしか書いていなかった。
「これは、どういう事でしょうか?」
返事を待っていたルードルに問う。
「手紙に書かれている内容を、私は、存じません」
何を聞かれても『知らない』で通すルードル。
「ナタリーが、私を屋敷に呼ぶなんて事は、今まで一度もなかった。
それなのに、『来い』というばかりか、内容も告げぬとは・・・・・」
考えても仕方がないことだと割り切り、
ルードルと共に、ナタリー ウェールの屋敷に向かう事にした。
不定期投稿ですが、宜しくお願い致します。